呼吸器外科手術において硬膜外ブロックは術後鎮痛に優れているが,抗凝固薬内服症例の増加等により相対的禁忌症例が増えている.そのため,硬膜外ブロックに代わる方法としてマルチモーダル鎮痛が必要であり,当院では末梢神経ブロックやオピオイド全身投与,もしくはその併用が行われている.本研究では,当院で呼吸器外科手術を受けた硬膜外ブロック相対的禁忌症例の術後鎮痛法について,末梢神経ブロック単独群と静注フェンタニル併用群に分けて,術後の鎮痛効果と有害事象について比較検討した.併用群は単独群に比べ術後早期の鎮痛効果に優れていた.有害事象においては2群間で有意な差は見られなかった.
術前患者の薬剤管理は周術期合併症や手術中止を回避するために極めて重要で,入院前の対策が必要である.われわれは術前外来患者の処方状況確認(薬剤確認)と休薬を含めた薬剤管理(休薬管理)を,病院と保険薬局が連携して実施する体制を構築した.術前外来患者28名に対して本運用が活用された.保険薬局からの返信率は薬剤確認100%,休薬管理92.3%と高く,依頼から返信までの日数の中央値は2日と迅速であった.対象患者55名のうち休薬管理の活用群24名では全てで休薬と手術が遂行されたが,非活用群31名では1名で休薬未実施による手術延期があった.病院と保険薬局との連携により周術期患者の安全な薬物療法管理につながった.
2種類のファイバー挿管用内視鏡マスク,VBMエンドスコピーマスク(VEM)とインターサージカル・ブロンコスコピーマスク(IBM)の性能を比較した.マネキンに両マスクを装着し,陽圧換気をしながらファイバー挿管を行った.挿管時間,気管チューブとスコープの操作性,挿管操作前の換気量は,両マスク間に有意差を認めなかった.挿管操作により両マスクとも有意に換気量が減少したが,VEMは臨床的に問題ない程度であった.しかし,IBMでは挿管操作中のリークで換気困難となった.ファイバー挿管手技の行いやすさは両マスク間に差がなかったが,マスク換気に関して,IBMでは挿管操作中のリーク対策が必要であった.
新しい静脈麻酔薬レミマゾラムは,過鎮静の場合フルマゼニルで拮抗できる調節性の良い全身麻酔薬である.今回,脳室腹腔(VP)シャント機能不全による水頭症が悪化したため,レミマゾラムで麻酔導入しデスフルランとレミフェンタニルで維持した全身麻酔手術を行った.麻酔終了時にレミマゾラムの効果残存を疑いフルマゼニルを投与した直後に,全身性痙攣を生じた症例を経験した.
気胸患者の全身麻酔は術前に胸腔ドレーンを留置することが望ましい.本症例は人工呼吸器管理中の57歳の男性で,甲状腺全摘出術と気管切開術が予定された.両側気胸があったが,左胸腔ドレーンのみで自発呼吸で管理されていた.全身麻酔の強制換気に伴い右胸腔ドレーンの留置が検討されたが,甲状腺機能亢進症状から術前に侵襲を加えることを控えたため,右肺への圧を最小限に抑える必要が生じた.甲状腺全摘出術中はダブルルーメンチューブを用いて,左片肺換気と右肺CPAPで対応した.気管切開術では気管切開チューブの入れ替え後の両肺換気のため,レミマゾラムを拮抗し自発呼吸をすみやかに確立した.良好に管理できた本症例を報告する.
Stanford A型大動脈解離術後の患者において,経胸壁心エコー(transthoracic echocardiography:TTE)では診断できなかった心タンポナーデを経食道心エコー(transesophageal echocardiography:TEE)で診断できた症例を経験した.症例は40代の男性で上行および全弓部大動脈人工血管置換術が施行された.術後の低血圧に対してTTEを施行したが異常所見を指摘できなかった.そこでTEEを施行したところ,右房および右室の心タンポナーデが指摘され緊急血腫除去術が行われた.TEEを用いることで早期治療が可能であった.
COVID-19患者の抜管時に発生するエアロゾル飛散問題は,未解決のままである.そこで,インターサージカル・ブロンコスコピーマスクを用いた抜管時のエアロゾル飛散防止対策法を考案した.本法は,顔に隙間なく密着させたマスクの弁付きホールから気管チューブを抜去し,対策が必要なくなるまでマスク装着状態で観察する方法である.本法には,簡便,エアロゾル飛散スペースが小さいため残留エアロゾルが少ない,抜管後の気道緊急時に遅れなく処置が行える,などの利点がある.しかし,エアロゾル飛散防止効果が未証明,抜管後の気道緊急時においてエアロゾル飛散防止対策下に気管挿管操作を行えないなどの問題に注意しなければならない.
診療ガイドラインは,1)科学的根拠に基づき,系統的な手法により作成された推奨を含む文章で,2)患者と医療者を支援する目的で作成され,3)臨床現場における意思決定の判断材料の一つとして利用する,ものである.ガイドライン利用者は,事前に診療ガイドラインに係る成書や講習を受けて知識を得ておき,ガイドラインそのものの適切性を評価しなければならない.推奨のみならず,その根拠となった背景,特にエビデンスの質や推奨決定の方法に着目する.麻酔科学領域において質の高い診療ガイドラインは少ない.臨床医は,質の高いガイドライン作成に参加し,ガイドラインを上手く理解,利用して診療の質改善に役立てる必要がある.
硬膜外麻酔による合併症を減らすためには,安全で確実な硬膜外腔穿刺ができるhanging-drop法用のディスポーザブル硬膜外針を作る必要性を強く感じた.そこで,いろいろな硬膜外針の針先の形状等の調査と水滴吸引試験を施行してみた.針基(hub)にアルミホイルを装填すると,どこの会社のディスポーザブル硬膜外針でも水滴の吸引が明瞭になることがわかった.日本のメーカーに針基の改造を相談したところ,新しい針の製造には時間がかかるので,針基(hub)に付けた水滴の吸引を見るだけの小さな金属ピンの製作を提案いただいた.その結果,hanging drop法ばかりでなくloss of resistance法もできるAタイプの金属ピンとhanging drop法しかできないBタイプの金属ピンを作成してくれた.これらの金属ピンを自分の医院でテストしてみると,水滴吸引が明瞭となるので,安全で確実な硬膜外腔穿刺率が高まり,直ちに重大な合併症が減少できると確信できた.将来的に良い針ができるまで,この器具を用いてhanging drop法を行うことをお勧めしたい.
多職種で構成されたハートチームでの治療方針決定が安全かつ有効と言われている. 経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)の適応が外科的ハイリスクからローリスクへ拡大されゲートキーパーとしての外科医の役割が減る一方で,透析患者への適応拡大やTAVRの解剖学的ハイリスク症例も増え,新たな議論が必要となっている.しかし近年,働き方改革とコロナウイルスによる3密回避でハートチームのコミュニケーション不足が危惧されたため,各部署にアンケート調査を行ったところ,多くのメンバーはハートチームが必要で有効に機能していると感じていた.制約が増えたものの,各部署との良好なコミュニケーション維持が大切と思われた.
新東京病院では,ほぼ毎日朝から循環器関係の多職種カンファレンスがあり,そのほとんどに麻酔科も出席している.そのため麻酔科・心臓外科・循環器内科のコミュニケーションが非常に良好で,診療方針決定の過程が明確になっている.ハートチームの議論に麻酔科が積極的に関わることで,チームは麻酔科的視点を加えた上で診療方針をたてることができ,また麻酔科医はチーム内の議論を通して「術者的感覚」を知り,自分自身の麻酔科医としての幅を広げることにつなげられる.
ハートチームのメンバーは手術実施前に,患者の背景,心臓エコー検査,全身血管造影検査,血液検査結果などから,リスクの評価と手術実施時のプランの共有を行っている.カンファレンスでは,各専門職種より質問や検討事項などの意見交換を行い,使用するデバイスのサイズや種類,アプローチ方法を最終決定する.手術室看護師の役割は,ハートチーム内で共有された患者情報の中から,安全に合併症なく手術を終えるために必要な看護ケアが何かを検討し,提案することである.手術室看護師は,今後も治療中の患者に寄り添い,ハートチーム内で多職種の連携の架け橋となれるように,外科的治療の知識と手術看護スキルを発揮して,活動していく必要がある.
呼吸器外科手術の適応は,切除可能性,呼吸機能,身体機能,片肺換気が実施可能かを評価し決定する.呼吸機能は,術後予測1秒量や肺拡散能が正常値の30%未満はリスクが高い.身体機能は,運動耐容能試験で最大酸素摂取量10mL/kg/min未満は非常にリスクが高い.片肺換気はガス交換と循環に大きく影響する.その実施可能性は,術前の血液ガス分析値,運動耐容能,肺高血圧症と右心不全の有無,片肺換気時の予測最大一回換気量等で評価する.低耐術能患者には合併疾患への術前介入やプレハビリテーションを行い,リスク因子改善と状態適正化後に手術適応を判断する.プレハビリテーションはリスクの管理から低減への転換である.
呼吸器外科手術は,気管や肺という生命維持に重要な臓器を扱う手術であり,麻酔科医は,手術に伴う呼吸器系の変化に対応しながら,麻酔管理を行わなければならない.それゆえ,麻酔科医が担う役割は大きく,高度な専門技術が求められる.本稿では,呼吸器外科手術の麻酔を始める若い麻酔科医にむけて,分離肺換気や呼吸管理,鎮痛方法の選択など,麻酔管理全般に必要な知識を,自験例を交え文献報告とともに紹介する.
最近25年間で呼吸器外科の手術術式に大きな変化はない.しかし,胸腔へのアプローチは開胸手術・胸腔鏡手術・ロボット手術と著しく多様化している.このことが,麻酔科医師から見て吸器外科手術を捉えにくくしているように感じられる.呼吸器外科麻酔における大事な点はアプローチによらず同じである.第1に胸腔が狭いので,肺虚脱が悪いと術野が見えず操作ができないこと,第2に血流が豊富な肺動静脈を扱う出血リスクの高い手術であることである.したがって安全な手術のためには,術側肺の虚脱と筋弛緩が重要である.また,呼吸器外科・麻酔科間の境界領域の業務を相手まかせにせず,互いに補い合うことが安全な術中管理のために重要である.
呼吸器外科手術の周術期呼吸リハビリテーションについて,術前リハ,術後リハ,術前・術後リハ,ERAS,Incentive Spirometry(IS)のメタ分析の結果を中心に概説した.術前リハは少なくとも2週間必要で,肺合併症の変更可能な危険因子をできるだけ改善させておく.術後はERASを導入し,呼吸管理,早期離床,疼痛コントロール,IS,呼吸理学療法など包括的早期介入が有効で,術後安定期にも有酸素運動を中心とした術後リハを行うべきである.周術期呼吸リハにより,術後肺合併症・肺炎・在院日数・胸腔ドレーンの減少,運動耐容能・身体活動量・大腿四頭筋力・呼吸機能・呼吸筋力・HRQOL・呼吸困難・疲労が改善するが,現在,死亡率の改善は困難である.しかし,今後の可能性を秘めている.
従来の医療安全では,事故の原因を特定し対策することで再発を防止するアプローチが主流であった.しかし防止策の効果もある程度で上限が見え,防止策として増やした手続きが新たな事故の要因になることが問題となってきた.そこで近年は,むしろ日常業務でなぜ事故が起こらないのか調べることで安全維持能力を高めようとするアプローチが重視されるようになってきた.しかしながら,日常業務がなぜうまくいっているのか評価することの意義や具体的アプローチについては明確な指針がない.本論文ではこれまでの安全研究のアプローチや事故の捉え方の変遷を踏まえながら,近年の医療安全研究のトレンドや今後のアプローチについて整理する.
医療,産業活動,航空機運行といった社会的に有用かつ不可欠な活動に伴い,不幸にして人が負傷,死亡する結果が生じることは避けられない.それぞれの分野で人命尊重の観点から,長年にわたって適切な事故調査,再発防止策等を講じるための努力が積み重ねられている.講師の経験から,航空機事故については,再発防止が最重点であるため,正確な証言を得るための刑事免責,民事免責が講じられていること,労災事故については,公的制度により必要な補償を行う制度が確立されるとともに,再発防止のための研究,教育,事故調査等が労働安全衛生行政として行われていることを紹介する.
医療事故調査制度は,医療安全の確保と再発防止を目的とし法的責任とは切り離されたものとして,2015年から施行された.報告数,院内調査方法などまだまだ課題はあるが,16の提言も公表された.解剖が行われたのは約4割弱で,行われた解剖のうち約2割が司法解剖となっている.また本制度は,医療機関が行う院内調査であるが,センター調査が約9%に至る.本制度が本来は,法的責任とは切り離された制度であることから,これらのことは今後の課題となる.国の他の医療安全の制度と連携してさらに医療の安全が向上することを期待する.
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