教育心理学研究
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12 巻 , 1 号
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  • 三木 安正, 波多野 誼余夫, 久原 恵子, 井上 早苗, 江口 恵子
    12 巻 (1964) 1 号 p. 1-11,59
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    以上のべたように, われわれは双生児の対人関係の発達をさまざまな面から検討してきた。その主な結果は, 以下の点に要約されよう。
    (1) 親との関係
    双生児は, 対の相手を持つているという特殊な条件のために, 一般児と比較した時に, 親との関係において差があるのではないか, すなわち, 双生児は相手に対して依存的であるために, 親からの独立は一般児におけるほど抵抗がなく, 早くすすむのではないか, あるいは反対に, 相互に依存的であることは親に対しても依存傾向が汎化し, 一般児より親からの独立がおくれるのではないか, という予想をもつていたのであるが, これらは, いずれも否定され, 双生児と一般児の間に有意な差がほとんど認められなかつた。これに対しては, 母親に対する依存は対の相手に対するそれとは, 質的に異なつたものではないかという理由が考えられる。
    (2) 友だちとの関係
    双生児の対の相手が, 親友の役割りを果たしてしまうことから, 双生児の友だち関係は一般児の場合に比べ発展しにくいのではないか, という予想をもつていた。結果は予想どおりで, 双生児は友だちに依存することが少なく, かつまた友だちそのものを求めることが弱いようであつた。相手に強く依存しているときにはとくにこの傾向が著しい。
    (3) 双生児の自主的傾向
    双生児の対の相手の存在が双生児の自主的傾向の発達を妨げてしまうごとがあるのではないか, という予想も, ほぼ支持された。すなわち, 一般児にくらべ双生児, しかも相手とのむすびつきが強い双生児ほど, 自分で決める回数が少なく, 他人の決定に従うことが多いことが見出された。
    第I報 (三木安正ほか, 1963) にも述べたように, われわれは対人関係の発達は, 依存から自立へとすすむという従来の考え方に加えて, その過程として, 依存性の発達をとおしての自立ということを考えてきたわけである。すなわち, 人間は, 赤ん坊時代の, まつたく依存している状態から, 成長するにつれて自文性を獲得していくのであるが, それは, 依存傾向がしだいに禁止されるというのではなく, 依存のしかたに変化がおきて依存の質が変つていくというプロセスをたどつていくものと考えているのである。従来, 自立性は自分の意志を貫きとおせること, 自分ひとりでものごとを処理できること, ひとりでいられること, などというその最終的な現象面が強調されてきた (たとえばHeathers, 1955)。そのために, ひとりでおくことや依存を禁止することが自立性の確立のために有益である, と考えられていたようである。けれどもわれわれは, 自立性とはいろいろなものにじようずに依存し, しつかりした依存構造のうえにたつた自己の確立であるという見方が必要であり, かつまたこのような見方こそが, 教育の場において有効であると考えている。すなわち, 特定の対象への中心化から脱して, さまざまなものに依存しているという状態が自立性の発達する可能性を与えると考えているわけである。この点に関連して, 今回の研究により示唆されたことを次に述べよう。
    (1) 依存の対象・位置 依存の対象となるものは, それぞれ独自の機能を果たしていると考えられる。IIIでみたように, 双生児も一般児も, 親との関係では差がみられなかつた。双生児は, 相互の結びつきの強い, 同性で同年令の相手を持つているにもかかわらず, そのことによつて親への依存は, ほとんど影響をうけてはいなかつた。親は年令も違うし役割りもちがい, とうてい対の相手ではかわることのできぬ存在なのであろう。3. 3. でも述べたように, 双生児はたしかに対の相手になんでも話し相談するが, 親に相談しなくてはならぬ領域 (たとえば, 進路の決定) も多いことからも, 親が果たしている機能は, 相手のそれとはまた別のものであることがうかがわれよう。もし, 依存構造というものを仮定するならば, その構造の中に親のしめる位置が分化してあり, 他のもの (この場合には, 双生児の対の相手) によつては代用されにくいということが考えられよう。
    これとは異なり, 依存の対象として比較的よく似た機能をはたしている者相互においては,“代用される”という現象が十分生じうるであろう。事実このことは3. 2., 3. 3. にも示されている。第1に双生児では, 友だちとのむすびつきが一般児よりも弱いということがそれである。そして, さらに3. 3. で分析したように双生児の相手へのむすびつきの強い場合は, 友だちに相談することが少なく, 反対にむすびつきの弱い場合には, 友だちとのむすびつきが強くなつている。みかたをかえれば, 友だちとのむすびつきが強まるにつれて, 相手へのむすびつきが弱まるということである。これは双生児の片方は, 他方に対して友だちの役割り, またはそれ以上のものを果たしてしまうということにもとつくものであろう。友だち-そのほとんどが同年令 (同学年) で同性と考えられる-の機能は, 同年令で同性である対の相手がいつも身近にいるということで, すでにお互いの間で果たされてしまつていて, あらためてわざわざ他に求める必要がおきないのだ, という解釈が妥当のように思われる。
    “代用される”という点については, 同じく3. 2., 3. 3. で明らかになつたもうひとつの証拠が注目される。それは, 双生児と他のきようだいとの関係は, 友だちの場合にくらべて, 一般児とそのきようだいとの関係にかなり近い, ということである。今回の研究では, 年令の隔たりについての資料がないので, はつきりはつかめないが, 双生児の相手以外のきようだいとの関係は, 年令の隔たりが大きければそれだけ一般児のきようだいとの関係に似てくると予想される。つまり, 依存構造のなかで, 同性で同年令である友人の場所には, 対の相手がおさまつているのだが, 年令のちがうきようだいの位置は, 友だちの場合とはちがつて, 相手では代用されにくい。依存構造の中には, それぞれ質のちがう対象が, おのおのの位置を占めているのだが, 双生児の場合には対の相手がいるため, 相手とよく似た質のものが, すなわち, 友だちや年令の近いきようだいの必要度が小さくなつているのではないだろうか。とくに相手との結びつきが強いときには, この傾向が著しくなるのであろう。
    (2) 依存の対象の数と距離依存の対象は, 成長するにつれて, 増えていく。親, 教師, きようだい, 友だち, 他人……という具合に増えていくことが知られている。そして, 対象は数が増えると同時に, 身近なものから, 遠い存在のものへと, あるいは現実的なものから抽象的なものへと, その範囲が拡がり, その距離が遠くなる。つまり, 依存の対象は, 徐々にその数と距離とを増したものまでを含めることができるようになつていく。
    このようなプロセスで, 依存性が発達していくにつれて自立性が獲得される。すなわち, 多くのものに依存している状態は, いいかえればある特定の対象に中心化することがない状態である。したがつて, ある対象によつて行動が左右されてしまう, ということは, 少なくなる。他人に左右されることの少ない, 行動の柔軟性と均衡とを持つことができるのである。このことが, 自立性の発達する前提条件だと考えているわけである。
    このように考えていくと, 成長のプロセスにおいて, 依存の対象として, 友だちを必要とすることの少ない双生児に, 問題がないとはいえないであろう。双生児は一般に結びつきが強い。われわれが, 幼児双生児について行なつた積木あそびの観察 (久原恵子ほか, 1963) では以心伝心型とよばざるをえないコミュニケーションが多かつたし, また今回の面接においては, 「相手に話していると, 自分に話している感じがする」(中1, 女子) と0いう発言があつたほど, 一体感を持つことが多いようである。双生児においては, ふたりでありながら, ひとりのような感じのする対の相手が, 全然ちがう個体であり, しかも, 全然ちがうものを持つているはずの友だちの役割りまで果たしてしまうことになる。このことは, 次の2点で重要である。ひとつには, このために特定の, 対象への中心化に伴なうマイナスがいつそう大きくなるであろう。中心化される対象が自分といろいろな点で異なつているであろう「親友」などの場合にくらべ, 双生児の中心化する相手は, ある意味では自分自身にほかならない。第2に, このためにこそ, 中心化していることの不都合さが意識されず, 相手に対する依存がいつまでも強いままで, 脱中心化が生じにくい。つまり, 対の相手に強く依存している双生児は, 依存の発達のステツプを踏みはずしてしまうことになりかねない。この点について, われわれは, さらに別の面から別の方法でアプローチするつもりであるが, 3. 2., 3. 3. に述べた, 双生児の自主的傾向の未発達は問題の一端を示しているのではないであろうか。
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  • 神保 信一
    12 巻 (1964) 1 号 p. 12-19,60
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    筆者は複雑に構成された特殊な英単語テストを用いて 昭和35年2月, および昭和36年2月の2回にわたり, 神奈川県下の公立中学校3年生の卒業直前における英語学力を調査し, その実態を分析した。
    全体としてみた場合には, 学力の上昇をみたものは3校で, 明らかな一定の方向を見出すことはできない。しかし, 学校の中をさらに分割して上位群のみで2年間の比較をすると, 県下のアチーブメント・テストで評点の高いA, B, C, Dの4校に学力の上昇がみられた。また, これらの学校は進学者の多いという面でも共通した点であり, これらの学校の上位群は1つの学校を除いて, 文章の読解力も高まつたことが明らかにされた。
    中位群については, 4校が学力の上昇をみ, 2校に変化がなく, 2校は下降している。学力の上昇をみた4校は進学者が多い学校である。(I校は就職者も多いが進学者も多い)
    下位群では, 学力の上昇が3校, 不変が3校, 下降が2校で, 必ずしも一定の傾向はない。
    卒業後の進路別に分析しなおしてみると, 学力の上昇をみたのが, 公立高校 (普通科, 職業科), 私立高校 (普通科, 職業科), 就職, 各種学校の進路をとつたものである。これらのうちで私立高校へ進学した群は学力の上昇は著しいが, 文章の読解力について学力の上昇をみたのは, 公立高校へ進学した者のみであつた。
    いろいろな面から分析してみたが, 学力の上昇のしかたや中学校卒業後の進路などによるちがいはあるにしても, 試験科目の中に英語が加えられるようになつてから, 中学校卒業生の英語学力が上昇したことが明らかにされた。しかし, その学力の上昇の内容は複雑で, 3年で学習したものについては上昇が著しく, 2年で学習したものについては上昇の度合いが一番少ないというアンバランスをみせている。しかも, 3年における学習内容についての理解十分とはけつしていえるものではなく, 今後の綿密なカリキュラムにもとずく指導と評価の積み重ねとが望まれると考えられる。
    以上の結論は, 次の2点を前提として導き出されたものである。第1は, ここで用いられた英単語テストが英語学力評価の指標として妥当であること, 第2は, 調査の対象となつた昭和34年度の3年生と昭和35年度の3年生は, 能力的にみて同程度の集団であることである。
    第1の点については, 前述のようにこれを支持する資料があるが, ここで軍いたテストだけで英語学力全般を評価するのにけつして十分であつたとは考えていない。
    第2の点については, 調査対象の生従数がかなり多いところからみて, 無理のない前提といつてよいであろう。
    この調査は教育制度の変革に伴なう学力の変動を明らかにしたが, 制度的変化が学習指導や, 生従の学習態度に及ぼした影響とそれらの条件と英語学力の変化との関係を分析することはできなかつた。したがつて, 生従の学力を左右した直接の要因についてくわしく考察することはできなかつた. また, このような制度的変化が, 英語以外の教科の学力と, その他に与えた影響も考察する資料をもたない。
    これらの不備はいろいろあるにしても, 教育制度的変革の一時点において, 学力の推移を客観的に記録した資料として残されるべきものと考えられる。
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  • 上田 敏見
    12 巻 (1964) 1 号 p. 20-27,60
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    小学校2・4・6年生各4クラスを対象とし, 1962年4月, 同年9月および1963年2月の3回にわたり同一規準 (そうじ) のソシオメトリック・テストを実施し, 各児の与えた選択の安定性について, 選択変化得点による期間 (5ヵ月と10ヵ月), 学年, 性, 選択順位別の分栃を試みた。その結果を要約するとおよそ次のようである。
    (1) 期間10ヵ月の選択変化得点の方が5ヵ月のそれより有意に高かつた。
    (2) 期間の増大にともなう選択変化得点の変動は学年によって異なり, 6年がもっとも安定していた。
    (3) 学年の上昇につれて, 選択変化得点は有意に減少することがみとめられた。
    (4) 女子の選択変化得点は一貫して男子のそれより低かった。
    (5) 学年の上昇にともなう選択変化得点の低下傾向には一部性差がみとめられた。
    (6) 選択の順位が下降するにつれて選択変化得点の上昇する傾向がみとめられた。
    (7) 選択の順位の下降にともなう選択変化得点の上昇は学年によって異なり, 性別もやや関与していることが示唆された。
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  • 東江 康治, 大西 佐一
    12 巻 (1964) 1 号 p. 28-36,61
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    この研究は, 沖縄の児童に関する教育指導上の基礎として, 関西児童との間に, 知能テスト結果の比較分析をしたものである。このため, 沖縄および関西それぞれにおいて, 上流住宅地, 都会の下町, 衛星的中流都市, 純農村という4種の社会層から, 小学校5年生各1個学級が選ばれた。これらの被検者に対し, 現行の知能テストの中で, A式およびB式を代表する4種のテストが, 1ヵ月おきに4回実施された。その結果, 各得点の平均値の比較, A得点よりB得点をひいた差点による比較, 下位検査の相互相関による因子分析, という3側面からの考察が行なわれ, 次のことが認められた。
    1. 全般的にいつて, 沖縄児童の知能テスト結果は, 関西児童に比べると, 偏差値にして平均約10点の差が認められる。
    2. 内容的に分析してみると, 沖縄児童は言語式テストにおいて著しく不利であり, これが両地域の全般的な差の主要因である。
    3. A式からB式を引いた差点による分散分析の結果では, 沖縄児童はB式において有利であるに対し, 関西児童はA式において有利であることが明瞭に示される。また沖縄の関西に対するこの関係は, 農村の都会に対する関係, および男子の女子に対する関係に類似している。すなわち, 沖縄児童は一般に「農村. 男子」的構造であるに対し, 関西児童は一般に「都会・女子」的構造である。
    4. 沖縄においては, 都会児童と農村児童との差は関西におけるそれよりも少なく, むしろ男子と女子との間の差の方が顕著である。これに対し関西では, 男女間の差はほとんど認められずに都会と農村との差が顕著である。
    5. 因子分析の結果では, 一般因子 (G), 言語因子 (T) 空間知覚的因子 (P) までの全般的な構造においては, 両地域にほとんど差はない。しかし各主要因子への個々のテストの負荷状況には, それぞれ特徴が見られる。
    6. 一般的にいつて, 沖縄児童では一般因子および言語因子に対して, 言語的テストが関西児童よりも多く負荷している。すなわち沖縄児童の知的活動では, 言語理解や言語表現の力が, 関西よりも重要な役割を占めているのである。
    7. 言語因子および空間知覚因子の下にそれぞれ分析された下位因子は, 内容的には明確な解釈を与えることは困難であるが, 各地域に固有の要因を示すようである。そして全般的に見て, 言語教育的検査と非言語的検査とが, それぞれの下位因子に対して, 沖縄と関西とでは逆の模様に負荷する傾向が見られる
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  • 西村 邦子
    12 巻 (1964) 1 号 p. 37-43,62
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    前回の報告における40項目のテストに関する両群間の差の検討にひきつづき, 今回はP技法による因子分析の結果が報告された。非行群・統制群が別々に因子分析された結果, 両群に5個ずつの因子が抽出された。
    非行群因子
    I (+) 融通がきかない,
    (-) 浮動的
    II (+) 硬さを持ち即行的
    (-) 硬さがなく行動を抑えられる
    II正 (+) 粘り強く正確
    (-) 粘りがなく不正確
    IV (+) 洞察力のあるじつくり型
    (-) 洞察力がなくなげやりな態度
    T (+) 洞察力があるが自分流儀
    (-) 洞察力がなく他人の意見に動かされやすい統制群因子
    I (+) 洞察力がなく不正確
    (-) 洞察力があり正確
    II (+) 硬さを持ち不正確な即行型
    (-) 硬さがなく正確ではあるが判断が遅い
    III (+) 粘りがなく権威主義的で洞察力がない
    (-) 粘りがあり洞察力があつて自主的
    IV (+) 要求が高く柔軟性がない
    (-) 要求を高く持たず適当にすませてゆく
    I (+) 発展的ではあるが功をあせる傾向
    (-) 閉鎖的であるがじつくとりくむ型
    これらの因子を大きくまとめて概観すると, 両群とも洞察力とスピードが目立つている。そして非行群ではその2つの特性が硬さと内的衝動性に特徴づけられ, 統制群では要求水準と事態における欲求に特徴づけられている。このことから, 素質的基盤による行動特徴と獲得的基盤による行動特徴とが予備的に考えられた。
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  • 藤永 保, 斎賀 久敬, 細谷 純
    12 巻 (1964) 1 号 p. 44-53,63
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    本報告では, 第1回実験教育の研究経過について略述する。(藤永保他, 1963a, 末尾の研究経過一覧を参照してほしい。
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  • 12 巻 (1964) 1 号 p. 59
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
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