本稿の目的は,児童養護施設退所者が結婚する際にいかなるスティグマを経験するのか,また自身が施設退所者であるという情報をいかに管理・操作するのかを明らかにすることである.調査の結果,施設退所者であることが「愛情経験の欠如」「身元保証の不在」等のスティグマを付与されることや,当事者自身がスティグマを予期することが確認できた.情報管理・操作では,全面的開示,部分的開示,段階的開示が確認でき,部分的な開示にはパッシングとして役割,段階的開示には偏見を持つ相手を見極める「フィルター」としての役割があることが確認できた.また,施設退所者にとって結婚は過去を開示することを迫られる場面であり,結婚においてライフストーリーを語る・語らないという選択が必ずしも当事者のコントロール下にあるわけではないことが示唆された.そうした中,当事者の情報管理は交際相手やその家族との関係性の中で戦略的に調整されることが確認できた.
本研究は,育休取得男性の語りからその取得を促進した動機や背景に近年の新たな様相を見出すことで,2021年の育児・介護休業法改正が男性育休取得をめぐるダイナミクスをどのように変容させたかを検討するものである.分析の結果,企業に対し男性育休促進の取り組みが義務化されたことで,職場は男性育休を「取得させたい」という促進的雰囲気となり,父親たちは円滑に育休取得に至っていた.またこれに伴い,育休取得により模範的な男性社員像を体現しようとする「ロールモデル志向」が見られることや,子の人数が増えた際の育休取得の背景に,父親の「省察的ライフプランニング」が顕在化してきていることなど,先行研究で明示されてこなかった近年の男性育休の特徴も明らかとなった.一方,夫婦の情緒関係の良さが父親の「サポート役」としての育休取得を促す側面も示され,父親の自立的な子育てを促すような政策の必要性も示唆された.
本シンポジウムは,1980年代に提唱された家族多様化説を手がかりに,日本家族社会学会の歩みを振り返りつつ,「新時代の家族研究」の土台を探ることを目指した.家族多様化説は,核家族パラダイムを乗り越える枠組みとして受容され,さまざまな研究を促してきた一方で,「多様化」が何を指すのか,また何からの「多様化」なのかという前提は必ずしも十分に検討されてこなかった.そこで本シンポジウムでは,学会発足時から進行してきたポスト工業化とグローバル化を踏まえ,女性の就業と家族形成,移民家族,性的マイノリティと家族の3領域に焦点を当てた報告が行われた.各報告では,階層・エスニシティ・セクシュアリティといった要素が,家族経験の持続と変容,そして新たな規範やパターンをいかに形成しているのかが検討された.さらに,こうした実態を把握するための「多様化」概念の論点が整理され,今後の研究課題の方向性の一端が示された.
本稿の問題意識は,1980年代末からの「家族多様化説」で提起された論点を参照しながら,女性の就業が家族の変容にもたらす影響を考察することにある.本稿は,「多様化説」以前にも家族は多様であったとの前提に立って,男性稼ぎ主家族とともに,共稼ぎ家族を取り上げたい.後者を生み出した代表的な地域として織物産地に着目し,高度成長期を挟む時期に,結婚・出産・子育て期にも継続就業してきた織物業女性と女性教員のインタビュー調査データを用いる.両者の比較検討を通じて,既婚女性の賃金が誰に帰属していたのかを考察することを通して,女性の就業が家族変容にもたらすインパクトを捉えることが中心的課題となる.以上を通じて家族研究の課題は,多様な家族が存在感をもってそれぞれの地域・産業の現実に即して在ることを実証的に描き出し,異なる家族モデルとの連関関係を把握することにあることを提示したい.
本稿では,家族社会学の領域において不可視化されがちであった移民家族に着目し,その多様な実態と家族内で生じうる課題,移民家族をめぐって近年起きている変化について整理した上で,移民家族が不可視化される背景について検討した.国際結婚家族における夫婦の非対称な関係性や子どもと親の適応状況の違い,またトランスナショナルに広がる親族関係などが移民家族に特有の課題を引き起こしている.さらに近年,第二世代の家族形成と第一世代の高齢化という新たな変化も生じており,その実態はより多様化しつつある.日本社会の同化圧力や支援施策の地域間格差,実態調査の不在などによって移民家族は不可視化されやすいが,こうしたマジョリティからみえにくい移民家族の課題やニーズを浮かび上がらせることが今後の家族社会学研究には求められる.
本論は,性的マイノリティの家族的実践を「家族の多様化」論の枠組みでとらえることの限界を検討し,それとは異なる家族社会学のアプローチを探るものである.日本の家族社会学は1980年代まで,ヘテロノーマティブな家族を中心に据え,性的マイノリティを対象の外に置いてきた.1990年代以降に展開した「家族の多様化」論は,性的マイノリティの親密な関係を「多様な家族」の一形態として可視化した点で重要である一方,ヘテロノーマティブな家族を標準として再生産し,〈家族〉という装置が生み出す排除や差別を十分に扱えないという課題も抱えている.本論は,「家族の多様化」論から距離をとり,これまで蓄積されてきた性的マイノリティの家族研究を「多様な家族」の記述としてではなく,〈家族という問題〉を明らかにする研究として読み替えることで,批判的な家族社会学の方向性を提示する.
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