肺動脈カテーテルは心臓手術の周術期管理において血行動態把握のために用いられるが,重篤な合併症が起こりうるため心臓手術の全例で挿入することは推奨されていない.今回,右冠動脈起始部に進展する急性大動脈解離の緊急手術において,肺動脈カテーテル挿入を契機に心室細動を発症し電気的除細動を要した症例を経験した.右冠動脈の灌流圧低下による虚血により被刺激性が亢進した右室内腔に肺動脈カテーテルが接触したことが原因と考えられた.急性の右室虚血を伴う病態においては心室細動を発症する危険性があることを念頭に置き,肺動脈カテーテルの適応を考慮した方がよいと考える.
筋強直性ジストロフィーは麻酔管理上,不整脈や悪性高熱症の発症が問題となる.症例は1歳8カ月の男児で身長82cm,体重7.2kg.停留精巣固定術が予定された.出生は31週6日,出生時体重は2,075g,APGAR scoreは2点~5点であり,先天性筋強直性ジストロフィーと診断された.日齢143日と146日には心室頻拍と心停止の経過を有した.麻酔は全静脈麻酔で計画した.除細動パッドを装着し,声門上器具で気道確保した後,仙骨硬膜外麻酔を行った.合併症の増悪なく術後4日目に退院した.致死性不整脈の既往をもつ筋強直性ジストロフィー患者に対して,病勢を把握し適切な麻酔管理を計画することで安全に麻酔することができた.
喉頭癌のある患者に一側肺換気を行う際は,気道確保器具の選択を含めた麻酔計画が必要である.今回,声帯腫瘍合併患者の肺葉切除術において,先行留置したクーデック®気管支ブロッカーチューブ(大研医器,大阪)(bronchial blocker:BB)とLMAプロシール(泉工医科貿易,東京)(ProSeal laryngeal mask airway:pLMA)の併用により一側肺換気を管理した1例を経験した.ビデオ喉頭鏡で喉頭展開してBBの気管内留置を先行することで,声帯腫瘍の損傷を生じることなくpLMAを留置でき,術中の気道管理も問題なかった.本手法は,ダブルルーメンチューブやシングルルーメンチューブによる声帯腫瘍の損傷を避けたい場合に有用な代替手段であることが示唆された.
レミマゾラムは超短時間作用型のベンゾジアゼピンで,循環抑制作用が弱いが,低流量低圧較差大動脈弁狭窄症(LFLG-AS)を合併した低心機能患者の心臓手術における安全性は報告されていない.今回LFLG-AS患者に対するOPCABとTAVI合併手術において,レミマゾラムで安定した循環を維持することができた症例を報告する.80歳の男性が虚血性心筋症でLFLG-ASを合併しており冠動脈バイパス手術と大動脈弁置換術が必要であった.患者は人工心肺を使用した場合人工心肺離脱困難の可能性が高かったため,OPCABとTAVI合同手術が予定され,循環抑制の少ないレミマゾラムとレミフェンタニルでの静脈麻酔が選択された.術中はノルアドレナリンとドブタミンを適宜使用して,大きな循環の低下はなく手術は終了した.レミマゾラムは循環抑制が弱く,LFLG-AS患者におけるOPCABとTAVI合併手術においても安全に使用できた.
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)第6波を受け,鹿児島県立大島病院手術室は感染対策強化を行った.当院手術室機能を維持するためわれわれは,①入室前3日以内の検査,②隔離解除後の手術計画,③ゾーニング,④COVID-19患者用手術室前室館外開放,⑤エアロゾル発生手技時はfull personal protective equipment(PPE)もしくはstandard PPEにN95マスク着用,⑥挿抜管時の室内人員制限を実施している.手術室スタッフへのウイルス曝露の可能性は否定できないが,明らかな手術室内感染は認めなかった.各診療科の要請をすべて応需し,感染拡大前と同等の機能を維持している.
症例は28歳の妊娠29週4日の妊婦で,7日前から続く右下腹部痛に発熱を伴ったために近医を受診した.絨毛膜炎の疑いで2日間の抗菌薬加療を受けたが軽快せず当院へ搬送となった.腹部CT検査で妊娠子宮の後方に膿瘍形成を認め,穿孔性虫垂炎と診断し,脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔の管理下に第5胸椎以下の痛覚消失域を得て,開腹虫垂切除術を行った.術後,子宮収縮が頻回に観察されてリトドリンを最大200μg/minで投与したが,術後2日目に肺水腫を発症した.リトドリンの中止と輸液制限で肺水腫は軽快し,術後13日目に退院した.術後20日目に切迫早産を発症したが保存的加療で軽快し,正期産で自然分娩に至った.
外科手術を受けた患者は程度の差はあるが,術後痛を経験する.術後痛は通常,創傷治癒の過程で数日あるいは数週間で自然に軽快する.しかし,患者によっては,術後数カ月から数年にわたり痛みが遷延し“慢性術後痛”という病態になる.WHO国際疾病分類(ICD-11)にも慢性術後痛が病名として掲載された.急性期・亜急性期・慢性期の術後痛のそれぞれの時期への対応を考える必要がある.日本においては術後痛を俯瞰的にとらえたガイドラインはいまだ作成されていない.早急にこの作成を進める必要があると考え,術前から慢性期まで切れ目のない術後痛対策を検討する一助としたいと考えている.ここでは,術後痛に対するガイドライン作成の意義についても述べたい.
周術期神経認知障害(perioperative neurocognitive disorders:PND)は術後認知機能障害(postoperative cognitive dysfunction:POCD)やせん妄を含み,術後の記憶,注意,集中力などの神経認知領域に悪影響を及ぼし,急速に進行する手術人口の高齢化に対応するための大きな課題となってきている.心臓血管手術におけるPOCDは,周術期脳障害のなかで頻繁に研究が行われてきた.POCDは人工心肺によって引き起こされると長い間考えられていたが,近年の報告により,人工心肺使用の有無にかかわらず,POCDの発生率は変わらないことが明らかになっている.心臓血管手術患者におけるPNDの発生を軽減するためには,既知の脳保護戦略を実践するとともに,術後に回復を促進するための集学的アプローチが大切である.
術後死亡率は減少しており,術後のアウトカムは患者指向型アウトカムに目が向けられることが多くなっている.術後せん妄は退院後の生活にも影響を及ぼすため特に注目されている.加齢などに加えて術前の未診断の認知機能障害が危険因子であることが明らかとなった.術中・術後は低血圧の回避や適切な除痛を含む炎症を抑える管理を心がけるべきである.また,術後評価は十分に麻酔科医の手が及んでいるとは言えないが,適切なツールを用いて術後せん妄を評価するよう努めるべきである.
輸液製剤の血漿増量効果は病態や状況によって変化する.このことをContext-sensitiveと呼ぶが,われわれが周術期輸液管理をする上で最も重要な法則の一つである.この原理に影響を与える因子として,近年グリコカリックスが注目されている.グリコカリックスは血管透過性の維持に深く関わっており,グリコカリックスを考慮した改訂版スターリングの原理は,状況による輸液動態の違いを理解するのに役に立つ.さらにグリコカリックスは,さまざまな侵襲によって菲薄化し,Context-sensitiveに影響を与える.このように,ミクロの視点から周術期輸液を考えることは,より良い輸液管理につながる可能性を秘めている.
われわれ麻酔科医にとって,周術期輸液管理の目的は循環血液量を維持し組織灌流を維持することで,周術期の合併症を最小限に抑えることにある.周術期輸液量と術後合併症との関連が明らかになるにつれ,過不足のない “ほどほどの輸液”を行うことが重要視されるようになってきている.この “ほどほどの輸液”を目指すための指標の一つとして,特に重症例においては動的指標を用いた輸液管理が近年広く行われるようになってきた.ところが,この動的指標も決して万能なものではない.われわれ麻酔科医は,各パラメータの限界を知り,さまざまな指標を組み合わせることで最適な輸液管理を目指す必要がある.
プロポフォールによる意識消失時に前頭部起源のアルファ周波数帯が出現することが報告されているが,そのメカニズムは完全には解明されていない.筆者らはラットを用いた研究により,以下の点を明らかにした.①プロポフォールは大脳皮質において抑制性シナプス伝達を増強するが,その作用の大きさはfast-spiking細胞から錐体細胞に対する抑制性シナプスで最も強い.②抑制性シナプス伝達増強の結果として,プロポフォールは錐体細胞の発火同期性を増強する.これらの結果から,プロポフォールによる脳波変化には,視床から皮質への入力だけでなく大脳皮質局所神経回路も重要な役割を果たしている可能性が示唆された.
The Society for Ambulatory Anesthesiaは術後悪心嘔吐の予防と治療に関するガイドライン(SAMBAガイドライン)を定期的に出版している.本邦で2022年に使用可能となったオンダンセトロンとグラニセトロンは,2003年に出版された初版から推奨されているため,本邦は約20年遅れて海外に追いついたことになる.SAMBAガイドラインはその後数回改定を受け,2014年版ではニューロキニン受容体拮抗薬であるアプレピタントが,2020年に出版された第4版ではドパミン受容体拮抗薬であるアミスルプリドが推奨薬として追加されるなど進化を続けている.本稿ではこれらの薬剤についての知見を紹介し,最近の研究で術後悪心嘔吐の予防効果が示されているオランザピンについても解説する.