「さくらさくら」は我が国を代表する歌として内外に広く知られているが, その唱歌としての成立過程や, 学校音楽教育の必須の教材として位置付けられる過程については解明されずに今日まで, 「日本古謡」として扱われてきた。本稿は, 明治21年発行『箏曲集』の「櫻」の原曲についてのこれまでの諸説を整理し, この「櫻」を原曲とする唱歌「さくらさくら」が学校音楽教育の中で重要な位置を占めるに至った過程を明らかにすることを目的とするものである。研究の結果, 現行の「さくらさくら」の楽曲としての原曲は『箏曲集』所載の「櫻」と位置付けられること, しかし山田流箏曲の手ほどき歌として以外には『箏曲集』編纂の前後から昭和前期に至るまで「櫻」が広く歌われていたという形跡が見られないことが明らかとなった。「さくらさくら」が教材として確固とした位置を得るのは, 国民学校期芸能科音楽で『うたのほん 下』に『箏曲集』の「櫻」の替え歌として掲載されて以降のことである。従って, この「さくらさくら」を「日本古謡」とすることの妥当性が問われるべきである。
本稿は拙論「イタリアの学習指導要領にみる<音楽言語Linguaggio Musicale>の理論的基礎―Gino Stefaniの記号論的アプローチを手掛かりに―」 (『音楽教育学』第30-4号, 2001) を継続研究するものである。先の拙論で, イタリアの公教育が「音楽言語」という概念を通して音・音楽を意味作用やコミュニケーションの働きを持つものとして捉え, そこから音楽的能力の育成が図られたことを表した。ステファニはこの「音楽言語」と「音楽的能力」について記号論的立場から独自の理論を展開したが, それが学習指導要領の理念を実践へと導く重要な役割を果たすと筆者は考えた。
本稿ではステファニの理論の視座を明らかにするとともに, 彼が音楽的能力について分類した5段階のモデル (①一般的コード, ②社会的実践, ③音楽的技法, ④様式, ⑤作品) に新たな考察を加えた。音楽学習はこの5段階の能力が牽引しあって成り立つが, それぞれが常に「意味生産の能力」に支えられて創造的な能力を育むと方向付けられる。
筆者はこの「意味生産の能力」との関わりから音楽的能力の普遍性を見出した。これらの理論を通してわが国の音楽教育が挑むべき課題が示されている。