有床義歯, 殊に総義歯が口腔内にあつて, 義歯としての機能を完全に発揮して咀嚼, 発音並びに外貌美等の回復を完全にするためには, 義歯装着患者の顎骨, 顎堤並びにこれを被覆する粘膜が正常であり, かつ亦, 顎関節と顎運動を司る諸筋に異状が認められず顎運動が行われることを基本的な原則としている.しかるに, 臨床的に施術を行つている時, しばしば上記の基本的な原則を具備していない患者に遭遇して, 施術の方法に困難を生じ, その予後の結果においても術者の企図計画に添い得ない場舎もあり得るのである. ここに報告する老女性の一例は, 約40年前に下顎右側の重篤な顎骨炎症のため, 右側下顎骨体の縮少を招来し, 又関節にも異状の形態を現わして位置的にも特に右側関節は前方に移動し, 関節形態は仮関節様の形状を呈している. 従つて, 顎骨体の縮少に伴つて, 顔面形態にもその影響を及ぼして醜悪という程には至らないが, 右側顔貌に変形が明瞭に現われている. 患者は今日までに再三の下顎義歯の補綴を試みたが, 常に不良な結果に終つた例で, 今回の施術によつてやや満足な結果を得た. この義歯の製作中に於いて特に注意を要した点は, 右側下顎歯槽堤が低い堤状様形態を呈していても骨萎縮の為に, 歯槽形態の基礎骨が触れることが出来ない事と, 右側関節は上下開口の蝶番運動は可能であつても, 前後並びに側方運動は不能であつた。この不良な2条件を如何にして解決するかという目的に義歯調製を進めた.
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