教育心理学研究
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17 巻 , 4 号
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  • 三木 安正, 久原 恵子, 波多野 誼余夫, 高橋 恵子
    17 巻 (1969) 4 号 p. 193-202
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    双生児状況 (twin situation) が対人関係の発達に及ぼす重要な影響のひとつは, 対の相手の存在がそれと類似した機能を果たすとみられる友人関係の発達を妨害することだという試論的結論 (三木ほか, 1963, 1964) をひきついで, 本研究では, 一卵性双生児と (ふつうのきょうだいを持つ) 一般児とを, 特にそれぞれの持つ友人関係の親密さという観点から比較検討してきた。その結果, 双生児は一般児にくらべ友人関係の発達が劣っていることが確かめられた。具体的には, 主として次のような4 点が明らかになった。
    1友人に対する親密さという点でみると, 自分が友人に対してもつ親密さおよび友人が自分に対してもつと予想される親密さの両方において, 双生児は一般児にくらべて弱い。この傾向は特に課題志向的な面におけるよりは情緒的な面において, また, 中学生よりは高校生, 男子よりは女子において著しい。
    対の相手の存在が友人関係の発達において持つ意味をみるために, 一般児の中で, 年令も近くしかも結びつきが強いきょうだいを持つ場合 (同性で年令差が2つ以内のきょうだいで, しかもそのきょうだいを最も親密な相手だとしているきょうだい群) と比較したところ, やはり, 双生児の方が友人と親密でなかった。このことから, 双生児の対の相手はふつうのきょうだいと異なる意味を持つと考えられた。このことはさきの報告 (三木ほか, 1964) とも一致している。
    2友人に対する認知に関して, 特に双生児と一般児の差異が量的にみて著しい女子について検討した。それによれば, 双生児は一般児にくらべ, 友人をより魅力的・道徳的でない, と認知していることが明らかにされた。また, 友人関係が発達しているとみられる双生児と, これと同じ友人との対人関係得点を示した一般児と比べた結果でも, いちばん親しい友人の認知では両者は類似していたが, 2番目に親しい友人やふつうの友人については, 双生児の認知は概して非好意的であり, 友人関係が発達していないとみなされた。
    3上述のように, 双生児においては, たとえ友人関係が発達しているという場合も, 実はただひとりの親しい友人との関係だけだということが指摘された。そこで次に, このただひとりの親しい友人が, いわゆる親友といえるかどうかを特に女子について調べてみた。その結果, 一般児に比べ双生児ではわずかの者しか親友を持たないことが明らかになった。したがって, 双生児では友人関係が発達しているといっても, それはいちばん親しい友人についてだけであり, しかもその対象も親友とはいいがたい場合が多いと考えられる。
    4双生児の中で対間の結合の強い親グループと, それの弱い疎グループのそれぞれの友人との親密さを比較してみると, われわれの予想とは逆に, 親グループの方がむしろ友人と親密である傾向を示した。このことから双生児の対間の結合の強さだけからでは友人関係の発達を予測できないことが示唆された。
    この現象については, 2つの理由が考えられる。第1 は, 対間がいかに親密でも相手が友人としての機能を果たしていなければ, そのことがただちに友人関係の発達を妨害することにはならないのではないか, ということである。そして第2は, 双生児でありながら互いに結びつきが弱いという疎グループの対人関係上の特異性も看過できないのではないかと思われる。すなわち, 疎グループの中には, 面接でもみられたように, 対の相手ばかりでなく, 友人をも含めて一般に他人と親しくしない (ないしは親しくないと反応する) という特殊な事例が含まれているのではないだろうか。このように考えれば, 親, 疎という2分法を友人関係の発達の程度と直接的に対応させ, そこにマイナスの関係を見出そうとしたこと自体に無理があったように思われる。
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  • 牛山 聡子
    17 巻 (1969) 4 号 p. 203-213
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    本実験は次のことを検証することを目的として行なわれた。
    (1) 幼児は, 幼児に対し特に影響力を持つとは考えられないモデル (この場合女子学生) の社会的に望ましいとされている行動をどの位模倣するか。(実験I)
    (2) その際, 代理強化はどの程度の効果を及ぼすか。 (実験I)
    (3) 模倣された行動はどの程度維持されるか。(実験I)
    (4) モデルが同年令児である場合の幼児の模倣の程度。 (実験II)
    (5) 暗示的な質問の模倣に及ぼす効果。(実験II)
    そのため実験1の被験児には, 4才児組から男児22名女児18名, 5才児組から男児16名, 女児22名をとり, 実験IIの被験児には, 5才児組から男児14名, 女児8名をとった。2名の幼児に1個の玩具しか与えなかったときの幼児の遊び方を観察するために, 被験児は性と年令を同じにしてふたり1組にされた。被験児たちはモデルの行動を観察する前と後, および玩具をかえて, その遊び方を観察された。実験1の被験児たちには, 8mm映画によって, モデルの行動のみ (無報酬群), あるいは, モデルの行動と賞賛の声 (報酬群) が示された。統制群にはそうしたものはなにも示されなかった。実験IIの被験児たちには, 女子学生モデルの行動のみか, あるいは, 幼児モデルの行動のみが示された。その後の遊びの途中で「仲よく遊べたか」という暗示的な質問が与えられた。モデルたちは, まず玩具の使用をゆずりあい, それから「ジャンケン」をし, 交代で玩具を使った。実験1の5才児のみが, モデルの行動を2回観察した。被験児の行動は観察室から観察され, 観察は, おもに, 玩具の所有の移動についてなされた。観察者は, 玩具が移動した時の時間, 移動のしかた, 玩具の所有者, 被験児たちの会話を記録した。会話はテープにも録音された。
    実験の結果は次のようであった。
    (1) モデルの行動を観察させる前には, 1組の被験児たちも「ゆずりあい」や「ジャンケン」をしなかった。統制群の被験児たちは実験の間中,「ゆずりあい」も「ジャンケン」もしなかった。無報酬群・報酬群 (実験1), および女子学生モデル群 (実験II) の少数の5才児たちが, モデルのゆずりあいとジャンケンを模倣した。以上のことは, 5才児はたった1回または2回, モデルの行動を観察するだけでも, 特に影響力を持つとは考えられないモデルの社会的に望ましいとされている行動を模倣するということを示しているといえよう。
    (2) モデルに対する報酬を観察させること (代理強化) は, 必ずしも, モデルの行動の模倣を促進させなかった。
    (3) 模倣された行動は, たとえ玩具がかわっても維持される傾向にあった。.
    (4) 同年令児モデル群の幼児が1名もモデルの行動を模倣しなかったという事実と, 幼児の自発的な会話から, たとえ幼児はモデルと自分たちとの類似性に気づき, モデルの行動と自分たちの行動との相違に気づいたにしても, それだけで, モデルの行動を模倣するわけではないということがわかった。
    (5)「仲よく遊べたか」という暗示的質問は, あらたにモデルの行動の模倣を生じさせはしなかった。
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  • 金岡 洋子
    17 巻 (1969) 4 号 p. 214-228
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    論理的思考が, 問題の形式, 問題の内容, 複雑度等の要因によってどのような影響を受けるかが, 命題演算を課題として発達的に検討された。さらに, 経験強化的な訓練と記号操作的な訓練を行なうことにより, 思考がどのように促進されるか, そして, それは上記の効果にどのような差異をもたらすかが分析的に考察された。
    命題演算の推論形式は解決の難易と密接に関係しており, 基本形, 対偶はやさしく, ウラは非常に困難であるということが明らかとなった。これは, ウラの解決が, 命題項 (概念) 間の包摂関係の理解を前提とするという論理操作上の複雑さに加えて, 日常的には, 概念の大小関係が看過されたかたちで推論がなされてしまつても, それが誤りであることに気づく必要のないことが多いことの結果と考えられる。
    推論の内容は経験的な内容である場合にもっとも正答率が高く記号を用いたものがそれにつぎ, 経験に逆らうもの, 経験からの援助を受け得ないものは概して成績が悪かった。したがって, 推論内容は, 経験要因の依存変数であるとする仮説は支持されたといえよう。
    量的な複雑度は, 命題項数4までと6以下に一定の断絶のあること, また2-4の間の差は訓練によって縮少されうることが示された。ただし, この要因については, 統計処理はなされなかったので, 今後検討の必要がある。
    命題演算の解法の訓練は, それぞれ年令に即した効果を有した。小2-小5では経験強化の訓練が, 小6-中 3では記号操作の訓練が適切であるとする仮説は, 推論形式ウラにおいてのみ支持される傾向にあったが, この仮説は全体としては, むしろもう1段階低い年令, すなわち小2-小3, 小4-小6においていえることが示された。したがって, 概して, 発達の次の段階で支配的となる操作の様式を訓練することが望ましいと考えられる。
    また, 一般に推論根拠の検討には, 誤答の分析が有用であった。解答カテゴリーの分布は, 概して低学年ほど, 無理解, 単なる問題文の反復, 経験作文的解答が多いのに対し, 高学年ではそれらのカテゴリーはごくわずかとなり, 単に推論形式を識別しえないことからくる形式上の誤りに属するものがほとんどであった。その傾向は, 小5 (ないし小6) を移行期として明瞭に認められた。したがってこの時期に新しい思考様式が準備されると考えることができよう。中学生になると正答率には発達的変化が反映されにくいが, 誤答の質には一定の向上がみられ, 中3において無意味な誤りが最も少ないことが明らかになった。
    実験IIの仮説2は支持されず, 仮説3は傾向として支持された。仮説4については明らかな結論が得られなかった。
    今後の問題としては, 訓練内容とそれによって生ずる解答カテゴリー移動ないし推論根拠の変化の詳しい分析, 課題としての個々の命題演算の等質性の検討, および単なる量の増大としての複雑度要因の効果の分析等が指摘されよう。なお, ウラに関する推論の発達的傾向についても検討が必要であろう。
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  • 17 巻 (1969) 4 号 p. 228-
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
  • 秋葉 英則
    17 巻 (1969) 4 号 p. 229-236
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    青年期における「社会化 (socialization) 」の過程は, 社会が青年に要請する問題をとおして具体化されると考えられる。なかでも重要な問題は, 経済的自立と政治的自立の問題である。前者は進学・就職, 結婚等の具体的問題に, 後者は国民主権による必然的要請としての参政権の行使という問題に青年が接近する過程で獲得する。
    これまでの青年心理学における研究の多くは, 前者に比重がおかれ, 後者 (政治的社会化) についての研究はきわめて少なく, わずかにHyman, H.(1959), Greenstein, F. 1.(1965), Hess, R. D. and Torney, J. V.(1968) の研究などがみられるにすぎない*。また本邦における青年心理学に関する文献目録の中からは発見することができない状況である (津留宏 (1969) 作成の文献目録) **。
    社会心理学の領域で進められている政治的態度に関する多くの研究についてみても, その形成過程の研究は, 重要性が指摘されながらも, いまだに明らかにされていないことが指摘されている (三宅一郎ほか (1967))。
    本研究は, 青年が即自的問題としての経済的自立を獲得する過程でいかなる政治的指向を求めているかを発達的に検討することを目的とする。
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  • 17 巻 (1969) 4 号 p. 236-
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
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