本報は農業用水とその確保のための農業水利施設の整備・維持管理がSDGs達成に果たす役割を論ずるものであり,まずSDGsの成立過程とその達成に向けたフォローアップ枠組みを確認しつつ,SDGsにおいて,農業用水および農業水利施設の整備・維持管理と関連が深い目標・ターゲットについて考察する。次に,SDGs達成に向けた日本の取組みと,その中での農業用水の位置付けを確認するとともに,国連のフォローアップ枠組みを通じた世界各国による自発的レビューにおける農業用水への言及の有無を確認し,その要因を統計的に分析する。本報はこれらを通じ,農業用水とその確保のための農業水利施設の整備・維持管理,ひいてはこれらに係る科学技術を支える農業農村工学が「持続可能な開発」の観点からも重要であることを示すものである。
持続的な開発目標(SDGs)では,飢餓撲滅に加え,食料安全保障や栄養改善の実現・持続可能な農業促進が目標とされた。農業農村開発では,農業を産業として捉えて技術開発を展開してきたが,農業にはヒトの生存や健康に必要な栄養素の供給という本質的な役割がある。SDGsでの農業と栄養改善との併記は,農業農村開発に携わる者が本来取り組むべき課題を示したといえる。本報では,マダガスカル国の栄養バランスや栄養素供給源を分析した。今後マダガスカルで農業農村開発協力を進める際,産業としての稲作だけでなく栄養改善面からのコメの位置づけ,さらに不足する栄養供給への留意が,SDGs達成に貢献する新しい開発戦略となるであろう。
国際協力における持続可能な開発方法のひとつは人材育成である。(独)国際協力機構(JICA)は,マラウイ国への国際協力事業で伝統的な技術移転の考え方と移転手法および技術選択を農業普及に適用して,7年間に約56,000人の農民を開発人材として育成し,小規模灌漑区2,535カ所・約5,000 haが開発され,それら家族の食糧自給の強化と貧困緩和に寄与した。協力終了後も,それら人材が自助努力で開発を持続している。本報では,策定した協力方針と実施した協力方法を協力アプローチとして解説し,かつ協力成果と持続性を検証・考察する。その目的は,多くの開発途上国で同アプローチによる持続可能な小規模灌漑農業開発を促すことである。
小島嶼開発途上国では,エネルギーや水資源の安定供給の面での課題,観光開発に伴う海洋資源への影響や,耕作放棄の増加,食料自給率の低下などの食料の安全保障に関する懸念,沿岸域の気候変動に対する脆弱性など,きわめて複雑で幅広い問題を抱えている。しかしこれまでの技術支援や研究取組みを俯瞰してみると,農業農村工学が太平洋島嶼国でのSDGs達成に貢献できる分野は多岐にわたるといえる。本報ではパラオ共和国を対象に,現在進行中の資源循環型社会へ向けた取組みや,食やエネルギーの安全保障,農業農村の活性化へ向けた構想について紹介する。さらに,著者らが持続可能な開発や農村再生を目指して取り組んできた研究調査内容について概説し,今後農業農村工学分野が解決すべき課題について述べる。
SDGsターゲットの1つで投資拡大が求められている農村インフラの中で,水源施設は最も重要なものの1つである。政府レベルの支援によって,開発途上国でも大規模な水源施設は珍しくなくなったが,現地に根付く技術を提供できている例は少ないと推察される。途上国の技術水準を引き上げ,さらには持続可能性を実現するためには,技術の速やかな移転と確実な定着を目指した技術協力が必要である。本報では,発展途上国に他国の技術支援によって建設された小規模水源施設の状況について現地調査を行った結果を報告する。技術援助で建設した施設が有効に機能しない事例への考察をとおして,現地に根付く技術を提供するために必要な事項について提案する。
農業農村工学分野で取り組まれてきた,メタン発酵を中核とした資源循環システムは,廃棄物の削減,エネルギー生産および化学肥料を代替できる液肥の生産が可能で,政府がSDGs実施指針で示した優先課題「省・再生可能エネルギー,気候変動対策,循環型社会」を解決するためのツールとなる。また,メタン発酵システムを地域に適用することにより,直接関係するメタン発酵事業者,地方自治体だけでなく,地域住民や農家などのあらゆる関係者の意識が変わるきっかけとなり,持続的な社会の構築に向けた行動を促すことができる可能性を持っている。
「持続可能な開発目標(SDGs)」には農業農村工学に関係する項目が数多く含まれ,民間企業も事業活動を通じて貢献することが期待される。当社は,携帯電話回線を利用し独立電源で稼働する安価なテレメトリーシステムを開発した。自社サーバにデータを収集し機器の状況を監視することで,持続的な観測体制の維持を支援している。研究プロジェクトやODA資金を得て,このシステムをインドネシアの泥炭地に展開し,大量のCO2や大気汚染物質を放出する泥炭火災を引き起こす地下水位の低下を遠隔監視するシステムの有効性を提示した。このシステムは,タイ・ベトナムなど他の国・地域や農業用水管理など他の目的にも広く活用されている。
海外農業農村開発協力においては,SDGsの目標のうち,貧困や飢餓の撲滅は,最も重要な目標の一つであろう。SATREPSはSDGs目標達成に資する研究プログラムと言えるが,農業農村工学に関連する研究活動について,終了時報告では高く評価されているものの,研究成果の社会実装については達成されたという報告はない。コンサルタントが培ってきた研究成果の開発途上国への適宜導入の経験を活かし,SATREPS研究成果の社会実装を担うアクターとしてコンサルタント参画を提案する。また,SATREPSに限らず,SDGs目標達成に資するためには,コンサルタントと学術機関が連携を強化して課題解決に臨むため産学連携プラットフォームの構築や活性化が必要である。
本報では,トマトを事例として,AE計測に基づく作物の水ストレス診断についての可能性を提示した。AEとは,計測対象から発生する弾性波を受動的に検出する非破壊計測法である。検討の結果,水ストレスを受ける作物では道管部において気液二相流の発生が示唆され,AEパラメータによる定量評価が可能であることが明らかになった。
北海道における家畜ふん尿を主な原料とするバイオガスプラントは,悪臭や水質保全対策として消化液を農地に還元できる草地型酪農地帯に導入されてきたが,FIT制度を背景に大規模なフリーストール牛舎の酪農家への導入が進んでいる。本報では,北海道におけるバイオガスプラントの導入動向を示すとともに,この内,特に先導的に取り組んでいる十勝総合振興局管内の鹿追町と士幌町の取組み事例について報告する。鹿追町と士幌町のプラントの導入動機やプラント型式の違い,導入後の低コスト化・シンプル化に向けたプラントの改良の取組みなどについて考察するとともに,家畜ふん尿など地域に豊富に賦存するバイオマス資源など再生可能エネルギーの利活用による地方創生への貢献についても報告する。
長野県松本盆地南西部の畑地帯に発生する砂塵を抑制するための技術開発を行っている。本報では,冬生雑草であるコハコベ(ハコベ)を主体としたマット状の群落の形成について言及した。耕起によって表出したコハコベの埋土種子は5℃以上の環境で発芽する。発芽したコハコベは,雑草防除のために行う11~12月の除草剤を散布しなければ生存して越冬し,これが春にはマット状を呈するまで成長して地表を覆う。長野県松本盆地は,12月末~2月の平均気温が0℃以下になるため,この時期に畑地で生育できる雑草植生は冬生雑草に限られる。本報で検討した冬生雑草群落は,新たな作業や投資を必要としないため,営農に取り入れられる可能性は高いと考える。