家族社会学研究
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25 巻, 1 号
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巻頭エッセイ
会長講演
特集 育児と介護の家族戦略
  • 牟田 和恵
    原稿種別: 特集
    2013 年 25 巻 1 号 p. 17-20
    発行日: 2013/04/30
    公開日: 2014/11/07
    ジャーナル フリー
    「家族戦略」をテーマとした3年連続の大会シンポジウムシリーズの2年目として,昨年の「経済不況と少子高齢社会の中の家族戦略」に続き,育児(子育て)と介護に関して家族はどのような戦略を立てて行動に移しているのかについて,理論的・実証的な見地から論じてもらうというねらいのもと,「育児と介護の家族戦略」と題してシンポジウムをもった.天童睦子氏「育児戦略と見えない統制——育児メディアの変遷から」,上野千鶴子氏「介護の家族戦略——規範・選好・資源」,武川正吾氏「家族戦略?——個人戦略と公共政策の狭間で」の3報告が行われ,それらを受けて,立山徳子氏が都市のパーソナル・ネットワークに着目するところから問題提起を行い,久保田裕之氏からは家族という集合的主体を構想する可能性と,家族戦略の段階性・重層性を見いだすべきことが指摘された.コーディネータおよび司会は,研究活動委員の加藤邦子と牟田和恵が務めた.
  • —育児メディアの変遷から—
    天童 睦子
    原稿種別: 特集
    2013 年 25 巻 1 号 p. 21-29
    発行日: 2013/04/30
    公開日: 2014/11/07
    ジャーナル フリー
    本論は,育児戦略に焦点をあて,その概念枠組みの提示,育児メディアの興隆と変遷,「見えない統制」の視点から父親の「主体化」について論じる.育児戦略は日常的営みとしての育児と,社会の構造的変化をつなぎ,かくれた権力関係を提起するのに有効な分析概念である.育児戦略の変化の事例として,戦後日本の人口と戦略の転換に触れ,その後の少子化時代の育児戦略と,それを支えるメリトクラシーのイデオロギーについて述べる.またバーンステインの理論的視座をもとに,地位家族から個人志向家族へ,見える統制から見えない統制への変化を指摘する.育児メディアの変容として,70年代以降の育児雑誌とその変化を追い,垂直的知識から水平的知識の伝達へと知識伝達の構造が変容したことを論じる.とくに2000年代に登場した,父親向けの育児・教育雑誌の記事分析を通して,現代の「教育する家族」の戦略を浮き彫りにする.
  • —規範・選好・資源—
    上野 千鶴子
    原稿種別: 特集
    2013 年 25 巻 1 号 p. 30-42
    発行日: 2013/04/30
    公開日: 2014/11/07
    ジャーナル フリー
    「介護の家族戦略」について語ることはできないが,「家族介護の戦略」についてなら論じることができる.家族介護は被介護者と介護者の双方の規範・選好・資源の配置によって決定されるが,誰が誰をいかに介護するのかの組み合わせによって家族介護の内容は大きく変わる.また家族介護がのぞましいとする選好そのものの理想化も問われなければならない.結論として,家族介護と専門職による介護,在宅介護と施設介護との対立を分節化し,家族介護と在宅介護とを分離することで,家族介護なき在宅介護の可能性を検討したい.
  • —個人戦略と公共政策の狭間で—
    武川 正吾
    原稿種別: 特集
    2013 年 25 巻 1 号 p. 43-51
    発行日: 2013/04/30
    公開日: 2014/11/07
    ジャーナル フリー
    この報告は,家族戦略論のなかに公共政策を新しい変数として導入することを提案する.家族戦略の「構造的諸条件」の多くが公共政策の決定の結果として生み出されているからである.他方で,個々の家族戦略の集積の結果として,これらの「構造的諸条件」は単純再生産されたり,拡大再生産されたり,構造自体が変化する場合もある.日本も他の先進諸国と同様,グローバル化と個人化の影響を受けている.しかしその影響が他国と同様に純粋的な形で現れないのは,日本では「家族」が緩衝地帯としての役割を果たしているからである.このようなことが可能となった背景には,日本の福祉レジームの存在がある.しかし,その家族そのものの数が現在減少しつつある.家族変動に対する公共政策の影響は,これまで十分に評価されてきたとはいえない.しかし,公共政策の最初の一撃は,家族変動を含む社会変動にとって重要である.家族戦略と公共政策との間の正のスパイラルを確立するために,現在の日本では「公共政策による最初の一撃」が求められている.
投稿論文
  • —日常的な家族概念の含意の再検討—
    松木 洋人
    原稿種別: 投稿論文
    2013 年 25 巻 1 号 p. 52-63
    発行日: 2013/04/30
    公開日: 2014/11/07
    ジャーナル フリー
    1980年代後半以降,主観的家族論と構築主義的家族研究は人々が使用する日常的な家族概念に注目することの重要性を論じてきた.しかし,これらの研究に対しては,専門的な家族定義の意義や可能性を否定するものであるとの批判もなされている.本稿では,主観的家族論と構築主義的家族研究およびその批判のいずれにおいても看過されてきた日常的な家族概念の家族社会学研究にとっての含意を明らかにする.まず,主観的家族論と構築主義的家族研究およびその批判において論点となっていたのが,専門的な家族概念と日常的な家族概念との関係であることが確認される.そのうえで,この論点を社会科学における記述の適切性についての議論と関連づけることによって,日常的な家族概念は,家族定義の間の齟齬をめぐる問題を脱問題化するものとして,そして,個別の経験的研究においては専門的な家族定義の適切性の条件となるものとして理解できることを主張する.
  • —「家族制度」と「民主主義的家族」の対比を中心に—
    本多 真隆
    原稿種別: 投稿論文
    2013 年 25 巻 1 号 p. 64-75
    発行日: 2013/04/30
    公開日: 2014/11/07
    ジャーナル フリー
    敗戦直後の家族研究は,「制度から友愛へ」という図式に象徴されるように,戦前と戦後の家族の対比を,後者の「民主主義的家族」の情緒的関係を強調する形で描いたとされる.しかし,家族関係に民主主義の理念を適用する「民主主義的家族」は,「明るくなごやか」な家族なのだろうか.本稿は「家族の民主化」論における,「家族制度」と「民主主義的家族」の対立を,家族の情緒的関係を中心に検討する.その結果,当時の家族研究者は「家族制度」を情緒的な空間とみなし,「民主主義的家族」に適用される「権利義務」や「主体性」といった「民主主義」の理念を,家族の情緒的関係と緊張関係にあるとしていたことが明らかになった.いわばその対立は,「明るくなごやかでありえた家族制度」と「必ずしも明るくなごやかにならない民主主義的家族」というものだった.結論部では,本稿でとらえ直した枠組みのもと,「家族の民主化」論の限界と可能性について考察した.
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