教育心理学研究
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5 巻 , 1 号
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  • 三島 二郎, 横尾 武成
    5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 1-8,57
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    本研究は, 視覚的記憶と, 聴覚的記憶の発達的傾向を無意味綴材料および有意味綴材料を使用して, 実験し, 検証せんとするのが, 目的であるが'その結果の要約および結論は, つぎの通りである。
    1視覚的記憶の発達
    まず, 無意味綴材料を用いて実験した結果について述べれば, 3語, 4語の, 語数の少い系列では, 低学年ほど, その再生率が高く, 6語, 7語の語数の多い系列では, 高学年ほど, その再生率が高くなつている。このことは, 年令が進むにしたがつて, 視覚的記憶はよくなつてくることを意味するものと思われる。すなわち, 各学年の平均値の差の検定の結果は, その各々について, 有意の差が認められた。ただ, 中学生においては, 2年生までは, 小学生から引続き, 発達の傾向を保つているが, 3年生になると, 停滞の傾向を見せているのであつて, このことは, 無意味綴系列の視覚的記憶においては, 13才までを限度として発達するものではないか, との予測を得たが, なお, 15才以上の発達の傾向については今後の研究に期待しなければならない。また, 平均値をみると, 小学生では, 5語, 中学生では, 6語となつているが, これは, 無意味綴材料の直接記憶の一般的限度を示すものと思われる。すなわち, 小学生においては, 大体, 5語までが, もつともよく記憶され, 中学生になると, 6語までが, もつともよく記憶されるものと思われる。
    つぎに, 有意味綴材料を用いた場合の視覚的記憶の実験の結果について, 述べれば, 小学校2年, 3 年の低学年においては, 語詞数4の系列から, 14の系列まで, 広く分布しているのに対し, 高学年になると, 大体, 10から15の語詞数の多い系列に集中的に分布しているのである。また, 平均値を見ても, 大体, 高学年に進むにしたがつて, 高くなる傾向を見せ, 各学年における, その差の検定の結果も, 有意の差を示している。ただ, 中学2年生において急激に下降を示し, 平均値も, 非常に低くなつているが, これは, 無意味綴の場合と, 全く反対の現象である。このことは, 今後の一つの研究課題となるものと考えているが, 無意味綴において, 最もよい結果を示しているのに対し, 有意味綴において, わるい結果を示すということに何か関係があるものと考えられる。しかし, 全般的には, 有意味綴における視覚的記憶は, 無意味綴の場合と同様, 年令が進むにしたがつて, 発達するといえる。
    2聴覚的記憶の発達
    無意味綴材料を用いて実験した結果について述べれば, 大体, 視覚的記憶の場合と同じように, 3, 4の語数の少い系列では, 低学年が, 再生率が高く, 語数の多い系列では, やはり高学年が再生率がよい。また, 各平均値の差の検定の結果は, 各学年の間に, 有意の差が認められる。このことから, 無意味綴系列の聴覚的記憶も, 視覚の場合と同様, 年令が進むにしたがつて, 発達するといえる。
    ただ, 中学生が, 逆に, 小学生よりも, 低い平均値を示してるが, このことは, Whippleの実験結果と関連があるように思われる。すなわち, 彼の実験結果では, 数字系列を用いて, 実験した場合, 8才までは, 比較的に聴覚的記憶がすぐれているが, 9才以後では, 視覚的記憶がよくなつてくるごとを報告しているが, 本実験で, 無意味綴材料を用いた場合は, 11才までは, 聴覚的記憶が, 比較的よいが, 12才以後は, 視覚的記憶がよくなるという結果になり, 数字系列を用いた場合よりも年令において, 3才位のズレをもつて, その傾向を示すのではないかと思慮せられた。
    つぎに, 有意味綴材料を用いた場合の聴覚的記憶について述べれば, 4, 5, 6の少い語詞数の系列では, 僅かずつ低学年が存在し, 高学年では, そこには, みられない。また, 中心系列 (各学年, 最も多く再生された系列) は, 2, 3年の低学年では, 語詞数10の系列であるが, 5, 6年では, 12の系列である。また, 平均値を比較してみると, 2年生から, 6年生までは, 明瞭に, 発達的段階を経ているが, 中学生になつて, 停滞の傾向が見られる。したがつて, 小学生においては, 各学年の平均値の間に, 有意の差が認められるので, 有意味綴材料を用いた場合の聴覚的記憶け, 6年生を限度に, 年令とともに, 発達の過程を持つが, 中学生になると, 無意味綴の場合と同様, 停滞する傾向があるのではないかと考えられる。
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  • 三島 二郎, 服部 広子
    5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 9-17,58
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    従来多くの心理学者によつてなされてきた点を用いた形態把握の実験結果は, 知能 (I. Q.) と非常に関係があるといわれている。この実験においては, 正常者とろう者に点を用いた形態把握の実験を個人差研究の観点から企図し, その結果を発達的に比較検討せんと試みたものである。
    そこで得た結果を述べれば次の如くである。
    1. 年令が上になる程, この実験結果の得点が良くなる傾向がある。
    2. 学業成績のよい者は, この実験の結果もよい。学業成績の悪い者程, 実験結果も悪くなる。
    3. I. Q. のよい者は, この実験の結果も良い。
    4. 正常者の実験結果とろう者のそれとの間には, かなりの差がある。
    5. 正常者の実験結果が, ろう者のそれよりも遙かによい。
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  • 松本 金寿, 本川 錦子
    5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 18-24,58
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    学習形式の異同によつて遡向抑制の量に差を生ずるかどうかをみようとした。用いた学習形式は次の通りである。
    視覚的方法(V)…視覚に訴えて学習させ筆答させる。
    聴覚的方法(A)…聴覚に訴えて学習させ口答させる。
    原学習と挿入学習とでは, 刺戟語として, 両学習に共通な二綴の無意昧綴を用い, 反応語は異なつた二桁の数字を用いた。原学習と挿入学習との間には3分, 挿入学習と原学習の再学習の間には5分の休息をおいた。
    被験者は28人であり, すべて大学及び大学院の学生であつた。主なる結果は次の通りである。
    (1) A-Aの場合は, V-Aの場合よりも, 遡向抑制は大きい。しかしV-V, A-Vの間には有意の差は, 認められなかつた。
    (2) 遡向抑制はA-AにおいてV-Vよりも多かつた。
    (3) 同一学習形式の場合, 挿入学習におけるリスト内侵入は原学習のそれよりも, 著しく減少し, これに反して無応答が増加した。要するに原学習と挿入学習に同一学習形式を用いた場合の遡向抑制は, 異なつた形式を用いた場合のそれよりも多いか又は同じくらいであつた。
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  • 橘 寿郎
    5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 25-31,59
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    The aims of the present study were to compare the experimental method with the preparatory research method, in the study of such situations as bringing shame, and to make clear the sigrificances of the two method in the research of the problem of emotion.
    (1) In a situation that “a pupil listens to his own voice recorded facing his friends for the firsttime,” about half of all pupils in the second year of primary school showed emotion of shame, and the percentage increased by year. Number of thosewho showed “γ” behaviorsuch as looking down, lying on face on the desk or covering face with hand), that is considered as a physical reaction of shame, increased “markedly” with the advance of year. Some other behavior patterns which were seen similarly in the lower grades increased with the advance of year, and the features of behavior become clear.
    (2) If we look upon “γ” behavior as a physical reaction to shame, we can say that it is not until about the second year of middle school that “γ” behavior accords with the real experience of shame; girls are quickei than boys in such an accordance of reaction and real experience.
    (3) Investigation of the same experimental situations by means of “constitutiontest,” and the comparison of the results of the two experiments on “γ” behavior and the rate of these accordance showed that the reaction-percentage resulted from the former research was much lower than that of the experimental test.
    Judging from these facts, we find that the results of the research on emotion show only a general tendency of reaction in the group and that they have no significance as to the real aspects that bring emotion.
    As emotion is a complex process of dynamics based on mental set, attitude and objective situation, an experimental method may play an important part in the solution of these problems.
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  • 中邑 幾太
    5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 32-41,60
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
    Although there are special areas within the whole domain of psychology that are commonly disignated as “social”, there is no real point of transition between the social and non-social. At the most simple level, psychology deals with only rather static, immobile objects; at the complex level mobile, powerful, capricious, and causal objects. Thus, it is our methodological conviction that attitudes in strict laboratory situations and attitudes in the most complicated social situations have, essentially, the same psychological mechanism, and that the basic psychological substrate functioning in both instances are the same in nature.
    From this point of view, the author studied the polarity of attitude as one of the unitary norm to construct the psychology of attitude. The fact that in certain situation an attitude does involve tension and that the object of an attitude is frequently perceived as demanding action on the part of the individual differentiates attitudes from beliefs in a very important way. It is for this reason that attitude can be designated as either “pro” or “anti” while beliefs are conceived of as neutral.
    Generally, there are two aspects in the judgement of scale value of social attitude. In one (S) the scale values are judged in terms of agreement with the statements of attitude, and in the other (S') they are judged in terms of opposition to the statements.
    When examined statistically, S-S' has a significant difference. Such significant differences, existing not only in the complicated social situations but also in strict laboratory situations, further psychological investigations and interpretations. The author tried factor analysis of the discriminative threshold in perceptual judgement and found a general factor of attitude in perceptual judgement.
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  • 小島 謙四郎
    5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 42-45
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
  • 5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 46-52
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
  • 5 巻 (1957 - 1958) 1 号 p. 57
    公開日: 2013/02/19
    ジャーナル フリー
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