九州大学における農業農村工学分野の教育・研究は,主として大学院農学研究院の環境農学部門生産環境科学講座に所属する6つの研究室(灌漑利水学,水環境学,土環境学,土壌学,気象環境学,生産環境情報学)が担っている。本文では,九州大学において実施されている九州地域に根ざした農業農村工学分野の基礎・応用研究を紹介している。取り上げている研究は,①佐賀平野クリーク水田地帯の水管理,②地域水環境の多面的機能の解明,③有明粘土の土質理工学的性質の解明,④持続的農業に必要な水資源確保のための人工降雨実験,⑤米生産支援のための知識データベースの開発,の5つである。
ポルトランドセメントに代わる材料として,火力発電所から産業副産物として出されるフライアッシュ(石炭灰)を利用し作製されるジオポリマーは,①アルカリシリカ反応の抑制,②乾燥収縮の減少,③水和熱の減少,④水密性の向上,⑤流動性の改善,などで優れた素材である。しかし,フライアッシュによっては,硬化しにくく,ジオポリマーとして強度発現しにくいものがある。本研究では,強度発現しにくいジオポリマーを固化・硬化させるために必要な普通ポルトランドセメントの添加量を明らかにした。また,ジオポリマーを作製するために使用する溶液に,水道水ではなく消石灰を用いたアルカリ性の石灰水を利用し,圧縮強さを高めることができることを明確にした。
多様な地勢と温暖多雨な気候をもつ九州地域では,北部に広がる筑紫平野を中心とした広大な水田地帯において水稲~麦作が行われる一方,南部の宮崎県および鹿児島県は,野菜,飼料作物,葉タバコ,カンショを中心とした多様な作物が栽培されている。このように地域によりさまざまな農業が営まれる中で,九州地域では現在実施中の地区を含めて81地区の大規模土地改良事業が実施されてきた。本報は,これら事業が九州地域の特性に合わせどのようなデザインの下,実施されてきたかを,筑後川を中心とする北部九州と,霧島山麓から大隅半島にかけての南部九州を例にとり俯瞰したものである。
福岡県では,農業・農村が育んできた多面的機能を「農の恵み」として位置づけ,これに対する支援(環境直接支払)を視野に入れた,県民と育む「農の恵み」モデル事業に県下14地区で平成17年度から19年度までの3年間取り組んだ。県民に分かりやすいという点で,生きものを指標とする評価手法づくりに着手したものの目的は達せられなかった。しかし,農家と消費者の協同事業としての田んぼの生きもの調査を通して,農業・農村への理解促進を図り,多くの共感を得ることができた。その結果,国が平成19年度から導入した農家だけではなく地域住民をも巻き起こんだ「農地・水・環境保全向上対策」事業への地域の取組みの際の一助となった。
かつて佐賀平野には,網の目のように走るクリークが存在した。近年の生活様式の多様化に伴う混住化の進展と農業生産性の向上のための「ほ場整備事業」の実施などにより,昔ながらのクリークはほとんど見られなくなり,集落内や一部の地域のみに残るだけとなった。直鳥地区は,昔ながらの農村景観を有した地区であるが,その現況は,クリーク内に泥土が堆積し,護岸は土羽構造であるため,侵食による法面崩壊が顕著である。県営地域用水環境整備事業に着手し,「地区内の水の循環」,「地域用水の有する多面的機能の維持増進」を図るとともに,貴重な文化財でもあり,古き農村景観の形を変えることなく保全した。