近年麻酔科医不足が深刻な問題となっている.それに対し,特定行為研修制度等により周術期チーム医療がさらに推進された.今回われわれは周術期業務の質の向上を目的として,鹿児島県域麻酔科関連20施設の麻酔科部長を対象に周術期業務に関する「現状」と「今後の期待」についてアンケートを行った.その結果,周術期業務の47%において麻酔科医以外のメディカルスタッフへの業務移譲が期待されていた.麻酔行為の補助を行う看護師の育成と普及には時間がかかる.そのためまずは一般看護師やメディカルクラークでも実施可能と考えられる術前・術後の管理業務から,タスクシフティングを促進すべきである.
緊急手術中に不規則抗体陽性であることが判明した2症例を経験した.1例は急性硬膜下血腫,1例は胃穿孔のために緊急手術となった.両症例は術中に赤血球輸血が必要となったが,不適合血をチェックするための抗体スクリーニングテストにて患者血に抗E抗体が検出されたため,E抗原陰性血液が必要となった.結果として輸血用血液を依頼して確保するまでに2時間以上経過し,術中は代用血漿やアルブミン製剤などで対応して,E抗原陰性血液による輸血は手術終了後となった.緊急輸血時に医師と血液管理部門の院内スタッフは,すぐに互換性を持つ輸血を安全に確保するために,適切に情報を共有しなければならない.
経皮的経尿道的腎尿管結石破砕術(endoscopic combined intrarenal surgery:ECIRS)直後に敗血症性ショックをきたしたが,早期発見と早期介入により良好な経過をたどった2症例を報告する.症例1は,56歳の女性.左腎珊瑚状結石に対してECIRSが施行された.手術室での抜管直後からショックとなった.quick SOFAスコアを含む評価で敗血症と診断した.症例2は,39歳の女性.右腎残存多発結石に対してECIRSが施行された.麻酔後ケアユニット滞在中にショックが顕在化し,敗血症を疑った.ECIRS後に全身状態が悪化した際に,頻度は低いものの敗血症性ショックも鑑別にあげたことで,敗血症に対する集中治療を早期に開始できた.
スマートフォンを気管支鏡のモニターとして使うための光学デバイスであるi-NTER LENSTM(Micronet Corp.)と専用アプリケーションのENDO SCOPETM(Micronet Corp.)は気管支鏡の操作性を向上させる.コンパクトで準備に時間を要しないi-NTER LENSTMを用いることで救急外来で気道熱傷による喉頭浮腫を迅速に診断することが可能であった.また,声門上器具による気道管理中に声門を持続観察することで喉頭痙攣が起きていないことを常に観察できた.i-NTER LENSTMは気管支鏡所見の共有を容易にする画期的なデバイスである.
右肺上葉切除と術後気管支断端瘻の既往があり気管が偏位し残存右肺が荒蕪肺となった69歳男性の胸腔鏡下左上葉肺部分切除が予定された.ダブルルーメンチューブや気管支ブロッカーによる分離換気が困難と考え,大腿動脈送血のPeripheral V-A ECMOによる呼吸補助を計画した.酸素化されない血液が自己心拍出により心臓や脳を灌流するdifferential hypoxiaを危惧し,回路に閉鎖式ソフトリザーバーを設置し貯血することで自己心拍出量を減らし酸素化された血液が逆行性に灌流するようにした.上肢や脳の酸素化を確認するため右手SpO2,右rSO2をモニタリングした.手術は完遂し良好な術後経過をたどることができた.
67歳,男性.オフポンプ冠動脈バイパス手術が施行された.大伏在静脈採取・両側内胸動脈剥離まで有害事象を認めなかった.冠動脈吻合前に胸骨正中切開創を開胸器で拡大した際,左橈骨動脈圧が急激に低下し,右上肢非観血的血圧との間に乖離を認めた.心機能に著変はなく,左大腿動脈で観血的動脈圧測定を開始し手術を続行した.約3時間後に開胸器を外したところ,左橈骨動脈圧と右上肢非観血的血圧との間の乖離は消失していた.術後,左手握力の著明な低下・左前腕尺側の感覚異常・左上肢の疼痛が認められ,胸郭出口症候群(尺骨神経麻痺)と診断された.開胸器操作により胸郭出口症候群が生じる可能性を認識する必要があると考えた.
骨形成不全症は骨の脆弱性を主徴とした先天性疾患であり,全身麻酔の際は易骨折性に対する配慮が必要である.特に小児症例では,麻酔導入時や覚醒時の興奮に対する体動抑制により骨折を引き起こす可能性が危惧される.今回,骨形成不全症Ⅱ型患児に対する全身麻酔において,デクスメデトミジンの持続投与が覚醒時興奮の抑制に有用であった1例を経験した.小児の覚醒時興奮予防に対するデクスメデトミジンの有用性については,今後も至適投与量や安全性の検討を行っていく必要がある.
気道狭窄患者の麻酔では酸素化維持が時に困難となる.今回,末期特発性拡張型心筋症(左室駆出率11%)患者での呼吸困難の原因が声門下気管狭窄であり,気管切除術を行った症例を経験したので報告する.41歳男性,心不全精査での画像検査で高度気管狭窄が発見され,狭窄部気管切除術となった.麻酔導入前に体外膜型酸素化装置,大動脈内バルーンパンピングを装着し,声門上装置により気道確保した.手術は狭窄部位遠位での気管切除後,術野挿管を行い,狭窄部を切除した後気管吻合し,経口挿管への切り替えを行い予定通り終了した.術中声門上装置による調節呼吸は不可能となったが,低酸素症,高二酸化炭素症の発症は認めず,術後患者の症状は改善した.
志賀毒素産生性腸管出血性大腸菌(STEC)感染に伴う溶血性尿毒症症候群(ST-HUS)の診断には便からの病原菌や志賀毒素の検出が必要であるが,偽陰性も多く診断が困難となる症例がある.今回われわれは,便培養では診断不可能であったが,血清抗O157リポ多糖体(LPS)抗体検査を用いてST-HUSと診断した症例を経験した.臨床的にSTEC感染症が疑われる症例では血清抗LPS抗体検査は有用である可能性がある.
高齢者人口の増加や医療技術の向上により,手術が可能な患者は増加すると見込まれ,今後はさらなる医療の質・安全性が求められ,多職種で周術期の情報の共有・連携を取り,業務を行う必要がある.当院では2010年より日本で初めて臨床工学技士が麻酔科医師の指示に基づき周術期管理(麻酔アシスタント)業務を行う臨床工学技士が発足した.発足当初は2名で始まったが,その効果が病院から認められ,現在11名の臨床工学技士が麻酔アシスタントとして働いている.本稿では,当院の麻酔アシスタント業務を行うスタッフの育成・教育,麻酔アシスタント業務の内容,現状から今後の展望について報告する.
手術を受けるほとんどの患者は循環血液量と電解質バランスを維持するために輸液療法を受ける.周術期輸液量の不足は組織の低灌流を介して主要臓器の障害を起こし,一方で過剰輸液は組織の浮腫や消化管機能回復遅延を起こすと考えられている.したがって,周術期合併症を予防し患者回復を促進するためには過不足のない最適な量の輸液を投与することが重要である.周術期輸液量最適化のために用いられる指標の一つとして輸液反応性を予測する動的指標があるが,輸液反応性だけでは輸液の最終的な目的である組織灌流の維持は評価できず,特に周術期合併症リスクの高い患者や手術では動的指標に加えて組織灌流の指標に基づいた輸液・循環管理が望ましい.
術後早期リハビリテーション治療は,全身状態が安定し離床が許可される症例ではバイタルサインの変動や転倒に留意しながら積極的な離床が行われる.一方,人工呼吸管理が必要な場合はベッド上臥床による身体運動機能低下を起こさないように可能な範囲での離床が行われる.術後離床は手術侵襲に加えて術前の運動機能や生活状況が影響することから,可能な限り術前評価が必要である.術後離床の制限要因については術前よりリハビリテーション治療を行うことが必要であり,治療にあたって多職種で治療目標や治療方針を明確化し,生活を重視した早期離床・早期退院ができるように多職種チーム医療を進めていくことが重要である.
術後早期のリハビリを実現するための要点として次の2点があげられる.第一は術前からの準備である.千葉大学医学部附属病院では周術期管理センターを立ち上げ,麻酔科術前外来,リハビリテーション外来,口腔ケア歯科外来,薬剤師面談,手術室看護面談の受診を促すシステムを構築した.リハビリ外来ではオリエンテーションから開始し,自宅でのメニューも提案する.手術前日から再介入,手術翌日より実際の離床が開始される.第二のポイントは,リハビリが可能な術後疼痛管理である.診療科ごとの特徴を調査し,feedbackを行い,見直しを定期的に行っている.疼痛コントロールのみならず悪心,嘔吐予防も重要な課題である.
周術期患者の循環管理を考慮する際に,まず行うべきことは,疼痛刺激のコントロールである.疼痛が十分にコントロールされ循環血液量の適正化が行われた後も循環動態が不安定な周術期患者ではカテコラミンの使用が必要となる.周術期患者におけるショックに対してはノルアドレナリンが第一選択薬として推奨されている.また,周術期患者では,心機能低下が生じうることに留意する必要がある.循環動態が不安定な患者,特に輸液に反応の乏しい患者では,経胸壁心エコーを用いて心機能の確認を行う必要がある.心機能低下症例でノルアドレナリンの反応が乏しい患者では,ドブタミンやPDEⅢ阻害薬の使用を検討する.
肺高血圧症(PH)を伴う患者の周術期循環管理では,血管拡張薬で肺循環に特異的なものはないので,体血圧を維持するために昇圧薬を併用する頻度が高くなる.麻酔薬との相互作用も考慮しなければならない.右心不全の回避のため,前負荷の適正化,洞調律の維持が重要で,手術の侵襲度に応じたモニタを選択する必要がある.ドブタミンやホスホジエステラーゼ3阻害薬が第一選択となるが,低血圧を伴う場合はドパミンやノルアドレナリン,バソプレシンが適応になる.新生児遷延性肺高血圧症や心臓手術後のPHには肺血管に選択性の高い一酸化窒素吸入療法が適応となる.ハイリスク症例では肺高血圧症センターなどでの集学的チームアプローチが必要である.
大動脈内バルーンパンピングは,「心周期に合わせて大動脈内に留置したバルーンが膨張と収縮を繰り返す」という単純な作動のみの,比較的容易な手技で安全に施行できる補助循環である.その作動は“diastolic augmentation”と“systolic unloading”という用語で表現される.急性冠症候群などのために心機能が低下した症例に対して冠動脈などの主要動脈の血流増加と心仕事量の低下を得ることが大動脈内バルーンパンピング元来の目的であり,最終目標は心機能の維持と改善である.重篤な合併症の危険性はあるがその頻度は低く,安全な装置である.本稿では日本臨床麻酔学会第39回大会の講演に新しい知見を若干加え,大動脈内バルーンパンピングの基本的な事項について概説する.
経皮的心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)は,遠心ポンプと体外膜型人工肺で構成される人工心肺装置である.静脈から血液を脱血して人工肺で酸素化し,ポンプで動脈に送血する呼吸循環補助装置で,強力な流量補助が可能である.PCPSの適応は,他の一般的な治療法で維持困難な急性循環不全や心肺停止状態であるが,導入後の救命率は全体平均で30~45%程度である.合併症に血栓塞栓症,下肢虚血,刺入部出血などがある.PCPS駆動中の中心静脈穿刺時におけるガイドワイヤー吸い込み事例も報告されており,注意が必要である.
周術期特定行為研修パッケージ(Education & Training Package of Advanced Perioperative Nurse Practices)は,厚労省による特定行為研修制度の中の8つの特定行為を含む.日本麻酔科学会が施行するこのパッケージの受講者は,すべての講義,演習,実習,OSCEを自施設で受講することが可能である.修了者は日本麻酔科学会の5年ごとの更新プログラムを受けることができる予定である.
わが国の少子高齢化による人口構造の変化に伴い,厚生労働省は医療提供体制改革として「医師の働き方改革」に取り組み,看護師の特定行為研修制度を策定した.さらに周術期管理を領域別に分類し研修制度のパッケージ化を制定した.麻酔科領域では「術中麻酔管理特定行為研修」制度を導入した.特定看護師による術中麻酔管理の導入にあたり,周術期医療の現状の課題について,病院管理者・看護管理者の視点で考察する.「特定看護師導入目的と導入のメリット」,「患者の安全管理体制」,「看護師の勤務配置」,「特定看護師の資質および研修受講者の推薦基準」などを明文化する必要がある.麻酔科医師が行うべき術中麻酔管理を特定看護師にタスクシフトする場合,周術期管理チーム医療が安全で安心して本来の役割を発揮できる体制が必要となる.麻酔科医師のタスクシフトを特定看護師の協働により有効的なものにするために考察をしたい.
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