自尊感情は神経性過食症の一次予防から三次予防までに関わる心理的要因として, 古くから注目を集めてきた. 近年でも自尊感情のもつ発症因子としての側面・調整変数としての側面・維持因子としての側面のそれぞれにおいて, 新たなモデルや介入方略の提案がなされている. そこで本研究ではこれらについての総括を行い, 神経性過食症研究および治療上の展望を論じた. その結果, 近年のモデルや介入方略は自尊感情の向上を通して, 体型への懸念が過食などの症状に対してもつ影響力を直接的あるいは間接的に減じることを治療のねらいとしており, 神経性過食症の中核症状についての効果を有することが示唆された. またさまざまな心理療法を統合する意義をもちうることからも, 自尊感情の概念的理解を深め, 介入方略の理論体系をより明確なものにしたうえで, 自尊感情を向上させるアプローチを開発することが神経性過食症の治療上有意義であると考えられた.
視床下部室傍核 (PVH) に存在するコルチコトロピン放出因子 (CRF) ニューロンは内分泌性ストレス応答を制御する中枢であるが, 脳内にはPVH以外にもCRFニューロンが広範に存在し, さまざまな生理作用への関与が示唆されている. 最近われわれは相同組み換えによりVenus (強化型黄色蛍光タンパク質) またはiCreをCRF遺伝子座に挿入したマウス (CRF-Venus, CRF-iCre, およびCRF-VenusΔNeo) を開発した. これらのマウスはCRFニューロンを蛍光可視化し生理実験を行うために用いられているが, マウス脳内CRFニューロンの形態と分布を明らかにするためにも有用であった. 今後脳内CRFニューロンの機能を解明するためにこれらのマウスが活用され, ストレス応答メカニズムの解明やストレス関連疾患の予防法・治療法の開発への貢献が期待される.
ヒトを含む哺乳類は, 危険な場所や時間帯において, また, 疾患や傷害を患った際に, 自らの行動を抑制し周囲に対する警戒を高めることで身を守る生体防御システムとして, 抑うつや不安などの陰性情動生成機構を獲得・進化させてきたと考えられる. したがって, うつ病や不安障害, 心身症のメカニズムを理解するためには, 生体防御システムとしての陰性情動生成機構を明らかにしたうえで, 患者や病態モデル動物における神経機構の変化を解析することが必要である. 筆者らは, 分界条床核と呼ばれる脳部位に着目して研究を進め, CRFやノルアドレナリンによる分界条床核2型神経細胞活性化が, 3本のGABA神経を介して腹側被蓋野ドパミン神経を抑制することで痛みによる陰性情動を生成する可能性を示してきた. 分界条床核を起点とする神経回路が, 痛みによる陰性情動とうつ病などの精神疾患, さらには, 心身症に共通する神経基盤として重要である可能性が考えられる.
経頭蓋磁気刺激 (transcranial magnetic stimulation : TMS) は, 頭蓋上に置いたコイルに電流を流して誘導磁場を形成し, それによって脳内に電流を生じさせるものである. われわれはまず, 反復経頭蓋磁気刺激 (repetitive TMS : rTMS) によって生じる脳活動の変化を評価するために, rTMS前後に皮質表面電位 (electrocorticogram : ECoG) および, 運動誘発電位 (motor evoked potential : MEP) を記録する実験を行った. その結果, 10Hzの反復刺激では, MEPの振幅の増大とともに, ECoGのγ帯域のパワーの増大が, 1Hzの反復刺激では, MEPの振幅の減少とともに, ECoGのβ帯域のパワーの減少が生じていることが明らかになった. これにより, 高頻度および低頻度のrTMSによって生じるMEP振幅の変化の背景には, 安静時神経活動の変化があることが明らかになった. 次に, 内側前頭皮質の前部帯状回膝下部 (sgACC) を主なターゲットとして, 低頻度rTMSを施して局所神経活動を抑制し, 行動および生理指標の変化を調べる実験を行った. 内側前頭皮質の腹側部に位置するsgACCをターゲットとして刺激するにあたっては, ダブルコーンコイルを使用し, コントロールとして内側前頭皮質の背側部に限定した刺激を行うには8の字コイルを使用した. その結果, ダブルコーンコイルを使ってsgACCをターゲットとして刺激したときのみ, ケージ内の自発行動量の減少, 社会的積極性の喪失とひきこもりなどの行動の変化と, 血中コルチゾールレベルの上昇を示した. これらの結果は, sgACCを中心とする内側前頭皮質の腹側部が, 情動や気分の調節に関わっていることを強く示唆するものである.
社会や環境から受けるストレスは内分泌系, 免疫系, 自律神経系を介したストレス応答を惹起する. しかし, これらのストレス応答がいかに統合されて情動変容や精神疾患を促すかには不明な点が多い. 近年ストレスによる情動変容における炎症様反応の重要性が確立され, この炎症様反応における内分泌系, 免疫系, 自律神経系の関与が調べられている. 末梢では, ストレスによる内分泌応答は骨髄系細胞を活性化し血中の炎症性サイトカインを上昇させ, 交感神経の活性化は血中の顆粒球・単球を増加させる. また, ストレスは腸内細菌叢を変化させ免疫系を活性化する. 脳内では, ストレスはミクログリアを活性化し炎症関連分子を介して前頭前皮質のドパミン系を抑制する. これらの知見は, 多様なストレス応答が脳内外の炎症様反応に収斂して情動変容や精神疾患を促すことを示唆しており, ストレスによる炎症様反応を標的とした新規抗うつ薬の開発を期待させる.
2014年の労働安全衛生法の改正により, 50人以上の労働者を雇用する事業者に対しストレスチェック (心理的な負担の程度を把握する検査) を行うことが義務づけられた. この制度は主に一次予防を目的にしているが, このチェックを実施しただけでは, 職場のメンタルヘルス対策として十分なものとはいえない. なぜなら, この制度はメンタルヘルス指針で示される幅広い活動が前提とされ, その一部として行わなければならないからである. 本稿では, ストレスチェックにあたって心身医学が果たす役割を, 職場の医師と心理技術職に分けて述べる.
2015年12月より実施されたストレスチェック制度の中で臨床心理士や産業カウンセラーなどの心理職の担う役割は限定的であるものの, 実務を行うにあたって, ストレスチェックにおいて高ストレスと判定された労働者に対する医師による面接指導に先立つ情報聴取を目的とした面接を, 心理職が行うことが考えられる. このため, 心理職は, 医師面接の位置づけを含むストレスチェック制度やストレスチェックの際に用いられる検査について学ぶとともに, 個人情報の保護を考慮した面接の進め方を身につける必要がある.
本ワークショップではストレスチェック制度と標準項目となっている職業性ストレス簡易調査票について概説するとともに, 医師による面接指導前の情報聴取を目的とした面接のポイントを整理した.
心理職の国家資格化に対する具体的な動きは, 近年では1990年に厚生省 (当時) による臨床心理技術者業務資格制度検討会として開始された. 検討会は厚生科学研究事業と名称を変えながら2001年度まで継続され, その後約15年の関係者による努力の結果が 「公認心理師法」 として2015年9月に実現した. 2016年9月には大学および大学院での養成カリキュラム, 試験科目, 現在心理職として業務を行っている者への特例措置, など法律の内容を具体化するための検討会が始まり, 2017年5月31日に 「公認心理師カリキュラム等検討会報告書」 として公表され, 公認心理師法の具体的な内容が明らかになった. 特に医療の領域ではこれまで医師の指導・指示の下であっても, 無資格で心理療法・心理検査などのさまざまな心理臨床活動を行ってきた状況が, 「公認心理師」 法の施行により心理職の職能と責務が明確となり, チーム医療の一員として真に職責を担う環境が整ったと考えられる.
今後心身医療の中で公認心理師が関わることが期待されている勤労者のストレス予防に対する取り組みについて, 公認心理師法成立の経過をたどりながら課題を整理した.
目的 : 一般外来で簡単に使用でき利便性の高いうつ病評価尺度 (Jiテスト) の開発を目指した. 方法 : うつ病症状の代表的な9項目 (抑うつ, 興味や喜びの喪失, 易疲労性と気力の減退, 実存, 希死念慮, 不安, 思考力・注意力・集中力の低下, 身体化, 睡眠障害) を抽出し下位尺度とした. 各項目における症状を日常生活障害とし, 4件法での回答により総得点 (0~90点) を総合的指標として統計的解析を実施した. 結果 : 当診療所における新患91名を対象とし, 回答者91名の平均年齢は45.3歳, 男女比は27名/64名, 平均得点は40.0点であった. 信頼性を示すCronbachのα係数は0.938であった. 結論 : 既存尺度との比較による内容妥当性も有意な相関を認め, Jiテストの信頼性および妥当性は十分と考えられた. また臨床診断における総合評価との比較も実施し十分な信頼性を得られた. 現在, 施行されているストレスチェックへの展望も鑑み, 検証データの考察から詳細なご報告をしていきたい.