ブドウの花穂では, 開花1~2週後に小花の多くが小花梗の基部からいっせいに落果する. 開花, 受粉した小花が結実または落果するに至るまでの過程を知るために, ‘マスカット•オブ•アレキサンドリア’について組織形態学的観察を行った. また, 結実率を高めるために一般的に行われている開花期前の摘心, 整房, ホウ素の散布の各処理は, 子房の発育にどのような影響を与えているかについても検討した.
1. 花粉管の伸長を蛍光顕微鏡で追跡した結果, 受粉1日後にはほとんどの小花で花粉管が子房内の4胚珠のうちの3または4胚珠内に, 珠孔を通って到達しており, 2, 4日後にみてもその到達率は変わらなかった. 結実率は摘心•整房区で28.6%, ホウ素散布区で15.8%, 無処理の放任区では9.5%と著しい差があったが, 花粉管の伸長数や, 胚珠到達率には区による有意な差はなかった.
2. 受精が完了したことを示す胚乳核の分裂は, 開花2, 3日後から始まり, 4日後には各区とも約80%の胚珠で2個以上の遊離核が認められた. したがって, 花粉管が胚珠に到達すればほぼ確実に受精が行われること, 及び放任区の結実不良は不受精が原因しているものでないことが推論される.
3. しかし, その後の遊離核の分裂活性には区による差が大きく, 開花4日後に5核以上に分裂している胚珠の比率は, 放任区では41.5%であったが, ホウ素散布区では52.6%, 摘心•整房区では69.4%であった. したがって, これらの処理は受精後の胚乳の発達を促進する効果があると考えられる.
4. 開花2~4日後から, 多くの胚珠で珠心の萎縮が起り, それらの胚珠はその後発育を停止し, 退化した. 開花6日後における退化した胚珠の比率は, 摘心•整房?区では約45%, ホウ素散布区で54%, 放任区では67%に達し, この頃から落果が始まった. どの区でも, 1子房内で3または4胚珠が退化すると, その子房は落果し, 1胚珠のみまたは退化しなければ, ほぼ確実に結実した. ただし, 2個の胚珠が退化した子房は, 放任区ではほとんどが落果したが, 摘心•整房区では約半数が結実した.
5. 以上のことから, ‘マスカット•オブ•アレキサンドリア’の落果は不受精によるものではなく, 珠心の萎縮に始まる受精後の胚珠の退化が原因と考えられる. 一つの小花が結実するかどうかは, 子房内で発育を続ける胚珠の数によって決まるところが大で, 開花期前の摘心及び整房, あるいはホウ素散布は, おもに胚珠の退化を防ぐことによって, 結実率を高めるものと考えられる.
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