応用地質
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53 巻 , 2 号
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論文
  • 藤井 幸泰, 朴 赫, 竹村 貴人, 高橋 学, 高橋 直樹
    原稿種別: 論文
    53 巻 (2012 - 2013) 2 号 p. 64-69
    公開日: 2014/02/28
    ジャーナル フリー
     中新世大森層中の塊状の来待砂岩を対象に,採石場から採取された試料を用いて帯磁率異方性測定を行った.また採石場でまれに観察される堆積構造を基に,古流向を考慮して塊状砂岩から直交する3方向の面を切り出し,研磨片および薄片上で粒子の抽出を行い,粒子形状を楕円近似して長軸の卓越方向を測定した.粒子を楕円近似した場合に長軸が最も卓越する方向は古流向に直交する.またもう一つの長軸が卓越する方向が古流向の方向と一致する.一方これらの方向に直交する鉛直方向には長軸の卓越は認められず,最小帯磁率方向と一致している.来待砂岩のように層理面が発達せず塊状に見える砂岩にも,粒子形状や配列に異方性があることが明らかとなった.
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  • 松本 謙二, 永岡 修一, 大野 博之, 磯部 有作, 河原 裕徳, 八村 智明, 武馬 雅志, 大嶋 真由子, 登坂 博行
    原稿種別: 論文
    53 巻 (2012 - 2013) 2 号 p. 70-79
    公開日: 2014/02/28
    ジャーナル フリー
     海面(水面)の廃棄物最終処分場は,埋立区画の底面遮水層として在来地盤の沖積粘土層を利用している場合が多い.遮水層の層厚は,規定値を満足する必要があり,埋立廃棄物の沈降および着底時に及ぼす衝撃によって減じられることがあってはならない.埋立廃棄物の沈降現象を把握することは,周辺環境への影響などを評価するうえで,非常に重要なことである.このような現象を数値解析的に見積もる解析手法については,適切な手法の開発には未だ至っていないのが現状である.そこでわれわれは室内および現場の自由沈降実験を実施し,大レイノルズ数域の多粒子の自由沈降現象について検討を行った.
     その結果,単粒子自由沈降では,大レイノルズ数の沈降の場合,Newtonの実験式の0.5~1.0倍の沈降速度になることが示された.一方,多粒子の自由沈降的落下挙動では,単粒子沈降よりも遅くなるものもあるが,最速で沈降するものは単粒子と同程度以上の沈降速度となり,Newtonの実験式の0.5~2.0倍であることが示された.
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報告
  • 越谷 賢, 吉岡 正光, 北村 昭博, 丸井 敦尚
    原稿種別: 報告
    53 巻 (2012 - 2013) 2 号 p. 80-88
    公開日: 2014/02/28
    ジャーナル フリー
     わが国の沿岸域の地下には軟質な地層が広く分布し,それらを対象とした調査掘削には課題が多い.深度200mを超える大深度の調査掘削では,作業能率の高いワイヤーライン工法が一般に採用される.しかし,ワイヤーライン工法は,掘削径とツールスとの間隔が普通工法よりも狭いため,掘進時に送水圧を過剰に上昇させ,軟質な地層のコア採取率の低下を招く可能性がある.そこで,われわれは,標準仕様より掘削径を大きくしたワイヤーライン掘削ツールス,および速やかな孔底崩壊物の除去や確実なコア採取のためワイヤーライン式シングルコアチューブを開発した.開発したツールスを使用した掘削の結果,送水圧の過剰な上昇は認められず,大きな孔内事故もなく作業能率を維持し,良質かつ高いコア採取率が実現できた.
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資料
  • 金折 裕司
    原稿種別: 資料
    53 巻 (2012 - 2013) 2 号 p. 89-97
    公開日: 2014/02/28
    ジャーナル フリー
     画家として名声の高い高島北海(本名得三)は明治 7 (1874)年10月生野銀山にいたときに,故郷萩への帰省の往路(山陽道)と復路(山陰道)で観察した地質を,『山陽山陰地質記事』(稿本)としてまとめた.これと同時に作成された『山陽山陰地質記事』の原図が下関市立美術館に保存されていることが判明した.原図には,中国地方の地形図(約100万分の 1 )とその左側に約150万分の 1 で〈山陰地域の地質図〉が描かれている.これまで日本最初の広域地質図はライマン(B. S. Lyman)による『日本蝦夷地質要略之圖』とされてきた.この図の完成は明治 9 (1876)年 5 月である.〈山陰地域の地質図〉の作成はその前々年の10月なので,高島北海の方が 1 年半ほど早いことになる.さらに,高島北海は明治11(1878)年 2 月には,単独で『山口縣地質分色圖』(約30万分の 1)も作成しており,その完成度の高さから,地域地質図の作成も彼が日本人として最初であることは言を俟たない.同時に,その図幅説明書とされる『山口縣地質圖説』も執筆している.これら地質調査および地質図作成にかかわる高島北海の業績は,地質学史上高く再評価されなければならない.
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