地域全体をみると,大勢の患者がコンサルテーション・リエゾン精神医学の対象になっていない。これらの患者の多くは,精神科医のいない比較的小規模な一般病院や内科・外科クリニックで診療を受けている慢性身体疾患の患者である。この状態を改善するためには,地域の多職種の医療者が行う心理的・精神医学的治療とケアの水準の上昇を目標として,中核病院のコンサルテーション・リエゾン精神科医が地域へのアウトリーチを行うことが重要である。さまざまな方法があるが,その1つとして「協同的ケア(collaborative care)」をこのような「地域として行うリエゾン診療」に応用することがあげられる。
身体疾患治療現場での精神疾患有病率は高い。しかし,身体科医への教育・早期発見・早期治療を促すといった方策では精神疾患のアウトカム改善は望めない。多くの研究において,共同治療(collaborative care)の効果が明らかとなっている。共同治療は,身体科医,ケースマネージャー,精神科医がチームとして関わり,積極的なアウトリーチを行うことで“value”が認められている治療システムである。共同治療により,精神疾患の改善・総医療費の改善が認められるだけでなく,身体疾患の改善もみられる。効果的・効率的な多職種によるチームアプローチが身体疾患現場における精神疾患の治療では必要である。
地域には精神症状に悩むがん患者や家族が潜在し,地域の医療従事者の多くも精神症状に困っている。神奈川県西部地域の医療従事者に対するアンケート調査において,精神心理的ケアで困った経験のあるものは90%を超え,精神腫瘍医の自宅往診を求める声は8割にのぼった。これに応じて,われわれは‘精神症状に主眼を置いた緩和ケアチームの在宅往診’を2011年より開始した。3年間で50件の依頼を受け,43カ所の地域医療従事者と協働して100回を超える往診を行った。 70%にせん妄,60%に不眠を認め,家族にも程度の差はあるが多様な精神症状が発現していた。低活動型せん妄については全例見逃されており,現場での情報共有と並行して適切な教育が急務である。 われわれの在宅往診により地域の医療従事者の不安は7割近く軽減したが,今後の予測やスタッフケアについてはさらに満足度を上げる工夫が必要である。
日本の地域ケアでは周産期の精神疾患は少なくない。しかし,精神疾患の適切な検出と治療は十分ではない。先進的な周産期のメンタルヘルスは,健康増進,予防,早期介入という点からみて,地域のリエゾン精神医療サービスの質の高さと関連する。こうしたサービスには,地域の母子保健と精神保健行政間における相互の円滑な連携が重要である。しかし,母子保健行政と精神保健行政の縦割りの構造が今日でも大きな壁となり,周産期メンタルヘルスの分野では大きな課題となっている。こうした状況では,産科医,助産師,保健師,社会福祉の専門家と協働しながら,精神科医によるメンタルヘルスの評価と容易な介入ができれば,周産期メンタルヘルスの重要な戦略の1つになる。本稿では,事例を用いてプライマリケア地区における周産期のメンタルヘルスの管理のためのケアプラン作りの方法について概説する。
うつ病診療における精神科とプライマリケアの連携システムとして,先行研究において協同的ケアが提案されてきた。これまで,日本ではこの協同的ケアの実施報告はなかったが,今回実践したので症例を通してこの取り組みを報告する。協同的ケアでは,プライマリケア医による通常のうつ病診療に加えてケースマネージャーが患者の受療支援を行う。今回の実践では,ケースマネージャーは臨床心理士が担当して電話介入を実施し,精神科医はケースマネージャーに受療支援に関する定期的なスーパーバイズを行った。本稿では,薬剤や副作用に対する不安を訴えた2 例に対する支援を概観しながら今回の協同的ケアの実践を報告し,最後に,協同的ケアで行われた支援について考察した。
精神症状により現実検討能力に支障のある患者における身体的治療への「同意」において,法的規定は十分に整備されておらず,臨床の現場ではしばしば混乱が生じている。特に,手術や抗がん剤治療などの侵襲性の高い医療行為については倫理的観点から十分な検討が必要である。精神症状が身体的治療への同意に少なからず影響したと考えられた4症例を呈示したうえで,同意能力の客観評価を試み,それぞれの問題点を考察した。さらに,わが国で慣習的に多く行われている家族による代理同意は,法的根拠が十分ではないことを示し,大学内の倫理委員会に審議を求めた試みなどを紹介した。最後に諸外国の代理同意における現状を比較検討し,今後のわが国における規定の整備に向けた問題提起とした。
一般身体疾患に伴う精神病性障害を呈する疾患には神経変性疾患や中枢神経感染症,内分泌疾患,代謝性疾患など種々の病態がある。今回,ウィルソン病による重度の肝機能障害のため腹水を呈し,腹膜炎を併発,治療目的で消化器内科入院中に被害妄想,衝動行為を呈し,一般病棟での入院が継続できない状態であったため,本人の保護と衝動コントロール目的で,精神科へ転科,医療保護入院となり,臨床経過や神経画像情報などから,ウィルソン病に起因する精神病性障害と診断した症例を経験したので若干の文献的考察とともに報告する。ウィルソン病によりさまざまな精神症状を呈することを知っておく必要があることを喚起した。
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