大正四年七月札幌の農科大學見本園に栽培せる紅花に一新病害發生し、忽ちにして圃場全部に蔓延し、勢猖獗を極めたり。當時予は病原菌として
Gloeosporium屬菌の一種を檢出し、其純粹培養を以て接種試験を施行し、全く該菌が本病々原菌たる事を證明せり。加之予は當時既に該菌が學界未知の種類なりと信じたれども、他の植物に寄生する同屬の諸菌と其生理學的性質を比較するにあらざれぱ新種と斷定する事稍々危險なるを知り、唯假名を附して取扱ひ來れり。然るに予は其後本邦産各種炭疽病菌と共に本菌の形態學的並に生理學的諸性質を調査し、愈々新種なるを確信するに至りしを以て茲に豫報を發表する事となせり。
大正四年堀正太郎氏も亦兵庫縣明石町山口篤藏氏より送付し來れる紅花炭疽病(明治四十二年五月十三日採集)に就きて研究し、該病々原菌が新種なるを知り、翌年一月予に其旨を報知せられたり。予は其後同氏の厚意により該標本一部分の分與を受け、比較鏡檢の結果全然予の發見に係る菌と同一種類なるを認め、堀氏と協議の結果
Gloeosporium (
Colletotrichum)
Carthami Hori et Hemmiと命名する事とせり。蓋し從來の習慣に依れば本菌は正に
Colletotrichum屬に隷入すべきものなりと雖も、今日
Gloeosporium,
Colletotrichum兩屬は區分すべからずとの學説重きをなすに至り、予等も亦此説に同意するものにしてKRÜGER氏等は
Colletotrichumを
Gloeosporium屬の亜屬と見做せり。次に大正五年六月發行農學會報第百六十六號誌上に静岡縣福井武治氏は紅花一新病害に就ての研究を公表し、該病々原菌を
Marscnia Carthami Fukuiと命名したり。氏は該菌胞子は成熟する時中央に隔膜を生じて二室に區隔せらるゝ旨を記したれば正に
Marsonia (
Marssoninaと稱するを正しとす)属に隷すべきものの如しと雖も、氏は單細胞の胞子のみを圖示し、加ふるに該菌胞子は發芽前中央に一個の横隔膜を生ずる旨を記載せり。由是観之該菌胞子は通常單細胞にして發芽前初めて二室こなるものの如し、故に福井氏が之を
Marssonina屬に編入したる所以頗る不分明なり。氏は又發芽管は懸滴培養中分生胞子及び厚膜胞子を形成するを見たり、斯の如く發芽前胞子に横隔を生じ又懸滴培養中厚膜胞子の形成あるは正に
Gloeosoporium屬の通性と符合する所にして、該菌は
Marssonina屬に入るべきものならざるべし。尚記載ぜられたる該菌の形態は重要なる諸點全然予等の
Gloeosporium Carthami菌に一致す。
本病は紅花の莖、葉柄並に葉に發生するものにして、予は莖に發生するもの最も多きを認め、福井氏は幼推なる植物の葉を侵襲せる場合のみを記述せり。本病被害の状態を見るに莖又は葉柄に發生するものは、最初被害部稍〓褪色して淡緑色乃至黄緑色を呈し、次に局部次第に濕性となりて稍〓凹陥し、表面に多數の鮭肉色又は煉瓦色の粘液性小菌粒散生す、是即ち病原菌の胞子塊にして胞子層より多數に押出されたるものなり。病勢進行せば局部は甚だしく凹陥し且つ被害部擴大のため上部枝葉の重量を支ふる能はざるに至り、直ちに倒伏し若くは一二囘拗捩の上倒伏す。斯の如くにして遂には上部枝葉の枯死乾燥を見るに至るものなり。病原菌侵入の個所は隨所なるが如しと雖も、最も多きは枝葉の莖に着生する所なり。
本病々原菌の胞子は種々なる形状を有すれども、寄主植物上に生じたるものは多くは長形、長橢圓形、長紡〓形にして眞直なるか又は稍、彎曲す、多くは兩端稍〓尖鋭にして長さS-23μ幅3.2-6μ、單胞にして透明、稀に稍〓淡緑色を帯ぶ。胞子層の周圍に硬毛を有することあり、胞子層は徑68-260μあり。檐子梗は圓筒形にして透明長さ12-24μ幅3.2-4μなり。本菌胞子を苹果其他二三の植物に數囘接種したれども、陰性なる結果を示すか若くは極めて不自然にして微弱なる感染を示したるに過ぎず。
本菌の生理學的性質並に同属他菌との比較に就ては他日詳細に報告することとし茲には省略せり。
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