ポルトガル語を母国語とし, 来日後初めて日本語を学習した日系ブラジル人の成人口蓋裂二次症例の口蓋形成術後の改善経過を報告する.この症例は, ポルトガル語に先んじて日本語において良好な鼻咽腔閉鎖機能を獲得した.この過程における日本語の発話分析を行うと, 次のような特徴が見出された.
1) 絵の叙述において, 破裂音, 摩擦音, 破擦音の総数における正しい構音の出現率は, 日本語で95%, ポルトガル語で61%であり,
x2乗検定で有意差がみられた.
2) 単語の語尾が上昇し, 助詞が脱落して電文体となる傾向があった.
3) 単語と単語の間に約1秒のポーズが出現する傾向があった.
4) 単語の一部が鼻音化するなどの誤りがある場合, 自発的に修正を繰り返し, 目標とする正しい単語へ到達することが観察された.
5) 使用頻度が高く流暢に産生できる単語は, 開鼻声が出現しやすい傾向が一過性にみられた.しかし, 術後3年目の言語評価では, こうした傾向も消失し, 日・ポ両言語で, 良好な鼻咽腔閉鎖機能が獲得されていた.
以上の経過から, 本症例が日本語を習得する過程で必然的に行っていたであろう自発話に対するモニターが, 鼻咽腔閉鎖機能の活用を促進し, 正しい語音の産生力を高めたのではないかと推測された.さらにポルトガル語の母音体系が日本語に類似し, 音節構成も開音節であることなどから, 本症例にとって日本語は認知しやすく, 目標語の正しい音印象を持ち得た可能性がある.こうしたことが, 母国語であるポルトガル語に先んじて日本語が改善した理由と考えられた.
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