農業農村工学あるいは農業土木学はある種,日本における特殊な学問分野ととらえられがちであったが,近年の東南アジア諸国の急速な経済発展によって,日本独自の農業農村工学を国際的に普遍的な農業農村工学の体系へと発展させる場が用意されてきた。この機に,農業農村工学の普遍化を念頭に,国際的展開を促進することがきわめて重要である。農業農村工学の国際的活動として,これまで数多くの海外調査研究や国際技術協力が実施されてきたが,これらの貴重な経験や成果は関係した個人のもとにとどまっている場合が多く,それらを農業農村工学全体の財産として共有し活用することが,今後の農業農村工学の普遍化,国際的展開の促進にとって,きわめて有益であると考えられる。本報では,農業農村工学の国際化・普遍化の意義と,それに向けた国際的学術活動の経験・成果の共有・活用について論じている。
大学法人化に伴い外部資金獲得が求められる中で実践した海外プロジェクト型研究の成果と,その波及効果について報告した。自己資金でインセンティブを担保したところ,後に大型プロジェクトにつながった。新しいテーマに対して柔軟な若手を起用すると効果的な運用ができると同時に,暗黙知であるノウハウを次の世代に伝えていくことができた。また,国の予算の支援を受けて訪問・招聘を行うと技術が相互に波及するという効果が見られた。活動を通じて流域を単位とした物質循環の重要性が明らかになり,地域に存在する未利用資源を活用することで環境浄化をしながら新規産業を興す「地域資源循環型社会の構築」という地域再生につながる概念が生み出された。
乾燥地の持続可能な農業の発展を目指して,砂質圃場の野菜栽培において,リサイクル資材(廃タイヤを原料にしたゴム製多孔質浸潤型地中灌漑チューブと,廃ガラスを原料にした発砲ガラス・ガラスビーズ・土壌改良材)を用いた省力型定水位地中灌漑技術を開発した。適用事例として,モーリタニア科学技術研究所ならびにケニア農業研究所カトマニ研究センターで実証試験を行い,種々の品種の野菜栽培を行った。その結果,野菜の収量増加と水利用効率の向上を確認した。上記の国際研究協力の研究成果が事業として可能かどうか,セネガルで実証実験と市場調査が行われ,さらに,モロッコにおける野菜栽培ODA事業へと発展した事例を紹介する。国際的学術活動の経験・成果の共有・活用について論じている。
国際水管理研究所(International Water Management Institute:WMI)は国際的な農林水産研究を行う国際農業研究協議グループ(CGIAR)を構成する15の研究所の一つで,1984年にスリランカに設立された非営利の国際研究機関である。2012年にストックホルム水大賞という権威ある賞を授与された際,「国際水管理研究所は農業用水管理で最高の組織である」と評されるなど,農業水管理研究においての最高権威とされている。本報では,国際水管理研究所の概要とこれまでの主な研究成果,日本との深い関わりに加えて,現在実施中の日本拠出プロジェクトの概要とその成果の活用展望を紹介する。
農林水産省の農業農村開発分野における協力として,国内外の農業農村整備で培った技術やノウハウ,人材を活用し,技術の蓄積・海外への適用可能性の検討や外務省・JICAなどによる二国間協力への参加,国際機関(メコン河委員会(MRC)・国際水管理研究所(IWMI)・国連食糧農業機関(FAO))を通じた多国間協力,国際かんがい排水委員会(ICID)や国際水田・水環境ネットワーク(INWEPF)と連携した国際的な水会議での情報発信を実施している。本報では,これらの協力の現状を紹介する。また,近年,ODAを戦略的・効率的に実施し,インフラ分野の民間企業の海外展開を支援することが求められてきており,それらを踏まえた今後の農業農村開発分野の国際協力の展望について述べる。
農村工学研究所は,単独の(独)農業工学研究所を経て,名称を農村工学研究所に改称し,農研機構の一つの内部研究所として再スタートした。そこでは,国際学会への参画,国際共同研究,国際機関との連携,JICAへの技術協力などを行ってきた。特に,現在の第三期中期計画のもとでは,地球規模の食料・環境問題や社会のグローバル化に伴うさまざまなリスクの発生などに対応するとともに,質の高い研究開発を推進するため,国際学会などでの研究成果の発表に努め,海外諸国や国際機関との共同研究を推進することとしている。そこで,ここでは農村工学研究所が独立行政法人に移行してから13年間で取り組んできた国際的な連携や協力の状況を示すとともに,今後の取組み方向やあるべき姿についての検討結果を報告する。
日本が今後研究分野で世界をリードしていくためには,発展途上国を支援する一環として日本国内での研修活動を重視する必要があると思われる。国際農林水産業研究センターが発展途上国の人材育成への取組みの一環として行っている国際招へい共同研究事業は,海外から招へいした研究者と日本人研究者との間で共同研究を行うことにより,招へい研究者が発展を遂げた日本の農業農村分野の経験を学習できると同時に,日本人研究者が,自然環境や社会制度の違いによって多様化した発展途上国の社会・文化的背景への理解を深めることができる。これらを通じて,その後の日本と招へい研究者の所属する国との間の研究交流の発展が規定できる。
農地基盤整備では,土壌改良工や暗渠工の施工に際して,有機質資材が使用されており,これらによる地中への炭素隔離により,温暖化ガスの排出削減に間接的に寄与できる可能性がある。しかしながら,実際に期待できる炭素の貯留効果についての具体的な検討は,試験研究機関により,一部の調査地区のデータに限定して行われた調査研究以外に見当たらない。そこで,農林水産省農村振興局農村環境課では,農地基盤整備における炭素貯留の可能性を探究する目的で,北海道から九州にいたる全国33カ所の圃場で,実際に資材を埋設し,3年間の炭素残存率の分析結果をもとに,長期にわたる炭素残存率の推定を試みた。本報では,その結果概要について報告する。
東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故により放出された放射性セシウムの農業用水源への移行と下流への拡散が懸念されている。農業用水における放射性物質の動態を解明するとともにその経時変化を予測することは,震災復興に欠かせない重要な課題である。本研究では,福島県の灌漑地区を対象に農業用水に対する水質調査と放射性セシウムのモニタリングを実施した。その結果,農業用水の濁度と放射性セシウム濃度に一定の関係があるという知見が得られ,幹線用水路に流入する農業用水の濁度をモニタリングし,管理者にリアルタイムで通知することで水管理上の対策を促し,放射性物質の農地への流入防止につながる可能性が示された。