子どもの虐待をタイトルにした書物は92年ごろから急激に増えた。児童虐待防止協会が「子どもの虐待ホットライン」を90年に開始し, その電話相談員としてかかわったそのころの社会の認識は, 「日本では子ども虐待は特別な親しか起こらない」「日本ではまれな問題」と考えられていた。家族神話も根強く, 生命の危険のある子どもでさえ, 加害者である親のもとで育てられることが, 子どもにとって望ましいと考えられていた。その結果, 何人の子どもたちが犠牲になったことであろう。全国の児童相談所への虐待に関する相談は, この10年で10倍以上と著しい増加である。しかし子ども虐待を児童相談所が統計処理しはじめたのがそのころからであり, 啓発の結果として増加したのか, この10年で実質的に虐待家族が増加したのかは, 定かではない。「子どもの虐待ホットライン」には当初のような虐待予備軍的相談が減少し, 子どもとの関係にネガティブな感情をもつ母親からの深刻な虐待相談に収斂しつつある。子ども虐待問題を取り巻く状況も大きく変わるなか, その対応も大きく変化した。対応がシステム化され, 早期発見と援助および予防へとその支援の幅は拡大されてはいるものの, 子ども虐待は減少するどころか, 援助ケースは増加の一途, さらには死亡する子どもたちを見過ごしている現実がある。
本書は, 後手後手の対応しかできなかった当時と変わらない問題点と, その後の課題について考察を加え, 連携という形式だけの関係づくりが, 逆にその隙間からこぼれていく子どもたちを救えなくしている現状に対して, 子どもの権利庇護という視点から再度, 子ども虐待について問うた書物となっている。著者は, これまでにも子どもの問題に関する書物などでなじみのある人々がほとんどである。各著者の蓄積してきたものが, 本の厚み以上にずしりと伝わってくる。各章で著者が独立し, 各自の責任で書かれているせいか, いささか文章面において統一性を欠いている面もあるが, それがおのおのの専門性を浮き彫りにしたものとなっている。章立てがわかりやすく, 入りやすい。1章「なぜ死なせてしまったか : 子ども虐待の真実」, 2章「子ども虐待への理解を深めよう」, 3章「日本の子ども虐待問題の歩み」, 4章「統計で見る子ども虐待の実態」, 5章「子ども虐待はなぜ起こる」6章, 「子ども虐待に対する社会のしくみ」, 7章「子ども虐待発見と対応 : 医療現場から」, 8章「法律は子ども虐待にどう対処するか」, 9章「民間団体の子ども虐待への取組み」, 10章「子ども虐待を予防するために」, 11章「子どもの権利庇護システムの構築を目指して」と, どこから読んでもよいように構成されている。基礎的なものから予防に至る展望まで, 子ども虐待の援助と予防に関する必要な内容がくまなく網羅されている。「もう知っている」と思っている人にも, 「これから知りたい」と考えている人にも, 子ども虐待問題を理解するのに適した充実した入門書である。
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