近年,周術期の急性呼吸関連合併症の予防に関し米国麻酔科学会,米国心臓協会などが声明を出している.特に術後の呼吸抑制が問題視される中,麻酔後回復室(PACU)では呼吸数観察がおろそかにされる現状がある.【方法】PACUにカプノメータを導入し,患者38名を対象に目視法を基準として,カプノメータ,胸壁インピーダンス法での呼吸数計測比較研究を行った.【結果】目視法とカプノメータの呼吸数には有意な差はなく(p=0.475),目視法と胸壁インピーダンス法では有意な差があった(p<0.001).【結論】カプノメータは,患者の呼吸数を反映する信頼性・妥当性の高いモニターである.一方,胸壁インピーダンス法は体動等の影響を受け信頼性に欠けていた.
68歳の女性に対して人工膝関節再置換術が行われ,執刀医によりモルヒネ5mgを含むカクテルが関節周囲へ投与された.さらに,フェンタニル持続投与(12.5μg/h)を開始した.病棟帰室90分後,徐呼吸となりフェンタニル投与を中止したが,その後も呼吸抑制が持続し,翌朝までナロキソンの持続投与および非侵襲的陽圧換気を施行した.本症例におけるフェンタニル効果部位濃度シミュレーションでは呼吸抑制を生じる濃度に達しておらず,カクテルに含まれるモルヒネの関与が考えられた.カクテル注射に含まれるオピオイドは予期せぬ呼吸抑制を引き起こす可能性があり,術後の適切なモニタリングおよび観察が重要である.
手術部の管理・運営には,いまだ体系的な確立された方法論はない.ここでは,手術部を,「患者と手術室スタッフに最良の手術医療を提供する」目的を持った組織ととらえ,“マネジメント”の観点で,その実践的な運営方法について解説する.手術部マネジメントでは,①手術室の物理的基準,②必要看護師数,③手術スケジュールの編成,④手術室の効率的運用,⑤手術のコスト管理,⑥手術用医療機器の管理,⑦安全な手術,⑧職業意識などが課題となり,それらは相互に密接に関連している.本稿ではこれらの課題に対する自施設での取り組みを紹介するとともに,手術部マネジメントの日米の比較も併せて行う.
日頃使い慣れている筋弛緩薬といえども,知らないことや忘れていることも意外に多い.本学会の教育講演では,筋弛緩薬の基礎的な知識から臨床使用法まで幅広く体系的に理解できるように企画した.本稿では,筋収縮のメカニズム,筋弛緩薬の効果発現と薬物動態,薬物動態から見た筋弛緩薬の至適投与量と拮抗薬スガマデクスの効果に関して要点を概説する.
中心静脈カテーテル留置術(CVC)の医療安全を確保する目的で,2009年から日本医療機能評価機構の枠組みを使ったCVC研修会を開始した.研修会は年4回開催され,医師20名が朝9時から17時まで休みなく講義,ハンズオン,小グループ討論などを経験する.技術面ではエコーガイド下穿刺,PICCなどのハンズオンと,管理面ではCVCに関する医療安全の講義と小グループ討論を重視している.研修会終了6カ月後のフォローアップアンケートによれば,多くの研修参加者が自院のCVCの安全管理に寄与していることがわかった.
無作為比較研究(RCT)は,エビデンスに基づく医療に対する最も信頼性の高い情報を提供する.しかしながら,さまざまな“誤魔化し(ごまかし)”が行われていることがあるため,それらに騙されないようにすべきである.ほとんどの誤魔化しは稚拙なため,いくつかのポイントを知っていると容易に見抜くことが可能である.誤魔化しの代表例として,「仮説が明確に設定されていない」,「研究目的が不明瞭である」,「目的に合った項目を調査していない」,「結論が主要評価項目から導き出されていない」,「臨床的に意味のない有意差を重要視している」などがある.今回,無作為比較研究を読み解く上でのポイントのいくつかを紹介する.
観察研究には,コホート研究,横断研究,ケースコントロール研究,ケースシリーズ研究,記述研究がある.各々の研究デザインの良いところとそうでないところが存在する.観察研究はバイアスがあり,知っておかないと,論文の内容について誤解を生じる可能性がある.結果に影響を与えるものに偶然誤差,系統誤差,結果-原因,交絡があり各々調整方法がある.こういったことを踏まえて論文を読んでいけば大きな誤解は防げると思われる.
基礎医学で得られた知見をもとに新たな治療法を開発するトランスレーショナルリサーチが盛んである.新たな治療への期待は大きいが,十分な効果をあげることなくプロジェクトが終了するケースも少なくない.臨床家が基礎研究のデータを直接的に利用することはまれかもしれないが,新しい治療の開発がどうして失敗するのか知ることも必要だろう.基礎研究のデータを眺めるとき,どれほど臨床に即しているか,データの信頼性はあるのか,という点について,どのように評価したらよいのかを考えてみたい.
左室補助人工心臓(LVAD)植込術の適応となる重症心不全の患者は,循環の予備能が低いために前負荷や後負荷の変動に追従することが難しい.加えて心不全による低心拍出と肝腎機能の低下が薬効や薬物動態に影響するために,麻酔薬などのタイトレーションを慎重に行い心抑制と急激な前負荷や後負荷の変化を避ける必要がある.LVAD植込後にLVADからの拍出を保つためには,循環血液量を適切に保つこと,右室の機能を維持すること,右室の後負荷である肺血管抵抗を上昇させないこと,左室が虚脱しないようなポンプ設定を行うことが重要である.このような重症心不全患者の病態生理やLVADの特性を理解し,麻酔管理を行う必要がある.
近年,低侵襲心臓手術MICS(minimally invasive cardiac surgery)が増加しているが,当院では従来の側開胸によるMICSよりもさらに低侵襲化したロボット支援下心臓手術を行っている.当院におけるロボット支援下心臓手術の麻酔管理の概要を紹介する.麻酔導入後,右内頚静脈から脱血管を挿入する.大腿動静脈から送血管,脱血管を挿入し体外循環を確立する.経食道心エコーは送脱血管の位置をガイドするほか,術前病変や心機能の把握,術後評価において非常に大事な役割を果たす.右胸腔にロボットアームを挿入するため,術中は分離肺換気が必要となる.ロボット支援下心臓手術は完全内視鏡手術であるため,麻酔科医は手術手技の詳細な手順を理解し,経食道心エコーの操作および評価方法を身につけておく必要がある.
低侵襲心臓外科手術は小切開で行う心臓手術の総称である.胸骨正中切開法による標準的な術式に比べて手術侵襲は少ないものの,人工心肺の確立や良好な術野を確保するために,麻酔管理にも工夫が必要である.一般的な心臓手術における配慮に加えて,一側肺換気,人工心肺の脱血および送血路,経食道心エコー,局所酸素飽和度の監視,術後鎮痛が重要である.特に,心臓の状態を直視下に観察できないため,経食道心エコーを最大限に活用する必要がある.低侵襲心臓外科手術に期待される予後の改善を実現するためには,手術にかかわるスタッフ間のコミュニケーションが特に重要である.
2014年の医療法改正により創設された医療事故調査制度は,医療訴訟の増加や刑事事件化を契機とし,2008年の「医療安全調査委員会」設置案や「モデル事業」を踏まえ,刑事手続や行政処分とは独立した医療安全目的の制度とされた.①院内事故調査の義務化,②「医療事故調査・支援センター」による事故調査の2本立てであるが,運用に向けた課題は多く,医療機関管理者には十分な制度理解と適正な判断が求められる.一般に,医療事故調査には「インシデント型」と「アクシデント型」があり,後者では紛争化予防の機能が認められる一方,再発防止策の発見は容易でない.今回の制度は「アクシデント型」であり,効果については運用状況を精査する必要がある.
病院では多職種によるチーム医療が行われ,それらチーム医療が重層して組織的な医療が展開している.加えて,医療事故報告の集積・分析などにより医療の質向上を計る取り組みも行ってきた.平成26年6月に「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」が成立し,翌年10月から法に定義された事故について第三者機関への報告とその調査などが義務付けられた.ここにおいて病院長は患者の意思を尊重することと,医師,看護師ら現場の医療者の自律を保護することとの二つを両立させる立場となる.医療事故の調査などを考えることは,組織的な病院医療の価値規範を再確認することでもある.
昭和大学病院では内視鏡外科手術を安全に行っていくために,教育体制と医療安全管理体制の2つを柱に対策を講じている.教育体制として,医師の臨床での内視鏡外科手術の参加を目標として,ライセンス制度を導入し,Step 1(基礎,理論の講義),Step 2(基礎手技の体験),Step 3(大動物実習),Step 4(各診療科教育プログラムに則った内視鏡外科手術参加)の4段階に分けている.医療安全管理体制は,①内視鏡外科手術管理運営委員会,②内視鏡外科手術手技基礎セミナー,③内視鏡外科手術合併症報告,④手術室リスクマネジメントを柱に行っている.このように病院レベルでの教育制度の設置,病院主体の危機管理を行い,対応している.
県立大野病院事件,東京女子医大心臓手術事件において,誤った事故調査報告書により,医師が不当に刑事裁判に巻きこまれることが指摘されているが,民事裁判でも同様に誤った事故調査報告書で,医療機関が民事裁判に巻きこまれ無用な訴訟の負担を被ることがある.民事裁判で過失が否定されれば,患者側は多大な費用をかけて裁判を行ったのに補償が受けられず,主治医・医療機関は裁判に巻きこまれ,多大な負担を被ることになる.調査を尽くさないままに誤った事故報告書を作成すれば,関係者全員を不幸にするおそれがあるため,十分な事実関係の調査を尽くす必要がある.