日本障害者歯科学会雑誌
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37 巻, 4 号
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原著
  • 上田 公子, 郡 由紀子, 中川 弘, 岩本 勉
    2016 年 37 巻 4 号 p. 401-406
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    本研究は,自閉スペクトラム症(ASD)児者の特性と歯科受診時の適応性およびストレスとの関連を明らかにすることを目的に行った.

    対象は,本学大学病院小児歯科および高次歯科診療部障害者歯科を受診中のASD児者37名とした.対象者を歯科受診適応性が良好な者のうち唾液α-アミラーゼ活性値が45KU/l以下の群(AL群),唾液α-アミラーゼ活性値が46KU/l以上の群(AH群),適応が困難な群(困難群)に分けて,ASD児者の特性と歯科受診適応性や唾液α-アミラーゼ活性値との関係について検討し,以下の結果を得た.

    年齢については,困難群の年齢が低かった.コミュニケーション能力に関する項目については,AH群と困難群に言葉による感情表現が難しい傾向を示した.感覚過敏性に関する項目については,困難群は洗顔や歯磨き,味覚に対する過敏性が高く,過度にまぶしがる傾向を認めた.唾液α-アミラーゼ活性値については,AH群と困難群にストレスが高い傾向を示した.

    以上の結果から,歯科受診時にストレスの高いASD児者は言葉による感情表現がうまくできず,ストレスをコントロールすることが苦手であることが考えられた.また,歯科受診適応性が困難なASD児者は感覚過敏性が強く,そのために強いストレスを受けやすいことが適応困難の要因となっていることが示唆された.

  • 有川 英里, 木村 貴之, 園木 一男, 藤井 航, 日髙 勝美, 柿木 保明
    2016 年 37 巻 4 号 p. 407-413
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    日常臨床で行われているスポンジブラシを用いた口腔粘膜の清拭(以下,清拭)が,非経口摂取の要介護高齢者における自律神経活動に及ぼす影響を明らかにするために,心拍変動の周波数解析(以下,HRV解析)を用いて検討した.

    対象は,特別養護老人ホームに入所中の非経口摂取の要介護高齢者12名(以下,要介護群),地域の自立高齢者13名(以下,自立群)とした.

    心拍変動の測定ならびに記録にはメモリー心拍計を用いた.清拭開始1分前から心拍変動の測定を開始した.清拭は常温の水道水とスポンジブラシを用いて,同一の歯科衛生士が5分間行い,終了と同時に心拍変動の測定も終了した.計測後,オフラインで最大エントロピー法(以下,MEM法)によるHRV解析を行った.

    その結果,要介護群においては清拭前に比較してLF/HFの有意な増加が認められた.しかしながら,LF/HF上昇を従属変数とし,要介護,年齢,性別,脳血管障害,心疾患,高血圧症を説明変数とした多重ロジスティック回帰分析では,要介護を含むすべての変数で有意な関連は認められなかった.清拭によるLF/HF上昇は,今回測定した変数以外の要因により引き起こされた可能性が考えられるが,今後のさらなる検討が必要である.

症例報告
  • 加納 慶太, 村山 高章, 平川 寛, 佐藤 容子, 山本 俊郎, 金村 成智, 秋山 茂久, 森崎 市治郎
    2016 年 37 巻 4 号 p. 414-418
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    Angelman症候群(以下:AS)は1965年にAngelmanにより“Puppet” childrenとして初めて報告された,15番染色体長腕の部分欠失によって起こる遺伝性疾患である.今回筆者らは全身麻酔下に智歯抜去を行った成人AS患者の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.AS患者の麻酔管理上の問題点は,てんかん発作,麻酔薬のGABAA(gamma-amino butyric acid-A)受容体への影響,精神遅滞による導入時の鎮静などが挙げられる.通常,麻酔薬の多くはGABAをリガンドとするGABAA受容体をターゲットとすると考えられている.ASの遺伝子欠失部位である15番染色体q11~q13領域はGABAA受容体β3サブユニット遺伝子(以下:GABRB3)を含むことより,麻酔作用に対してなんらかの影響が出ることが考えられる.そのため,過去にはGABRB3とは関係ないとされる揮発性麻酔薬やケタミンを使用した報告もある.しかし一方では,ベンゾジアゼピンやプロポフォールを使用しても良好な麻酔管理が行われたとの報告も多い.自験例では,AS患者に対し,プロポフォールを用いた麻酔にて術中,周術期を通して問題なく終了した.

  • 尾田 友紀, 林内 優樹, 藤野 陽子, 松本 幸一郎, 安坂 将樹, 吉田 啓太, 好中 大雅, 和木田 敦子, 入舩 正浩, 岡田 貢
    2016 年 37 巻 4 号 p. 419-425
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    自閉症スペクトラム障害患者に対し全身麻酔下歯科治療を行った直後から,自傷行為とてんかん発作が増悪した症例を経験したので報告する.症例:36歳男性.障害:知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害,てんかん.主訴:最近歯の痛みが原因ではないかと思われるパニックが起きるので診てほしい.既往歴:近くの総合病院の歯科で定期的にブラッシングなどの口腔ケアは受けていたものの,歯科治療経験はなかった.幼少期より爪で歯肉をひっかくなどの自傷行為がみられ,歯肉には退縮が認められた.現病歴:初診2~3カ月前より,露出した根面を介助磨きする際に患者が嫌がりパニックが起きるようになったため,入所先の職員と両親が歯科的精査を希望し,当科を紹介された.現症:全顎的に頰側歯肉が著しく退縮しており,その退縮が根尖部にまで及んでおり,治療が必要な歯が多数認められた.経過:複数歯の治療が必要なこと,現在痛みがあると思われること,居住地が遠方であること,歯科治療に対する恐怖心が強いことなどの理由から全身麻酔下歯科治療(2泊3日)を行うこととした.入院中の経過は順調であったが,入所施設に帰宅した直後より,自傷行為の増加や多飲行為による低ナトリウム血症の発症,その結果てんかん発作が頻発したため,近郊の総合病院に緊急入院した.退院後,自分で飲水ができないよう入所施設において環境整備を行うことにより,次第に自傷行為は減少した.現在は,メンテナンスのため当科に定期的に来院している.

  • 名和 弘幸, 山内 香代子, 栁瀬 博, 岡本 卓真, 松野 智子, 荒木 麻美, 堀部 森崇, 藤井 美樹, 外山 敬久, 藤原 琢也, ...
    2016 年 37 巻 4 号 p. 426-431
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    上顎第二乳臼歯の晩期残存と上顎第二小臼歯の異所萌出,上顎前突を呈する11歳9カ月の自閉スペクトラム症男児の治療について報告する.患者の発達指数は,遠城寺式・乳幼児分析発達検査においてDQ:59で,歯科治療に対する協力性は比較的良好であった.患児は5歳11カ月から医療福祉センターの歯科にて,歯科治療への適応向上のために定期的な口腔衛生管理を受けていた.

    最初の治療計画として,口腔衛生管理のため上顎第二小臼歯を正しい位置へ移動することとした.初期治療が問題なく完了し,患者が矯正歯科治療を希望した場合,上顎前突の治療のために矯正歯科を紹介する予定とした.

    スプリントを作製し,患者が口腔内に装置を装着できるかどうか確認するため,自宅で装着するように指示した.3カ月後,スプリントの着用時間が長くなったので,固定式矯正装置を作製し口腔内に装着した.7カ月後,上顎第二小臼歯は歯列に移動して,口腔衛生管理が行いやすくなったので,装置を取り外した.咬合誘導は良好な結果であり,患者と両親は上顎前突の改善も希望したので,矯正歯科へ依頼をした.矯正歯科受診時の患者の暦年齢および精神年齢は13歳0カ月と7歳8カ月であった.

    この症例報告より歯科治療への適応向上ができた自閉スペクトラム症児は,矯正歯科治療を始められる可能性が示唆された.

  • 永井 悠介, 松本 重清, 荒井 千春
    2016 年 37 巻 4 号 p. 432-438
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    今回われわれは,精神遅滞,極度狭窄鼻腔および高度開口障害を伴う筋突起過長症患者の周術期管理を経験したので報告する.

    症例は28歳,女性.齲歯治療のため近医受診するも,開口制限があり精神遅滞も有するため障害者歯科および歯科口腔外科を紹介受診.画像検査などから筋突起過長症と診断され筋突起切除手術が予定された.開口量が約10mmであることに加え鼻腔がきわめて狭小であることから挿管困難が予測されたため気管切開後に全身麻酔を導入する方針となった.

    デクスメデトミジンで鎮静し局所麻酔下に気管切開術が施行された.不穏・体動などはなく呼吸抑制も認めなかった.気切孔より気管チューブが挿管されると同時に全身麻酔を導入した.術中,血行動態は安定.酸素化・換気は良好で予定どおり両側筋突起形成術が施行された.術後,気管チューブを抜去し気切チューブに入れ替えた後,覚醒させた.

    術後4日目に気切チューブを抜去し,術後16日目に経過良好で退院となった.退院時の開口量は18mmで現在,病院歯科において開口訓練および歯科治療が実施されている.

    本症例は高度開口障害だけでなく鼻腔の狭窄も伴い経口・経鼻挿管は困難であると推測されたため,自発呼吸を温存した意識下気管切開が施行された.その際,精神遅滞で患者の協力が得られない可能性があったため鎮静する必要があったが,呼吸抑制が少ないデクスメデトミジンによる鎮静は非常に有用であった.

臨床集計
  • 田中 健司, 廣瀨 陽介, 吉田 好紀, 柴田 麻未, 若松 匠子, 関根 伸一, 村上 旬平, 秋山 茂久
    2016 年 37 巻 4 号 p. 439-444
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    堺市重度障害者歯科診療所は主に日帰り全身麻酔法や静脈内鎮静法などの薬理学的アプローチ下で歯科治療を行う診療施設であり,認知症患者も受け入れている.今回,2008年4月から2014年3月に当診療所を受診した認知症患者の初診時の年齢別う蝕罹患状態,口腔衛生状態,行動調整法,転帰などについての実態調査を行った.

    う蝕罹患状態を平成23年歯科疾患実態調査の同年齢と比較したところ,D歯数およびDF歯数は全年代で高い値を示したがDMF歯数は70歳以上ではほとんど差が認められなかった.以上のことからM歯数は70歳以上では低い値になると推測され,このことは当診療所を受診した認知症患者は通法下の歯科治療が困難であり,抜歯を含む歯科治療が未実施のままであることを意味している.また口腔衛生状態も不良の患者が多く,日々の口腔ケアが困難であることも予想される.行動調整法に関しては,当診療所を受診した認知症患者の82.9%に行動調整法として薬理学的アプローチを選択していた.転帰としては半数以上の患者が当診療所で治療終了後に紹介元に逆紹介されていない.この理由としては急性症状の対症療法のみが目的で来院した患者が存在していることや,紹介元へ逆紹介をしても対応困難なため十分な口腔衛生管理ができないことが考えられる.今後も超高齢社会の進展に伴い,基礎疾患を合併した認知症患者の増加も予想されることから,より安全面に配慮した全身管理および歯科診療を提供する必要があると思われる.

  • 吉田 啓太, 向井 明里, 向井 友宏, 小田 綾, 高橋 珠世, 山下 美重子, 好中 大雅, 神田 拓, 尾田 友紀, 吉田 充広, 岡 ...
    2016 年 37 巻 4 号 p. 445-450
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー

    麻酔前スクリーニング検査として,血液生化学検査,胸部エックス線写真撮影,心電図検査,尿検査,呼吸機能検査が一般的に行われている.麻酔前の患者評価では病歴聴取や身体の診察が重要であり,すべてのスクリーニング検査が必要とは限らない.しかし知的障害者では病歴聴取から得られる情報に限りがあることや高い割合で全身的合併症を有していることから,患者評価の手段としての麻酔前スクリーニング検査は重要である.麻酔前スクリーニング検査の異常所見が麻酔中の合併症を最小限にできるような情報であれば,検査は有益である.術中・術後の合併症では麻酔操作,手技によるものが多く,現況では,麻酔中・麻酔後の合併症を最小限にできていると考えられる.しかし,これらの検査がその協力性から不可能な場合や,検査方法,手技によっては,誤った所見となり有益でない検査の可能性もある.今回の調査では,呼吸機能検査,尿検査では検査不可能な症例が多く,さらにその結果が必ずしも正しいとは判断できず,有益な手段として利用できていなかった.一方,知的障害者が高頻度に全身的合併症を有していること,抗てんかん薬,抗精神病薬などの内服が多いこと,全身的合併症のない知的障害者でも潜在する合併症の可能性があることなどを考えると,血液生化学検査,胸部エックス線写真撮影および心電図検査は行うべきであり,得られた理学所見とともに評価することが重要と思われた.

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