日本の高齢化率は、 2023年度で29%と高く、 その後も漸次増加の一途を辿ると考えられている。 高齢者のQOLを阻害する因子として、 3Msといわれる 「Mobilityの障害:転倒・移動不能」、 「Mentalityの障害:認知症・痴呆」 および 「Micturitionの障害:頻尿・尿失禁」 が問題とされている。 特に、 「Micturitionの障害」 に関しては、 西洋医学における薬物療法を受けるも多くの訴えが寄せられている。 排尿障害に対する鍼灸治療の有用性については、 病態モデルを用いた基礎研究結果を報告する。 鍼刺激の臨床的効果については頻尿・尿意切迫感を主訴とした症候群である過活動膀胱を中心に報告する。 基礎研究から、 仙骨部の鍼刺激は 「排尿に至らない膀胱収縮 (Non-voiding contractions;NVCs)」 を抑制することを示した。 また、 過活動膀胱患者への中穴・中極穴の鍼刺激によって尿意切迫・頻尿・夜間頻尿の症状を軽減する事がわかった。 中穴の鍼刺激は、 膀胱コンプライアンスの改善により、 膀胱の緊張を緩和することが示唆された。
パーキンソン病は四つの特徴的な運動症状、 静止時振戦、 筋強剛、 無動、 姿勢反射障害が現れる神経変性疾患である。 現在、 薬物治療がゴールドスタンダードであるが、 標準治療の限界を乗り越えるためにパーキンソン病の補完代替療法に対する期待が全世界で高くなっている。 今までの臨床試験の結果をまとめると鍼治療はパーキンソン病患者の運動機能、 特にパーキンソン病患者の特徴である小刻み歩行を改善するのに役立つ可能性がある。 効果のメカニズムには脳の可塑性の強化、 ドーパミン神経細胞に対する保護作用、 大脳基底核内の神経化学的アンバランスの正常化、 脳の機能的な接続性の正常化、 そして腸内細菌異常の減少などが推定されている。 今後、 具体的な臨床効果の確認、 メカニズムの具体化という課題のための継続的な研究が必要と思われる。
鍼灸治療の主な効果発現機序として、 『疼痛抑制系の賦活』 『組織循環への影響』 『過緊張筋の弛緩』 が挙げられる。 これらの作用については、 それぞれの分野で基礎研究がなされ、 多くの知見が得られている。 また、 その結果を踏まえて行われる臨床研究において、 結果の考察として多く用いられるキーワードとなっている。 このことからも分かるように、 鍼灸治療の多くは器質的変化ではなく、 機能的変化をもたらす治療として活用されている。 一方、 「再生医学」 は、 明らかな器質的変化を要する領域であり、 本シンポジウムで取り上げた 「再生医学と鍼灸」 というテーマは、 従来の鍼灸治療とは異なる新たな領域への挑戦と言える。 今回の講演では対象組織として、 『末梢神経』 『骨』 『腱』 『筋』 を取り上げ、 各々に関するこれまでの研究成果が提示された。 本稿では、 その内容を概説する。
【目的】がん関連倦怠感に対する鍼灸治療について、 症状への影響および安全性を検討すること。 【対象と方法】調査の対象は、 20XX-5年4月から20XX年10月までの期間に倦怠感に対して鍼灸治療を行った緩和ケア入院中のがん患者とした。 診療録を後ろ向きに調査した。 主な調査事項は、 鍼灸治療開始前後のSTAS-J症状版スコアの変化、 有害事象の頻度とした。 【結果】対象に該当したのは30例 (うち女性14例) であった。 全例で標準的な緩和ケアを受けていた。 鍼灸治療開始後1週間以内のSTAS-J症状版が改善した症例は17例 (56.7%)、 不変は13例、 悪化した症例はなかった。 鍼灸の施術回数は一人あたり14回 (中央値) で、 総のべ施術回数は514回であった。 鍼灸安全対策ガイドラインで定義される有害事象は認めなかった。 【結論】緩和ケアでは多職種によるケアが行われるため、 今回の報告は鍼灸単独の影響を評価したものではない。 しかし、 鍼灸治療開始後1週間以内のSTAS-J症状版が改善した症例が56.7%で、 悪化した症例はなく、 有害事象の発生は認めなかった。 がん関連倦怠感について、 標準的な緩和ケアで症状が改善しないケースに、 鍼灸治療は試みる価値のある方法の1つであると考える。
【目的】本研究は、 口コミ掲載サイト 「しんきゅうコンパス」 に掲載されている鍼灸院の口コミを収集し、 テキストマイニングの手法を用いて年齢別の特性を明らかにすることを目的とした。 【方法】調査対象は2022年9月15日までに投稿された67,428件の口コミを収集した。 その中から年齢の記載がない408件および文章が不適切な18件を除外し、 最終的に67,002件を解析対象とした。 得られたデータは10代から70代までの7つの年齢群に振り分けた。 口コミの文章は形態素解析を用いて名詞のみを抽出し、 その出現頻度を算出し、 出現頻度に関するランキングを作成した。 スピアマンの順位相関係数を用いて、 年齢と名詞のランキング順位の相関を調査した。 【結果】特に30代が最も多くの口コミを投稿しており、 美容に関連したワードが顕著であった。 全体的な結果から、 美容に関連したワードが年齢に関係なく多く出現し、 年齢が上がるほど具体的な身体症状に関するワードの出現頻度が上昇する傾向が認められた。 【考察】年齢ごとに口コミに含まれるワードが異なっていた。 年齢ごとに特徴的だったワードを挙げると、 10代では 「最初」、 20代では 「疲労」、 30代では 「不妊」、 40代では 「たるみ」、 50代では 「症状」、 60 代では 「肩・腰」、 70代では 「痛み」 であった。 「美容」 は全年齢で共通して上位に入っていた。 年齢ごとに扱うワードが変移することと同時に、 一貫して美容に関連したワードが多く出現することが示唆された。 【結語】本研究ではテキストマイニングを用いて口コミデータを分析し、 年齢別の特性を調査した。 全体的に美容に関連したワードが多く、 年齢が上がるにつれて身体症状に対するワードが増加する傾向が見られた。 これらの結果は、 鍼灸院の情報発信やサービス提供において、 より的確な対応を行う上で重要な示唆を与えるものである。
【目的】IVF (in vitro fertilization) を繰り返し実施しても妊娠に至らず治療が難渋する例は多い。 こうした難治性不妊症患者を対象に、 鍼と漢方薬の併用治療が妊娠に与える影響について検討した報告は、 諸外国を併せても殆ど見当たらない。 そこで今回は、 2回以上IVFを実施しても妊娠・出産に至らなかった難治性不妊症患者5症例に対する鍼と漢方薬の併用治療効果について検討した。 【症例】症例1:40歳女性、 不妊症治療歴12カ月。 X-1年に自然妊娠したが流産した。 約半年後に体外受精を開始し、 2回目の胚移植で妊娠するも流産した。 症例2:46歳女性、 不妊治療歴36カ月。 体外受精を6回実施したが妊娠に至らなかった。 症例3:37歳女性、 不妊治療歴24カ月。 人工受精を5回、 体外受精を3回実施したが妊娠に至らなかった。 症例4:26歳女性、 不妊治療歴60カ月。 体外受精を7回実施し、 5回流産した。 症例5:38歳女性。 不妊治療歴108カ月。 長期的な不妊治療により頸肩凝りを自覚していた。 症状が増悪した為、 人工受精の開始と共に鍼治療を開始した。 【結果】症例1、 症例3、 症例4、 症例5は妊娠・出産に至った。 症例2は妊娠に至らず終診となった。 【考察・結論】難治性不妊症患者に対する鍼と漢方薬の併用治療は、 継続的に実施し全身状態を良好に維持する事で、 妊娠に期待すべき効果が得られた。
【緒言】鍼の電解腐食との関係について、 電気の極性に注目して文献的調査と考察を行った。 【方法】鍼通電、 直流、 電解腐食を検索用語として、 医中誌Web、 Google Scholar、 PubMed、 Elsevierにより国内外の文献を収集した。 【結果】検索の結果、 鍼灸に関係の無いもの、 内容が重複するものを除外し、 9件の邦文文献を抽出した。 その結果、 生理食塩水を用いた研究9件、 鶏や豚の肉片を用いた研究2件、 動物での研究2件、 ヒトを対象とした研究3件で、 海外の研究は6件であった。 【考察】いずれの研究においても、 自動車のバッテリーのような過大な電流を直接流さない限り、 プラス極側の鍼には電解腐食は見られなかった。 マイナス側の鍼は、 過大な電流を流しても、 表面には目立った電解腐食は認められていないことが示されていた。 外国語の文献は、 鍼の電解腐食と極性に関する基礎的研究はなく、 鍼の素材やコーティングの有無による腐食に関する研究であった。 【結語】金属が溶出するのはプラス極からである。 鍼に直流通電する場合、 プラス極側は皮膚表面電極とするべきである。 ステンレス鍼の中でもステンレス鋼線材SUS316を使用した鍼は、 他の鋼線材を使用した鍼よりも、 より通電に適していると考えられる。