我が国の教育工学研究におけるインストラクショナルデザイン(ID)研究の位置づけについて概観し,教育革新が求められている今日の研究基盤としてID 研究が果たすべき役割について述べた.我が国では初等中等教育における授業設計と企業研修の文脈でのID に乖離が見られた時期があり,その後高等教育には教員の能力開発(FD)の文脈でID の諸概念が浸透していった.今後研究基盤としてID が果たすべき役割として,デザイナーになり革新的な実践を共創すること,デザイン研究でID の知見拡大に貢献すること,脳科学の知見でID を再解釈・精緻化すること,次世代の大学を創出する一翼を担うこと,教えないでも育つ教育を実現すること,ID 専門家育成上級講座に参画することを提言した.
本論文は,国内におけるID 研究への示唆を得ることを目的に,AECT が発行する論文誌ETR&DにおけるID の近年の研究動向について外観した.2016年から2018年の間にETR&D に掲載された論文のうち,ID に関する論文に絞り研究内容を調査した.目標と方法の分類を用いて整理した結果,67編の論文が該当し,記述的・解釈主義的や設計・開発を目的とした論文や,混合法を用いた研究などに増加傾向が見られた.論文内容の調査から,研究方法論,リサーチクエスチョン,分析方法の明示によって論文の特徴が明確に示されており,国内では見られない理論やモデルの活用,メタ的研究,ID 分野の人材開発についての動向などの調査報告があることが分かった.インストラクショナルデザインという用語が広く,基礎・基盤的位置づけでとらえられることによって,国内におけるID 研究のアプローチの幅や成果の質に変化がみられる可能性が示唆された.
教育工学は,心理学,工学,教育実践といった領域が複合したものである.教育工学研究もまた複合的になる.教育工学研究の特徴は,(1) 領域フリーであること,(2) 教育の方法に注目していること,(3) 教育の現場に制約されること,の3点である.そして,その指向性は,(1) 現場を改善すること,(2) 同種の実践に還元すること,(3) 理論に寄与すること,である.インストラクショナルデザインは,この教育工学の中心部分をカバーするものである.インストラクショナルデザイン研究を進めるためには,単なる実践報告を越えるために創造的な技術や工夫に焦点をあてること,教育工学として意味のあるリサーチクエスチョンを立てること,デザインベースによって研究を進めること,研究の段階によって適したデータ分析手法を選ぶこと,データを臨床的に解釈し意味づけることが重要であることを指摘した.
本研究では,自律的動機づけの内在化を促す設計をした授業を実践し,効果を検証した.授業は,1)模擬患者に行う技能試験であるOSCE のルーブリックを学生が作成,2)ルーブリックを用いて学生が自主練習,3)OSCE の録画映像を見て学生が自己評価,4)教員のフィードバックであった.研究1では学生37名の自律的動機づけを授業前後に調査し,量的分析した.自律性が低い学生は,自律性の指標となるRAI が有意傾向であるが上昇し,同一化的調整が有意に上昇した.この授業は自律的動機づけを促す傾向があり,同一化的調整を促進することが示された.研究2では学生4名に半構造化面接を行い,小規模データに適用可能な質的分析手法のSCAT で分析した.同一化的調整を促進する要因は,1)学生が作成したルーブリックの見やすい提示,2)録画を見ての自己評価,3)教員のフィードバックであった.
学習者が英語学習を自律的に行う際,学習者の個別ニーズに合わせた学習をデザインし,そのプランに沿って学習を進めていくのが効果的だと考えられる.本研究では,大学の授業において英語学習デザインの指導を行い,その指導が学習者のプランニングとその後の学習に及ぼす影響を明らかにすることを目的として調査を実施した.その結果,以下の2点が明らかになった.(1)学習デザイン指導により,学習者は個別ニーズに合った学習プランを作成できるようになった.(2)個別ニーズのうち,学習者の好みに合わせた学習プランを作成することが学習に対する動機づけに影響し,学習者の好みや学習環境に合わせた学習プランがプランの実行度に影響を与えることが示された.以上の結果から,英語自律学習のための学習者の個別ニーズに合わせた学習デザイン指導,特に学習者の好みを考慮したプランニングの重要性が示唆された.
夜間定時制高校は,算数・数学の基礎学力に課題を抱える生徒が多く在籍している.本研究では,夜間定時制高校でのアクティブ・ラーニング型の授業設計の検討を見据え,数学科での反転授業の有効性について検証することを目的とした.そのためにADDIE モデルに従って開発した授業に対し,ID の目指す価値としての効果・効率・魅力の観点から検証し,以下の結果を得た.授業前に動画を視聴しない状況,動画を視聴していてもそれを前提とした授業展開は厳しい状況が見られた.学習形態の変容により学習に困難を抱える生徒は取り組みやすくなり,教え合いの対話的活動での動画活用や,復習として主体的な動画利用の状況が見られた.定期考査等の得点が低かった生徒でも得点が増加し,効果的な習得が確認された.学習場面での必要時間が短縮され,効率的な学習が行われた.反転授業によって,基礎学力に課題を抱える生徒において大きな効果が得られる可能性が示唆された.
本研究では,日本におけるインストラクショナルデザイン(ID)の先行研究をレビューし,研究動向を整理した.2003年から2018年までの教育工学領域の論文から72編のID 研究論文が抽出され,ここ10年の論文数は横ばいであった.そのうち61編が実践系の論文に位置づけられ,とくに「教育実践の改善および学習環境づくり」での活用が顕著であることが示された.教育現場における実践報告が多くの割合を占める一方で,実践研究と基盤的研究との往還やID 本来の趣旨である教育設計時の活用に関しての課題が明らかになった.
近年の大規模公開オンライン講座(MOOC)の進展により,世界規模で受講者を集めるグローバルなオンライン教育プラットフォームが普及した.その一方で,学習意欲の向上や継続的な学習支援の仕組みの不足が指摘されている.本稿では,MOOC の学習支援の手法としてゲーミフィケーションに着目し,MOOC のコースデザインにゲーミフィケーションを取り入れた先行研究をレビュー調査した結果をもとに,ゲーミフィケーションの構成要素やそのコースへの導入のための基本的なモデルや理論的枠組みの研究動向を検討した.MOOC のコースデザイン上の課題に対し,ゲーミフィケーションを試行的に取り入れた研究が見られ,デザインフレームワークを体系化する取り組みも見られるが,ポイントやバッジなどの実装しやすい要素の導入が多いことが確認された.
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