本研究の結果を總括すると次の如くなる.
1)精密切削に於ける錐の磨滅個所及び經過は臨界送りを分岐點として二形態に分れる.即ち臨界送り以上に於ては切刄の角或はランドが壽命點に達して急激に缺壊するがこの送り以下ではのみ部及びこれに近い切刄が徐々に磨滅し壽命點に達してこの切刄部分が急激に缺壊するものである.
2)この原因は構成刄先の成生に依るもので臨界送り以上の送りでは構成刄先の生成が僅少であるか絶無であるに反しこの送り以下になるとのみ部及びこれに近い切刄の部分に構成刄先が強く成生するためである.
3)以上の特性は軟鋼の如く長い連續切屑の削串される被削材に於て發生するもので,鑄鐵の如く小片の剪斷型切屑の削出される鑄造材に於ては發生せぬ.これは鑄鐵の如き被削材に於ては構成刄先の成生が少いか皆無のためである.
4)構成刄先の成生しない切削條件下に於ては錐の壽命と切割速度及び送りとの關係は,重切削に於て認められてゐる
L-V曲線及び
L-S曲線で示される.臨界送り以下の送りになつて構成刄先が成生すると
L-V曲線及び
L-S曲線の性質は全く亂れて來て,所謂壽命の特異現象が發生する.
5)この壽命の特異現象は旋削に於けるバイト壽命の特異現象と全く同一の性状を示す.從つて從來未定見であつたバイト壽命の特異現象の原因も又構成刄先の成生に基因することが判明した.
6)構成刄先の成生と,これに伴ふ壽命の特異現象を誘起するに至る時の臨界送りは,切削速度に依つて變化する.
7)経濟的切削速度は必ずこの臨界送り以上の範圍で選定せねばならぬ.從つて精密切削に於ける切削條件を決定するには先づ第一に臨界送りを求めることが必要である.
8)構成刄先が成生するとバイトめ場合と同様錐の磨耗は剔れ作用に依る凹み磨耗に依つて急進行する故壽命が激減するのである.
9)構成刄先が成生すると推力及び捩リモーメントの増大を來す.從つて臨界送りを求めるには送りと推力及び捩りモーメントの關係を實驗しこれ等二者が増加するに至る時の送りを求めれば良い.
10)實際的には推力と自由送りとに依つて試驗する方が簡易である.この方法に依つて軟鋼半硬鋼,黄銅,超ヂュラルミンの場合に就て吟味した結果は壽命試験より求めた結果と完全に一致した.
11)構成刄先に依つて生ずる推力の増加は送りが減少する程大となる.併し切削速度が減少すると増加推力は最大値となつた後減少して來る.
12)この増加推力は切削速度の増加するにつれて増大し最大値となつた後は逆に減少する.
13)増加推力の大小は構成刄先の成生の難易を示すものと考へられるから,11)12)の結果は構成刄先の成生に及ぼす送り及び切削速度の影響を示すものである.この影響は旋削に於ても同様に認められてゐる.
14)精密切削の範圍に於ては錐の壽命は推力及び増加推力に反比例する.併し切削速度が變化すると推力及び増加推力の單位當りの壽命減少率は違つて來る.
15)増加推力單位當りの壽命減少率は構成刄先の成生し易い切削速度に於けるもの程反比例的に少くなる.これは構成刄先の發生と脱落の週期に基因するものと考へられる.
16)精密切削の範圍に於ては錐の壽命は推力及び増加推力に反比例するから臨界送りに於ける壽命と,兩推力の單位當りの壽命減少率を知れば,各切削速度に就て推力と送りとの關係を試験しただけで,實際に壽命試験を行つた結果と同一の結果を理論的に求めることが出來る.
17)錐の直徑が小になるにつれて臨界送りは双曲線的の傾向に増大する.
18)捩れ角が約50°より減少するにつれて臨界送りはその減少角の2乗に比例して増大する.
19)心の厚さが増加するにつれて臨界送りは心厚の2乗に比例して増大する.
20)シンニングを行ふと臨界送りは減少する.特にのみ部及びこれに近い切刄部分に亙つて研磨せばその減少は著しい.
21)以上述べた17)~20)の原因は切屑の變形と排出に依るものである.從つて精密切削用專問錐としては錐の破壊張度上よりの條件を充足する範圍内で出來る丈け切屑の變形と排出を良好ならしめる如き形状として構成刄先の成生を防止することが大切である.
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