近年,大規模地震等の自然災害に対する国民の意識が高まる中,国営造成農業用ダムのおよそ3 分の2 が築造から20 年以上を経過しており,老朽化によるダムの安全性・機能低下に対して適時適切に対処していくことが求められる。一方,近年ダム建設現場の数は減少しており,これに伴いダム経験を有する技術者および研究者数も急激に減少しており,ダムの保全管理に向けては,産学官が連携してダム技術の維持・継承を確実に進めるとともに,ダムの補強・復旧工法や耐震照査手法の高度化等新たな技術・知見の蓄積を図る必要がある。本報では,農業用ダムの設計・施工技術の歴史的経緯,農業用ダムの保全管理に関する現状の取組みと今後の方向について述べる。
農業用ダムの地震時の挙動の予測や,動的解析結果の再現性の確認などに資するために,農業用ダムの地震波伝播特性を原位置で評価するシステムの開発を行ってきた。本システムは構造物およびその基礎地盤において,地震時に発生する地震波の伝播の過程や,その伝播速度などの特性を評価することを目的とし,数十点以上の多点の計測点における振動を同時にかつ連続的に,また通常の地震観測より早いサンプリング速度で計測することに特徴を有する。本報では農業用ダム堤体における現地適用事例を示すとともに,地震時挙動の予測における利活用の可能性や,原位置評価技術としての適用可能性について述べる。
農林水産省では,平成24年度から国が造成し所管している農業用ダムを対象に,造成時の設計施工内容の詳細確認,機能診断に基づく現在の健全性の確認およびレベル2地震動に対する耐震性能照査を包括した総合的な安全性評価を実施している。ダムの長期供用が進む中で,災害に対する安全性や将来的な機能保全に向けた評価手法が一層重要になってきている。これまでの安全性評価を実施してきた議論を通じていくつかの知見が蓄積されてきており,今回,これらの論点について,ダムの基礎,フィルダムおよび重力式コンクリートダムのそれぞれ視点から着目点を考察する。
昭和50年代から平成20年にかけて,多くのフィルダム建設が行われた。その中には,変形性地盤や断層破砕部を含む地盤上に建設されたダムもあった。変形性地盤では盛土荷重により,基盤面に複雑な変形が生じる。その場合,剛性が高いコンクリート監査廊は,基盤の変形が継目に集中し開きやずれ変位が生じ,継目の上下流方向に空隙を伴う漏水経路が生じる。その場合,盛土と基盤接触面の浸透破壊に対する慎重な対応が求められる。ここでは,破砕帯を有する基盤上に建設されたフィルダム監査廊の止水構造として開発された外防水止水板を用いた事例を紹介し,今後,長期にわたり注意深い監視・管理が行われることを願いこの報告を行っている。
平成10年より供用開始した荒砥沢ダムは,平成20年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震(M=7.2)の震源に近接しており,堤体基礎に設置された地震計の加速度が1,024galを記録した。この地震によってダム上流部で大規模な山体崩壊が生じたほか,堤体や取水施設の一部が被災を受けた。本報では,大規模な内陸直下型地震の被災を受けたロックフィルダムの挙動について,観測された地震波形や堤体に設置された浸透量,間隙水圧などの計測計器データの分析結果から,挙動の発生要因の考察を行うとともに,地震発生以降に実施された災害復旧工事および再湛水期間の安全確認時における堤体の挙動について報告する。
社会基盤施設の中でもダムに代表される貯水施設は,機能低下に伴う地域社会への影響が甚大である。2011年に発生した東日本大震災では,貯水施設の堤体部において,ひび割れ発生に伴う損傷実態と安全性照査法の確立が急務であることが明らかになった。特にコンクリートダムでは,ひび割れが堤体部の安全性へ甚大な影響を及ぼすことから,ひび割れに関する特徴量を非破壊で検出する方法の確立が重要な技術的課題となっている。本報では,既設コンクリートダムを対象に弾性波法によるひび割れの有無や深さ推定の有効性と今後の技術的課題を,筆者らが現在進めている衝撃弾性波法に関する取組みを中心に報告する。
ダム耐震性能照査における堤体の初期せん断剛性G0の設定には,堤体の調査ボーリング孔などを利用したPS検層でのせん断波速度Vsから算出する方法が多く用いられている。しかし,ロック材のような大粒径を含み間隙が大きい材料については,計測箇所によりせん断波速度が大きく異なるなど,代表的な値を求めることが難しい。そこで,本検討では堤体の代表的なせん断波速度の確認を目的に,大型三軸圧縮試験機セルを利用し,堤体と同条件での供試体のせん断波速度を測定することのできる装置を作成した。
本報では,農村地域とくにコミュニティ再編に取り組む中山間地域において,生活環境整備を進めるための方策を提案することを目的として,農村総合整備事業を推進してきた原理である農村アメニティを確認した後,コミュニティ再編と生活環境施設の整備に関する事例について,その原理が流れていることを確かめ,コミュニティ再編と生活環境施設の整備を進める上での方策を提案した。老若男女が過去・現在・未来とつなげ誇りをもって暮らせる中山間地域を実現するため,コミュニティ再編と生活環境施設の整備を進める上では,「伝統文化」や「子育て」を含む農村アメニティを重視し,生活の全体性を解釈することが大切である。
本報では,筑後川下流右岸地区において,クリーク法面の整備に伴う法面植生の初期管理の促進をねらいとしたワークショップ(WS)の成果をもとに,今後のクリーク法面の維持管理の促進方策と,維持管理の促進を支援するためのWS企画・運営の課題を考察した。その結果,学習・情報交換型WSを基本とし,除草作業を主導する各土地改良区間で,作業に当たる課題や住民参加を促す方策などの対策の共有化を進めつつ,WS開催地域の取組み状況を例示するなど外部評価を得られる機会をつくり開催地域への意識啓発効果と,他地域の参加者への除草作業の促進に当たる有益な情報交換を両立したプログラムづくりが有効となることを明らかにした。
コロンビアではコメは主要な作物の一つであり,特にアンデス山脈沿いに位置しているトリマ県などで盛んに生産されている。本報では,コロンビアの傾斜地を中心とした水田における灌漑方法および水利管理の実態把握を試みた。その結果,現地の条件に応じて農業用水を有効活用するための仕組みが見られた。具体的には,圃場レベルでは等高線沿いに畦を立てる湛水方法,ブロックレベルでは田越し灌漑や反復利用,地区レベルでは国主導で設置された灌漑区などの組織による水利施設および配水管理,さらにはそれを支える賦課金制度など,それぞれのレベルでの水利実態を把握することができた。
手取川・庄川扇状地では,戦後の食料増産と農村の生活環境の改善から,農業農村整備事業が実施され,流域の水環境が改善した。手取川扇状地の扇端部水路では全窒素が1.4mg/ℓから0.5mg/ℓに減少し,水源河川に近い水質の用水が得られ,良食味米生産が可能となった。庄川扇状地の扇端部では,地下水が河川底から湧出する水理地質構造のため,小矢部川の全窒素の低減は難しい。扇状地の生態系保全には,流域水環境の変化に対応した方策が望まれる。