気候変動の影響は,地域ごとにさまざまであり,それゆえ,具体的な対応自体は個々の地域が自ら主体的に考えていく必要がある。そのような中,国の役割の1つとして,情報提供・啓発が挙げられる。農業農村整備分野では,多様な条件を有しつつ全国に相当数分布しているため池への対応が課題の1つと考えられる。そこで,農林水産省農村環境課では,地域への情報提供・啓発のための基礎的知見を得ることを目的に,全国的に多様な条件で分布しているため池を対象に,一定の条件のもと,将来の気候変動(降水量変動)による災害や管理への影響(リスク変化)予測を試行した。本報でその概要と課題を報告する。
近年の気候変動のもとで,水稲の高温登熟障害が問題視されている。対策方法の一つである掛流し灌漑の効果が実証されているが,その実施には低温の用水が大量に必要である。また,用排兼用水路網では,上流側の水田で湛水されて昇温した排水を,下流側の水田で反復利用するため,広域での掛流し灌漑を計画する際には,水路内での水温変動をモデル化し,水田への取水水温を予測する必要がある。本報では,用排兼用水路網を利用する石川県手取川七ヶ用水を対象に,幹線水路および支線排水路での観測により得られた水温の変動特性を紹介する。また,用排兼用水路における水温変動モデルを排水の還流を考慮して作成し,気候変動下における適応策とその影響について考察する。
気候変動に伴う稲の高温登熟障害に対して,農家が取り得る適応策の一つに水管理が挙げられる。本研究では用水路の全区間でパイプライン化が完了した圃場と末端水路が開水路の圃場を対象に,夏季における灌漑の有無,灌漑時間帯の違いによる圃場への灌漑水温および地温の変化を比較した。灌漑水温はパイプライン化により水温上昇が抑制されることが示された。また,パイプライン化が完了した圃場では,高温登熟障害の発生要因となる夏季に夜間の灌漑を行うことで地温が低下することを示した。一方,同一の用水源であっても開水路区間を含む圃場では,流下過程で水温が上昇するなど,灌漑による地温低下は必ずしも期待できない可能性が考えられた。
積雪寒冷地の水田地帯では,積雪が重要な用水資源である。将来,温暖化が進むと,ダム流域の積雪水量の減少と融雪時期の早期化が生じて,水田への用水供給に大きな影響を与え,渇水傾向が強まると予測される。本報では,北海道の水田地帯を対象とした温暖化への対応方法に関する研究の現時点での成果として,まず個々の灌漑施設における温暖化に対応した用水供給の考え方とその実施に必要な積雪水量推定手法を紹介する。次に,気候モデルによる将来の気温・降水量を用いた流出解析結果により,ダム地点の流域の標高分布の違いが融雪流出の変化に与える影響を説明し,複数の灌漑施設間での連携した水管理が必要であることを述べる。
水田灌漑用水は,気候変動による水資源の変化により,大きな影響を受けると考えられており,特に代かき田植え期の水不足,いわゆる春渇水の発生が懸念されている。現在,愛知県を中心に普及しつつある不耕起V溝直播栽培では,冬季代かきが推奨されており,さらに夏・秋などの時期の代かきも可能とされている。こうした代かき時期の移動による需要の平準化は,春渇水への中長期的な適応策となる可能性を持つと考えられる。
農業者の減少や農村地域の混住化に伴い,農業を中心とした農村のコミュニティが徐々に失われていく中で,農地・農業用水などを主とする生産基盤を維持するためには,農業者のみならず非農業者である地域住民を巻きこんだ協力体制がますます必要である。農業体験は一般の市民にとって農業を最も身近に感じられる手段の一つであるが,農業・農村への理解に及ぼす効果についてはこれまでに調査された事例が少ない。そこで本報では,農業体験とともにさまざまな学習プログラムに取り組んだ児童へのアンケートをもとに,学習プログラムの内容と児童の農業観との関連性について調査した。その結果,同じ地域で育ち,同じ農業体験をした児童であっても,組み合わせて実施する学習内容によって異なる農業観が形成されていたことがわかった。
寒冷地において間隙中に水が浸透する環境条件下でポーラスコンクリートを使用する場合は,間隙の飽和・不飽和状態が凍結融解抵抗性および熱的性質に及ぼす影響を明らかにしておく必要がある。本報では,水路更生工法の中込材として用いられるポーラスコンクリートを対象に検討を加え,凍結時に間隙中に水が保持されていなければ十分に凍結融解抵抗性を有することを示した。また,不飽和状態のポーラスコンクリートの熱的性質は,飽和状態に比べて温度が変化しやすい,熱は伝わりにくくなることを示した。
阪神・淡路大震災や東日本大震災によって大規模な断水が発生し,被災地では飲用水のみならず生活用水の不足が大きな問題となった。断水時の生活用水の確保は,今後の大規模災害対策の重要な課題の一つであるが,現状では十分な対策が立てられていない。本研究では,断水時の生活用水供給施設として農業幹線用水路を活用することを考え,その効果を検討した。GIS解析と代替法によって,受益人数と経済的価値を試算する手法を構築し,全都道府県に適用した。その結果,日本全国の受益人数は2,496万人,経済的価値は年間28億円と試算され,地域差はあるものの,既存の農業インフラを防災インフラとして高度利用できる可能性を示した。
寒冷地の開水路に適用されている従来の対策工法では,表面被覆材の変状として浮き,膨れ,剥がれの発生,場合によっては部材内部の飽水度を増加させ既設躯体の凍害劣化を助長することが懸念されている。本報では,寒冷地の開水路における凍害発生メカニズムを踏まえ,凍害が発生している開水路の対策工法に求められる要件を整理する。その上で,この要件を満たしつつ将来的なモニタリングが可能な対策工法として,著者らが農林水産省官民連携新技術研究開発事業により開発を進めている水路更生工法の開発上の検討項目を述べ,試験施工により本工法の施工性を検証した結果を示す。