沖縄県の宮古島は川も湖もなく水に乏しい島であったが,世界初の大規模地下ダムの実証に成功し,現在は国営かんがい排水事業「宮古地区(平成12年度完了)」により整備された砂川・福里地下ダムにより農業経営が安定・発展しつつある。また,さらなる発展のために国営かんがい排水事業「宮古伊良部地区(平成21年度着工)」を実施中である。本報では,当地域における農業用水開発の歴史として,有史から水道普及までの時代,「水なし農業」の時代,沖縄本土復帰後の「与那覇湾淡水湖計画」と「地下水開発計画」などについて紹介し,その後,農業水利施設を次世代に継承するための具体的な取組みとして,「宮古水まつり」や「畑水の日」制定などについて紹介する。
本研究では,都市化が進行している香川県高松市三郎池受益地を対象に,過去から継承されている水利慣行と現在の水管理との関係性を検討した。その結果,現在でも過去の水利慣行に基づいて水管理が行われているが,その内情は変化していることを明らかにした。都市化以前は用水の絶対量が不足していたため,用水を受益者に平等に配分することが重要であったが,兼業化が進行した現在では,このような厳密な水管理は困難であり,また,都市化によって面積当たりの水量が増強されたため,その必要性も弱まっている。水利慣行を維持しつつも,農業体系や水需要の変化に応じて水管理も変化しており,そのことが結果として地区全体の用水配分の平等性を維持することにつながっている。
先人がつくった古い歴史をもつ農業水利施設は,地域の農業を支えながら,多面的機能を発揮している。事例として,京都市内最大の農業取水施設である一ノ井堰とその周辺の農業用ため池をとりあげ,その景観保全機能と,そこからつながる農業用水路の灌漑機能と治水機能との調整の実態を整理する。また,受益地が市街化区域であるため多くの農地が宅地などに転用されるとともに,これらの農業水利施設を維持管理する農家の減少と残存する農家の高齢化と兼業化が進み,維持管理が困難になっている。そこで,維持管理を行っている洛西土地改良区の水管理システムの導入を紹介しながら,多面的機能を有する農業水利施設の次世代への継承について考える。
多摩川右岸を流れる二ヶ領用水は,約400年の歴史をもつ神奈川県下でも古い用水のひとつである。「二ヶ領」とは,江戸時代の川崎領と稲毛領に流水していたことに由来する。都市化に伴い,受益面積が減少する中で,都市部の農業水利施設の水遣いの歴史や水棲生物調査結果を報告したい。
北海道内に広く分布する地盤支持力に乏しい泥炭地において1970年代に造成された農業用水路には,沈下の抑制や施工の容易性などの確保を目的として,鋼板水路やコルゲート張り水路などの鋼製材料による構造がよく用いられていた。本報は,その開発の歴史や機能・構造上の特徴,その後の土壌の酸性環境下での劣化などの状況について概括的に紹介する。また,長寿命化を視野に,塗装の剥がれなどに起因して低下した施設の機能を診断するとともに機能保全計画策定を検討した取組みについて,「農業水利施設の機能保全の手引き」に記載されていない状態評価表を独自に作成する際の考え方などを中心に報告する。
東海農政局管内では,戦前からさまざまな農業水利施設の整備事業が進められてきた。しかしながら,現在これら多くの施設は老朽化が進行し,今後,緊急的な対策を要する施設が加速度的に増加することが懸念されている。また財政的にひっ迫している昨今にあっては,より効果的,経済的な長寿命化対策が求められている。このことから,施設の機能診断段階から対策工法の選定,施工管理,ならびにモニタリング段階に至る一連の過程において,要求性能を軸とした対象施設の機能評価手法を「水路保全対策の事前・事後評価方法書」として取りまとめ,平成12年から実施された保全対策工事を対象に再評価を行った事例について述べる。
農業用排水路に設置された魚道機能の検証を目的として,サクラマスが遡上する支流であり,魚類の遡上に配慮して階段式魚道を整備した農業用排水路において,魚類の遡上に関する調査を実施した。その結果,本排水路に生息するサクラマスやヤマメ,アメマスなどの遊泳魚が階段式魚道を通じて遡上していることを確認した。また,階段式魚道の隔壁切欠き部の流速とその流れに抗して遡上したヤマメの最小体長から,体長8cmより大きいヤマメの突進速度は200cm/sを超えるものと推察された。
小水力発電事業の事前検討に役立てられることを目的として,北海道オホーツク地域にある農業用ダムを対象とした小水力発電事業モデルの採算性の評価を行った。発電原価は発電期間や発電規模などの条件により異なる結果となったが,固定価格買取制度の調達期間20年間における収支では,発電電力量が大きいほど高い収益が見込まれた。また,この試算結果を,北海道オホーツク地域の産業連関表に基づく簡易分析ツールに投入して,地域経済波及効果を試算した。その結果,小水力発電の施設建設に伴う生産額のほとんどは地域外へ波及することになるが,電力生産により誘発される経済効果は地域内において持続的に発揮されることが示唆された。