本研究の目的は,大学生の不眠症状に対して実施されている支援方法を整理し,各支援方法における不眠症状の改善効果をメタアナリシスで明らかにすることであった.文献検索にはPubMed,PsycINFO,CiNii,メディカルオンラインを使用し,989編の文献を抽出した.7件の研究をシステマティックレビューの対象とし,6件の研究でメタアナリシスを行った.その結果,大学生の不眠症状に対しては,不眠症に対する認知行動療法,睡眠衛生指導,cognitive refocus treatmentが実施されていた.不眠症に対する認知行動療法では不眠症状が有意に改善した(Hedges’ g=−0.78).一方で,睡眠衛生指導では不眠症状が有意に改善しなかった(Hedges’ g=−0.21).Cognitive refocus treatmentではメタアナリシスは実施できなかった.本研究の結果,不眠症に対する認知行動療法は有効性が確認され,支援の提供形態についての議論もなされた.睡眠衛生指導は重症度別における実施,cognitive refocus treatmentは複数の無作為化比較試験での追試の必要性が示された.
気管支喘息(喘息)と慢性閉塞性肺疾患(COPD)は呼吸器心身症であり,身体的因子の疾患への影響が大きい場合,まずは「身から心へ」の心身医学的アプローチが必要である.喘息の心身相関において,特に難治性重症喘息患者については,身体的治療の強化が心理的安定につながり,ひいては慢性のストレス反応を軽減するものと思われる.気管支サーモプラスティ治療・分子標的薬治療は,重症喘息において抑うつ・QOLを改善する効果がみられている.しかし,それぞれ侵襲的治療,あるいは長期間の高額治療を余儀なくされるため,今後,心理社会的側面への負荷についての評価が必要かつ重要になると考えられる.
COPDに併存した抑うつに対する治療として,吸入薬使用とともに呼吸リハビリテーションも含む全人的ケアが重要である.心身医学的アプローチにおいて,身体症状が強い場合には,心理的アプローチによる介入がすぐには難しいことがありうる.その際,「身→心」というアプローチが効を奏する可能性がある.
心臓病の患者のメンタルヘルスについて,うつ(depression,うつ状態と大うつ病性障害)の観点から,冠動脈疾患,心不全,心筋症と不整脈の領域での研究の到達点を概説した.心臓病の患者はうつを高頻度に併発し,併発すると生命予後が悪化する.両者の間には,行動特性とともに,自律神経機能,血小板凝集能亢進,血管内皮機能不全や炎症などの生物学的な要因が介在していると考えられている.2008年にアメリカ心臓協会は,うつのアセスメントを推奨するガイドラインを発表している.抗うつ薬,精神・心理的介入や運動療法には,一定の効果が確認されているが,心臓病の生命予後への影響は限定的である.両専門医の間にケアマネジャーを介在させて患者の意向を取り入れながら段階的に治療強度を高める方法が,うつと生命予後の改善効果があることが示されている.うつのモニタリングと段階的治療の要素の導入が求められる.
近年,腸内細菌がさまざまな疾患に大きな影響を及ぼしていることが解明されてきている.過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)においても,腸内細菌が大きく関与していることが明らかになってきた.腸内細菌の変化は,腸管における粘膜透過性亢進や微小炎症の原因となり,信号は脊髄の感覚神経を介して中枢神経に伝達され,さらに脳内プロセッシング異常により,IBS症状をきたすと考えられている.IBSの病態の理解には,脳腸相関に腸内細菌叢の病態を合わせた,brain-gut-microbiotaの概念が重要である.
IBSの腸内細菌叢の治療として,プロバイオティクス,抗菌薬,糞便移植などによる治療も導入されつつあるが,本邦では,抗菌薬,糞便移植は保険適応外であり,今後のさらなる検討が期待されている.
器質的疾患を指摘できない慢性疼痛において,近年その生物学的基盤が明らかになりつつある.特に注目を浴びているのが,神経炎症である.視神経脊髄炎スペクトラム障害などの脱髄疾患を中心として神経炎症との関連が明らかになるにつれ,病態に基づいた治療が実臨床に導入されつつある.慢性疼痛においても炎症メディエーターやミクログリアの関与が知られているが,近年グリア細胞の活性をin vivoで評価できる18kDa-translocator protein(TSPO)をリガンドとして用いたPET検査が行われるようになり,病態の解明が進んでいる.また,統合失調症や自閉症スペクトラム障害での関与が疑われているシナプス刈り込みも慢性疼痛の病態形成に関与している可能性がある.遺伝子ビッグデータを用いた研究においても,抑うつ,PTSDや自己免疫性疾患との関連が確認された.近い将来,慢性疼痛の生物学的基盤の理解がさらに進み,臨床的場面で有用なバイオマーカーの開発につながることを期待する.
本稿では,内分泌系の心身症の中でも神経性やせ症(AN)を取り上げ,その病態および心身相関について最新の知見を交え概説する.視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸は,ストレスシステムの主要な構成要素であるが,ANにおいても主として飢餓の影響から,HPA軸が活性化されている.また,視床下部-下垂体-性腺軸,成長ホルモン-インスリン様成長因子1軸の異常をきたす.さらに,摂食調節ホルモン,サイトカイン,自律神経系も変化する.近年は,脳機能画像解析と,腸内細菌の研究成果から,ANに特徴的な認知行動特性を理解するうえでの新しい知見が得られている.ANは,やせ願望,肥満恐怖を中核病理にもつ精神疾患に分類されるが,その病態理解においては,bio-psycho-socialの視点が重要である.今後の各研究分野の発展と統合により,ANのさらなる疾患メカニズムの解明が進むことが期待される.
関節リウマチ患者では約15%にうつ病が合併することが報告され,合併症の中では最多である.オキシトシンは幸福ホルモンといわれ,うつ病,統合失調症,自閉症,摂食障害,発達障害,心的外傷後ストレス障害などさまざまな精神疾患において関連することが報告されている.しかし,関節リウマチをはじめとする自己免疫性疾患での報告は少なく,関節リウマチでは,血清オキシトシン濃度と直接関連のある因子は報告されていない.血清オキシトシン濃度は,測定系の問題,疾患そのもの,治療薬剤などに影響される可能性があり,関節リウマチにおける抑うつに対する臨床応用については,慎重な判断を要する.
慢性耳鳴は不安や抑うつが併存する場合は改善しにくく,治療として認知行動療法が推奨されている.今回,Tinnitus Retraining Therapyで寛解に至らなかった慢性耳鳴患者に対し,第3世代認知行動療法であるアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)に武術的エクササイズを用いたプログラムを施行して有効であったため報告する.患者は40歳代の女性であった.武術的エクササイズを用いたACTのセッションを毎週90分,8セッション行った.介入効果は終了6カ月後で最大となり,ベースラインのTinnitus Handicap Inventory(THI):24点が6点まで改善した.本例で行った武術的エクササイズが,ACTの各プロセス促進に効果的に機能したと考えられた.これまでに,武術の身体感覚や身体操作を実際に体験的エクササイズとして行ったACTの報告は認めず,本報告が初めてと思われる.