本研究では,GRBAS尺度,Consensus Auditory-Perceptual Evaluation of Voice(CAPE-V)といった聴覚心理的評価の音声課題や評価尺度の差異が嗄声の評価にどのような影響を及ぼすかについて検討した.音声課題には「持続母音」または「持続母音+短文」を用い,評価尺度としては,GRBAS尺度で用いられるVerbal Rating Scale(VRS),およびCAPE-Vにて用いられるVisual Analog Scale(VAS)を用いた.評価者は10年以上の音声障害診療の経験がある耳鼻咽喉科医師2名と言語聴覚士1名の3名で嗄声度(G)ないしoverall severity,粗糙性(R)ないしroughness,気息性(B)ないしbreathinessの評価項目について検討した.
VRSの評価では「持続母音+短文」の信頼性のほうが高かった(ICC(2,1)=0.803〜0.925).またVASの評価ではroughnessを除き短文を加えたほうの信頼性が高かった(ICC(2,1)=0.904,0.937).VRSよりもVASの評価がより高い信頼性を認めた(ICC(2,1)=0.677〜0.896,0.803〜0.937).VRSの気息性(B)とVASのoverall severity,breathinessの評価で「持続母音+短文」を有意に重く評価する傾向が見られた.すなわち,短文が音声課題に加わると聴覚心理的評価に影響を及ぼす可能性があると考えられる.
音声治療で用いられるチューブ発声法では,発声時の口唇周辺の振動感覚を重視する.しかしながら,患者がその感覚を頼りに練習の適切性を判断することは容易ではない.また,それを補うために練習中の振動感覚を客観的に示す簡便で小型のシステムは存在しない.そこで,チューブ発声中の口唇部の振動を加速度センサで計測し,その振幅や基本周波数の変化を光でフィードバックする携帯型の発声訓練支援システム「スマートチューブ」を開発した.音声障害のある女性1名を対象に約3ヵ月の運用評価を行った結果,システムの使用性は良好で継続的に使用されていた.加えてスマートチューブの視覚的フィードバックは練習の目標や結果を明確にし,利用者の心理面に良い影響を及ぼしていた.これまでの主観的感覚にスマートチューブによる客観的指標を加えることで,訓練の継続性および治療における患者と言語聴覚士のコミュニケーションを促進する可能性が示唆された.
本邦の多言語話者は増加傾向にあり,言語聴覚士(以下,ST)が対応する機会も増加している.今回,英語と日本語を使用する小児の構音障害の評価と指導を行ったので報告する.症例は3歳11ヵ月の男児で構音以外に問題は認めなかった.耳鼻咽喉科医による診察後に,STによる日本語の構音検査とGoldman-Fristoe 2を用いた英語の構音検査および日本語と英語による自由会話で評価を行った.検査の結果,英語話者で最も多い子音連結に誤りを認めた(spoon:/spu:n/→[pu:n]).構音訓練では/s/の産生から始め,その後続けて/p/や/t/を発音させた.事情により頻回な通院が困難であったため,自主課題を作成し,自宅学習を中心に対応した.3ヵ月後の評価では子音連結も問題なく発音できた.多言語話者に介入する際は母語に対応した検査用具を準備する必要があり,さらに,対象言語の特性を理解することも不可欠である.
Dysarthriaは「発語運動の遂行過程に関与する神経筋系の障害によって起こる話しことばの音の異常」と定義される病態群である.この病態群の翻訳名称として,保険診療での診療名や国家試験出題基準においては,「運動障害性構音障害」が使用されている.しかしこの翻訳名称について,motor speech disordersの和訳である「運動性構音障害」との定義上の区別が適切に普及しておらず,用法に混乱が生じている,あるいは発語にかかわる協調運動全体に「構音」を用いるのは適切でない,などの理由から,さまざまな議論が起こり,複数の翻訳名称が提唱されている.日本音声言語医学会の言語・発達委員会では,研究者に共有されている病態の定義をできる限り適切に表現して,専門家だけでなく患者を含めた社会にも理解しやすい翻訳名称がdysarthriaに対して定められる必要があると考え,検討を行った.欧米における定義の変遷,また,わが国における翻訳名称に関する議論の歴史を総攬し,検討した結果,dysarthriaの翻訳名称として,「発語運動障害」を提案する.