本稿は人間工学(HFE:Human Factors and Ergonomics)が地球規模の問題に対応するために果たすべき役割について検討するものである.HFEはこれまで,人間の安全や健康,効率,快適さなどに主眼を置き,人間が関わる対象物との相互作用に着目して発展してきたが,近年では,システムズアプローチによる,より広い視野からの貢献が求められている.とりわけ,持続可能な社会の実現に向けて,従来の枠組みを問い直し,人間と環境・社会,さらには自然との関係を再構成する視点が必要とされている.本稿では,多様なステークホルダを考慮する必要があることを示しながら,HFEの可能性と今後の課題について考察する.
自然言語処理(NLP)および大規模言語モデル(LLM)を用いて事故調査報告書として公開されている文書データを解析することで,事故やインシデントの要因や関連するヒューマンファクターを抽出しようとする研究開発が始まりつつある.本稿では,社会技術システムの事故調査を対象に,その効率化と質向上をねらいとした新たな方法論としての人工知能(AI)の活用可能性について,著者らの研究グループによる萌芽的研究を紹介しつつ考察した.特定の航空事故報告書を対象に,GPT(Generative Pretrained Transformer)にHFACS(Human Factors Analysis and Classification System)による原因(要因)同定の分析を行わせた結果から,生成AIを事故調査に応用することのよりよい方向性,限界および課題について検討し,ヒューマンファクターズ領域の果たす役割について再考した.
四半世紀にわたり蓄積されてきたパーソナリティ・行動尺度データを分析する機会を得た.5年分約19万人分の蓄積データを二次利用し,各パーソナリティとエラー傾向,妥当性低位と関係を探った.この分析プロセスにおいて,倫理上の問題や分析結果の取り扱いなど留意すべき問題がいくつかあった.そのほか今後考慮すべき問題としてオプトアウトなど収集後の対応,平均・分析対象数・標準偏差など研究成果の二次活用に向けた配慮についても整理した.
人間工学は理論と実践の往還を通じて,作業,仕事,製品,環境,システムの設計に貢献する学問領域である.本稿では,人間工学誌の編集に携わってきた経験と一人間工学専門家としての視点から,理論と実践の現状を整理する.さらに,両者の共栄と往還を促進し,人間工学を次のステージへと発展させるための課題を明確にし,今後の展望を示す.