近年では,農業用水をも含めた世界の水資源に関する議論は,3年に1度開催される世界水フォーラム(World Water Forum,以下「WWF」という)がその中心的な舞台となっている。当室が中心となって行う国際かんがい排水委員会(ICID)ならびに国際水田・水環境ネットワーク(INWEPF)への貢献については,「WWFの開催年にどのような貢献ができるか」を常に念頭に置きながら,中期的な視点に立って進めている現状にある。本年3月,フランス・マルセイユにおいて第6回WWF(WWF6)が開催された。本報では,WWF6において日本の農業土木関係者がどのような貢献を行ったのかを中心に,ICIDならびにINWEPFの諸活動と関連させながら報告し,読者の参考に供するものである。
アジア河川流域機関ネットワーク(NARBO)は,2004年に水資源機構,アジア開発銀行およびアジア開発銀行研究所によって設立されたネットワークである。NARBOは,加盟機関の総合水資源管理(IWRM)に関する知識,経験および情報などを共有し,また,河川流域機関の設立支援および能力開発を行うことによって水ガバナンスを改善し,アジアにおけるIWRMの向上を図ることを目的としている。本報では,NARBO活動の実績,NARBO加盟機関の活動状況およびNARBOの展望を,IWRMとの関係を踏まえ述べる。
欧州において,農業部門については農業用水に関する施策も含めて共通農業政策がその枠組みおよびそれに基づく政策手法を決定している一方で,水資源については「水枠組み指令」が,セクター横断的な政策の基盤を提供している。しかしながら,全水利用セクター間の配分の効率性を最大の関心事項とする水枠組み指令と,農業生産の継続のための多額の農家支援を行っている共通農業政策の間には潜在的な対立事項を含む。本報では,潜在的な対立事項として水枠組み指令でその導入が指示されている全費用を考慮した水利用に対する価格付けに着目し,共通農業政策との整合性確保をめぐる議論を概観し,それが農業政策および水政策に与える影響を論じる。
水利制度改革(water reform)が進むオーストラリアについて,環境問題と農業用水問題の関係がどのように議論され,どのような制度進化を遂げているか,また,わが国の農業用水を巡る政策課題に対してどのような示唆があり得るかを論じた。まず,水利制度改革の背景から直近の動向までの大まかな流れを示し,灌漑用水から環境用水に向けた水再配分に関する諸施策を簡単に整理した。次に,水利権の公有化を目的とした市場活用型施策で革新的な農業環境政策として注目を浴びている農業水利権買戻し(water buyback)事業について,その効果と限界を検討した。最後に,環境・社会経済・経営の3つの観点から,わが国への政策インプリケーションを示した。
アラル海流入河川の1つシルダリア川では,ソ連時代には国内河川としてその流域内で大規模な灌漑開発が1960年代を中心に実施され,ダム,頭首工などの水源施設が数多く建設された。その結果,これらの大規模な灌漑農業の展開により,アラル海流域とその周辺にさまざまな環境・生態系破壊をもたらした。さらに1991年のソ連崩壊後,急遽国際河川となった同流域では既存の水利施設の運用・操作をめぐる上下流間の係争が新たに発生した。本報では,この係争の経緯と解決に向けた取組みについて論述する。
本報は,インドネシアの洪水多発地域の被害状況を報告するとともに,その要因を気象条件のみに単純化するのではなく,背景にある沿線住民の統制困難な行動や,その背景にある社会構造的課題を現地調査によって把握した成果をとりまとめた。そして,開発理論の体系的整理に基づき,現地踏査の成果から今後取り得る対応策について検討した。その結果,政府は施策の透明性を高め,住民の利己的な行動を統制しつつ,住民に対して地域の環境改善のために意識・行動変容を促すことが唯一考えられる方法であると推察された。そのためには,必要に応じて外部から指導者を動員しつつ,環境リスクや制約条件,施策の優先順位を政府と住民が共有できる機会を設ける必要がある。
発展途上国においては,水利権も土地利用権も先進国ほど明確に定義されておらず,農業用水管理の改善も順調には進まない可能性がある。数カ国の事例調査により,伝統的な水利権制度が変化しつつある国,土地に付属している水利権が土地とともに移転可能となりつつある国などさまざまな状況が明らかとなった。複雑な土地の権利関係により水田の普及が制約される恐れのある国では,水田整備を進める前に土地貸借契約を確認するなどの対策が有効である。灌漑用水路全体の管理体制も,当該地域の土地所有制度と水利権制度とに適合したシステムとする必要がある。水の合理的利用をはかるために,今後は土地の登記を確実に実施するなど,土地制度を整えていく必要があろう。
畑地灌漑計画を策定する際に,土壌の水収支を適切に把握することは重要であるが,これまでは,一般的に日消費水量は,各期別の期間中は一定値とされるなど,必ずしも現実の複雑な土壌水収支を十分反映したものとなっていないのが現状であった。そこで,今回は,その計画策定の前提となる灌水時期や灌水量の決定などに資することを目的として,北海道芽室地区のキャベツ畑を事例として,現場技術者でも比較的取り組みやすい手法としてのタンクモデル法を用いた土壌の水収支を解析するモデルを同定した。本報では,畑地灌漑の現場技術者にも,参考となるような事例紹介を目的として,モデルの同定とモデルによる推定精度を検証し,結果として,良好な推定精度のモデルが構築された。
青森県では,これまで津軽平野における約1万haに及ぶ県営西津軽地区ほ場整備事業や,ガット・ウルグアイラウンド対策の一環として,県や市町村負担の嵩上げにより,農業者負担金を当時,全国最低の5%程度とした緊急農地集積ほ場整備事業などを意欲的に実施してきた。その結果,30a程度以上に整備された水田の割合は,全国平均並みの62%となった一方,暗渠排水などにより汎用化された水田は全体の約4割にとどまっている。このことから,本報では,一般的に水稲の乾田直播栽培,汎用耕地などにおける土壌水分の制御方式として有効であるとされている「地下灌漑」と低コストで圃場整備を実施するための新工法である「反転均平工法」の実証試験結果を報告する。