本研究では, 2人の教師によって指導された実験単元において, 教師行動にどのような差異が生じるのか, さらに, そのような差異が児童の学習行動や学習成果にどのような影響を及ぼすのかを検討した。
実験単元は小学校3年生の児童を対象に台上前転を教材として, プログラムやコンテキストの変数を統制した同じ時間数 (8授業時間) で計画された。指導形態については, 各授業時間の指導内容があらかじめ明確に設定されていることから教師主導の班別指導が採用された。なお, 教師行動は組織的観察法によって, 児童の学習行動については, 各授業時間の運動への試行回数及びALT-PE観察法によって, さらに学習成果については各授業終了時と単元の前・後の授業評価及び単元終了時の技能達成度によってそれぞれ分析した。
そこで得られた結果は次のようであった。
(1) 教師行動の分析結果から, Y教師がクラス全体を対象とした説明や指示を多く用いた指導 (直接的指導) で授業を展開しているのに対して, S教師は相互作用, 巡視, 個人への働きかけなどを多く, また説明や指示を少なくした指導 (間接的指導) によって授業を展開しているという差異が認められた。さらに, 教師は「行動に関する矯正的フィードバック」や「技能に関する否定的フィードバック」がY教師と比較して少なく「励まし」が多かったことから, 肯定的な授業の雰囲気が生み出されていたと考えられる。
(2) 児童の学習行動の分析結果から, 運動の試行回数及び主運動のALTにおいて両学級間に大スポーツ教育学研究 第14巻 第1号 平成6年6月差は認められなかった。ただ, 教師の教授技能によっては, その展開の仕方に若干の影響を及ぼすことも認められた。
(3) 学習成果の分析結果から, 直接的な指導を行ったY教師の授業は技能的達成でより大きな成果を残したが, 児童の授業評価は間接的な指導を行ったS教師の授業の方が高くなった。このことから, この事例的研究では, 間接的な教師行動は, 児童の授業評価, 換言すれば情意的成果によい影響を生み出すことが明らかになった。
(4) このような結果から, 教師行動は授業のプログラム変数やコンテキスト変数を規定したとしても大きな差が生じるということが確認できた。そして, これらの教師行動の差異は, 児童の学習行動に対してはほとんど影響を及ぼさないが, 学習成果には影響を及ぼすことが認められた。つまり, 児童の授業評価を高めるためには間接的指導の方がより有効に作用するということである。
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