信頼性の高いばらつきの少ない機能製品を設計するときに有用な実験計画法の手法は,伝統的な数理統計学の方法とは全く異なる.その数学的基礎は,二次形式によるパーセバル分解であり,その経済的背景は二次的損失関数(Quadratic loss)である.コストも下げ機能品質もよくするこの方法は,米国の技術分野に広く用いられようとしている.本講座は,米国での現状を紹介しながら,それらの手法の基礎と応用をできるだけ詳細に技術者向きに解説することを目的にしている.
いままで述べたことは,目標値や真値からの差による損失は,差の2乗に比例するということと,差の2乗の大きさの平均である誤差分散は,技術の世界では,校正や調整後の値を求めなければならないということである.そのためには,観測データの2乗和の中から,校正や調整によって除ける部分の変動を差し引いた誤差変動を求め,自由度で割って誤差分散を求める必要がある.全2乗和を求めることは簡単でも,校正や調整方法によって除ける部分を求めるには,一般には分散分析の手法が必要である.分散分析の手法は数学的にはパーセバル分解であり技術的にはスペクトル分解と同じものである.全2乗和の中から,ある成分に対応する変動を求めることは全スペクトルのパワー(2乗の積分)の中から,特定の周波数成分のパワーを求めてその大きさの比を調べたり,全出力を信号のパワーと雑音のパワーに分解するという計算と全く同じものである.スペクトル分解では,関数空間のノルムの2乗を信号の大きさと雑音の大きさに分解するが,分散分析では有限次元のユークリッド空間すなわちベクトル空間で同じことを行っている.
全2乗和も,校正や調整によって除ける変動もすべて観測データの2次形式で,計算上のルールは2次形式の理論である.2次形式は,その係数が作る行列と一対一に対応するから,単位行列を校正や調整によって除ける行列と残りの行列に分解する計算法といってもよい.本章においては,校正作業は基準点校正と傾斜校正のみを取り扱ったので,それらに対応する変動の自由度は1で,変動に対応する行列の階数も1であった.しかし,一般にはもっと複雑な校正や調整も必要であり,ダイナミックな特性になると信号の効果も考えなければならない.データの個数は時には数十,数百にもなる.データの個数が60個でも,その2次形式の行列の要素数は3600となって,60×60の行列の階数を求めたり,行列間の直交性を確認することは数学的な一般論からはほとんど不可能な作業である.
分散分析の計算法は,わずかの計算上の規則を覚え,それを利用することで間に合うのである.そのためには,分散分析の計算上のルールを理解し,演習を通してそれらを利用できるようになることが望ましいのである.分散分析の計算法自体は古いもので,米国などの実験計画法の本にも解説されている.しかし,米国の文献では,分散分析は仮説検定のためのもので,ここに述べている誤差分散を求める目的ではない.計算上のルールのみが同じだといっているのである.
しぼらくは,分散分析のルールとその応用を述べることにする.
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