妊娠期のストレスが胎児の発達に及ぼす影響に関するメカニズム解明および妊婦のストレス評価の重要性が指摘されている。そのメカニズム解明においては,内分泌系のストレス反応であるコルチゾール分泌変化によるストレス評価が多く行われているが,妊婦の精神健康とコルチゾールプロフィールおよび出産週数と出生体重との関連性については,一貫した結果が得られていない。本研究では,44名(中期20名,後期24名;平均年齢29.3歳)の健康な妊婦を対象として,唾液中コルチゾール値(起床後1時間の4ポイント(直後,+30, +45, +60分),および日内変化4ポイント(8時,11時,15時,20時))と,GHQ精神健康調査票12項目版(GHQ-12)の得点により妊娠期の心理生物学的ストレス反応を評価し,出産時週数および出生体重との関連を検討した。階層線形モデルを用いてコルチゾール日内変化の潜在成長曲線分析を行ったところ,コルチゾールの切片と負の傾きが有意であった。さらに,コルチゾール日内変化の切片および線形の傾きが出生時週数および出生体重に及ぼす影響を重回帰分析で検討したところ,線形の傾きが出生体重を有意傾向レベルで予測することが明らかとなった(β=−.52, p<.10)。これにより,日内のコルチゾール分泌変化が平坦化しているほど,出生体重が低いことが示され,コルチゾール分泌変化と精神健康における問題との関連性を検討する上で,日内分泌リズムが重要な指標となりうることが示唆された。
心臓血管反応の回復の遅延は,ネガティブ感情や反すう的思考と関連する。多くの研究がこれらの精神生理学的反応を喚起するため,評価的観察を伴うスピーチ課題を採用している。しかしながら,これらの反応が評価的観察に伴う評価懸念によるものなのか,それともスピーチ課題に伴う感情的負荷によるものかが不明である。本研究では,スピーチ課題に伴う評価的観察の有無が,ネガティブ感情,反すうおよび心臓血管反応の持続に差をもたらすのかを検討した。実験参加者の35人の大学生が,実験者による評価的観察を伴うスピーチ課題を実施する群と,そうした観察を伴わない統制群とに割り振られた。実験の結果,課題後において評価的観察を伴う群には,ネガティブ感情の持続と反すうの増加に加え,心拍出量の持続に依存した血圧の持続が認められた。このことから,評価的観察は心理的反応を介した心臓血管反応の持続に重要な役割を果たすと考えられる。
正常な心臓の拍動は常にゆらぎを生じており,これを心拍変動(heart rate variability)と呼ぶ。心拍変動は心臓に対する自律神経活動の影響を受けており,これまで生理心理学や関連領域の多くの研究に利用されてきた。本稿は心拍変動の主な変動成分である高周波(high frequency: HF)と低周波(low frequency: LF)に着目し,(a) それらに関わる自律神経機能,(b) 心拍変動の増大と心身の適応,(c) 呼吸性不整脈と圧受容体反射の共鳴がもたらす治療的な効果について解説した。ホメオスタシスを支える自律神経活動を”振動システム”という視点からみたとき,心拍変動の分析はストレスやリラクセーションのような心理学的変数の影響を評価する有用なツールとなる。さらに,心拍変動の共鳴特性は健康の増進において重要な役割を演じている。
過度のストレスに曝されるような危機的な状況において,われわれは不合理な選択をしてしまうことがある。危機的状況によって生じた自律神経系,内分泌系,免疫系などの生物学的反応は,情報の更新や感情処理などに関連する脳領域を修飾しヒトの意思決定を変容させる。これまでの研究により,異なる時間的特性をもつそれぞれの生物学的反応が,認知・行動に特異的な影響を与える可能性が示されている。本論では,急性ストレス暴露が意思決定に与える影響およびその背景にある認知機能に関する実証的知見を概観する。そして基盤となる神経・生物学的メカニズムについて時間的要因の観点から考察し,その適応的役割について論ずる。
近年日本では,大学周辺地域の人々との関わりを重視する,地域志向学習が注目されている。深刻なストレス状況におかれた子どもたちは,ストレスマネジメント教育が重要であり,精神生理学者が果たす役割は大きい。ストレスマネジメント教育は,1)ストレスの概念を理解させる活動,2)ストレスによる体の変化に気づかせる活動,3)ストレス対処方略の習得を促す活動,の3行程から成り立つと考えられる。精神生理学者は,特に2の過程における教育機会を,地域に提供することが期待される。近年はオープンソース資産を積極的に利用することで,低コストでの計測が可能となりつつある。本テクニカルノートでは,オープンソース・ハードウェア,ソフトウェアを積極的に用いた,低価格の生体情報計測装置の作成事例と,それらを用いた実習の運用事例を示す。また,実習の実施結果から,実施上で注意すべき問題点について議論を行う。