日本三大疏水の1つに数えられ,2016(平成28)年11月に世界かんがい施設遺産に登録となった安積疏水は,1879(明治12)年に国直轄の農業水利事業第1号として着工し,当時の最先端技術を駆使することで,広大な農地を生み出した。本地域は安積疏水を基軸とした農業農村整備事業を展開することで,広域な農村地域を形成し,同時に33万人規模の都市と共存している。なお,近年の高齢化・人口減少による人手不足や,都市化に伴うゴミの流入など,施設の継続した維持管理に課題を抱えている状況ではあるが,世界かんがい施設遺産登録により見学者が増加するなど,土地改良施設への認知度向上に寄与している状況を報告する。
三重県多気町勢和地域にある立梅用水を対象に,農業用水を核として地域づくりを実践してきた実態の整理から,世界かんがい施設遺産の認証は,立梅用水を舞台とする活発な住民活動や長年の取組みの一環であることがわかった。地元中学生を対象とするアンケート調査結果からは,地域社会ぐるみで繰り返し行われる教育・ボランティア参加によって,世界かんがい施設遺産に認定された水利施設への高い認知度を確認することができた。地域づくりをさらに発展させるためには,認証された水利施設を適切に維持管理するだけでなく,背景となる農業と世界かんがい施設遺産を含む地域資源への深い理解と感謝をもつ次世代の育成が重要となることが示唆された。
宮崎県北部の高千穂郷・椎葉山地域は,2015年に世界農業遺産に認定された。認定の要因の一つである山腹用水路は,開削当時の素掘りの隧道などが老朽化しているが,費用対効果条件を満足できず事業着手が難しい状況にある。そこで山腹用水路を整備することは,高千穂郷・椎葉山地域の環境保全に寄与するという独自の効果を設定し,地域住民を対象に支払意思額を調査して効果を算定した。これに基づいて事業計画を策定した事例を紹介する。支払意思額には,地域住民の山腹用水路に対する理解の程度が反映されるため,近年実施された重要な啓発活動も併せて報告する。
平成29年11月,国内9カ所目の世界農業遺産に認定された「大崎耕土(持続可能な水田農業を支える『大崎耕土』の伝統的水管理システム)」の重要な構成要素の一つである屋敷林「居久根」の呈する景観(居久根景観)の保全に向けた取組みについて紹介する。具体的には,①ワークショップを通じた居久根景観保全に向けた課題の抽出,②小型UAV空撮画像を用いた三次元モデルによる居久根景観の可視化,③航空写真・三次元化技術を用いた居久根の抽出と計測の3つの取組みについて報告する。小型UAV空撮や三次元化技術を用いた取組みは,今後の居久根の維持管理や景観保全に向けた内外へのPR,継続的な居久根景観のモニタリングなどにおいて有効と考えられた。
2017年11月に世界農業遺産(GIAHS)に認定された大崎耕土は,地域の農業を支える巧みな水管理,豊かなランドスケープ,伝統的な農文化,生物多様性と共生する農業システムが評価されたものである。アクションプランを進める上での問題点などを整理した結果,市民参加の推進,農業水利管理保全システムの重要性の再確認,居久根保全システムの確立,大崎耕土の価値の可視化とツーリズムとの連携の課題があることがわかった。大崎耕土の持続可能性の獲得に向けて,一般には理解しにくい農業水利管理や居久根などの価値についてわかりやすく可視化し,現地でのさまざまな営みと併せて全体的・総合的かつ動的に保全管理していくことが必要である。
国際連合食糧農業機関(FAO)が2002年に開始した「世界農業遺産」(GIAHS)制度は,国内では2011年度から認定が始まり,現在では11の地域が認定されている。本報では,SDGsの視点からみた国内のGIAHS認定地域の活性化について,定性調査(2018年8月に実施したアンケート調査など)の結果および,SDGsの活用法の事例として3つの取組み(「SDGs未来都市」に認定された石川県珠洲市,宮崎県日之影町の山腹用水路を活用した小水力発電,宮城県大崎地域の農業遺産関係者による多面的な情報発信)を報告する。SDGsの視点から農業遺産や農山村を捉えることで,農村振興につながる新たな視点を得ることができる。
韓国,日本,中国など東アジア地域では,次世代に継承すべき伝統的な農業知識,知恵などの農業資源が世界農業遺産として認定された事例が少なくない。しかし,農業遺産を持続的に管理,保全するためのモニタリングについての事例,研究などはあまり見当たらない。本報では,農業遺産地域のモニタリングの概念と目的を踏まえた上で,韓国の世界農業遺産地域で実際に行われたモニタリングの事例を検討し,その成果と課題について報告する
豪州国の公開資料をもとに,太平洋熱帯域,インド洋での気候変動が起こす降雨変動に伴うマレー川流域の水環境の変化を検討した。2002,2006年と少雨が続き,2007年にはダム貯水量が枯渇,水価が急騰して水田面積が急減した。平坦な地形,少雨,厳しい乾燥によって,灌漑水は,地層中の塩を融出させ,地下水・河川水の塩分濃度を高める。地球温暖化対策によっても将来の降水量の減少が予想される。アジアモンスーン域以外での水田農業の持続性には,疑問符がつく。
主として東日本大震災における調査をもとに,災害復旧現場での労働時間の管理や健康問題への具体的対策として,被災現場近傍への臨時の宿泊施設確保を以下のような構成によって提案する。①残業の実態把握をもとに長期的な労働負担を明らかにするとともに,②担当者の居住場所と被災現場が離れていることによる移動時間がもたらす業務への影響や,③災害復旧現場での肉体的・精神的負担による健康障害のリスクの増加などが危惧されることを示し,④解決として被災地近傍での臨時の宿泊施設の早期確保の必要性を述べ,⑤対応策として自衛隊のテント利用・仮設公舎建設を提案する。
ミャンマーでは2012年の新たな農地法の制定を契機に,本格的な圃場整備事業が始まった。このような状況のもと,日本水土総合研究所は農業インフラシステム海外展開促進調査の一環として,2014年にミャンマー中部のバゴー管区オクトウィン郡区で約40 haのモデル圃場を整備した。モデル圃場整備事業の事業効果を検証するために,全受益農家27戸を対象に事業実施前,事業実施1年後,事業実施2年後の耕うん機,トラクタ,コンバイン等農業機械の利用状況,営農形態の変化および事業に対する満足度などについて対面調査を継続的に実施して経年的に変化を捉え,圃場整備により農業機械の導入が大幅に進んだことを確認した。
農林水産省の直轄地すべり対策事業「高瀬地区」は平成16年度から30年度にかけて,総事業費99億円の地すべり防止対策を進めてきた。今回事業完了に伴い,高瀬地区の概要,本事業で実施した対策工の概要,概成判断について紹介する。