牛の繁殖性において人工授精による受胎率は年々低下しており,畜産農家の経済的損失は非常に大きい.またドナー牛の過剰排卵処置時の胚品質は,栄養状態,飼養管理技術ならびに粗飼料の品質など多くの要因に左右され,必ずしも安定した成績は得られないのが現状である.
脂肪酸は生体内において様々な形で存在し,特にリノール酸などの多価不飽和脂肪酸は,牛の繁殖性に著明な影響を及ぼす脂肪酸の一つである.特に多価不飽和脂肪酸は栄養学的ならびに生理学的に重要な役割を持っており,牛の繁殖性に良好な影響を及ぼすことが多数報告されている.
牛の繁殖性における脂肪酸の作用機序としては,以下のように考えられる.メバロン酸経路からコレステロールが生合成され,性ステロイドホルモンの産生増加による卵胞の成熟ならびに排卵への効果がある.また,生体膜の脂質組成を調節し,細胞膜の構造の変化により,卵子・胚品質を向上させ,それらの凍結保存に対する耐凍性も改善される.さらにリノール酸は,プロスタグランジンF2α(PGF2α)の生体内原料であり,PGF2αは牛の繁殖機能に関わる重要な生理活性物質である.
結論として,牛に対して脂肪酸の給与のみでエネルギーバランスの改善は困難であるが,バイパス処理化された多価不飽和脂肪酸の適切な給与は,卵胞の発育,卵子・胚品質ならびに耐凍性に影響を与え,繁殖に関わるステロイドホルモンやエイコサノイドの産生を促進させる最良の手段と考えられる.
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