スポーツ社会学研究
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  • 大村 英昭
    12 巻 (2004) p. 1-14,103
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    スポーツを鎮めの文化 (calming culture) として観察記述することを思い立ったのには、いくつかの契機、ないし理論上のモデルがあった。一つは、もちろんE. ゴフマンが皮肉な目線で概説した、なだめ役 (cooler) のこと。はじめてコレを読んだときから、私のような坊さん稼業の者は紛れもない、世間さまを相手にしてのなだめ役に違いない、と冷や汗をかいたのをよく覚えている。それでも、私が煽る文化 (agitating culture) の典型だと考える「禁欲的頑張る主義」に、それこそ一色に染め上げられている観のある競技スポーツの世界に同じ「冷却」の機能があるなどとは思いつきもしなかったであろう。
    だから、発想を逆転させる最初の契機は、井上俊学兄に教えていただいた「敗北者の高貴」(nobility of failure) のことであったように思われる。雨天の日など、体育の時間に聞かされたスポーツ・ロマンには、勝利者の栄光にもまして、まさに「敗北者の高貴」にふさわしい話がいくらもあったからである。俗っぽい思惑に汚されない限り、スポーツ競技は、勝利者を讃えるのと同じ評価尺度をもって、他方では「敗北者の高貴」をも創り出すことができる。こう思いつけば、あとは簡単、メッセージ・レベルでは、かりに「煽る文化」であったとしても、もっと深いメタ・レベルで、スポーツが言外にしている働きは、人びとを、恨みや嫉みに満ちあふれた生活世界から解放し、併せて各自の“実力差”を誰にも納得させ、己れの“分”を知るという仕方で鎮めているのだと思いいたったのである。もとよりカリスマの「日常化」、闘争の「儀式化」、そして教団の「鎮静化」など、フェーズ・ムーブメントの諸相をめぐるいくつかの先行研究が理論構築上のモデルとなったことは言うまでもない。
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  • 日下 裕弘, 野崎 武司
    12 巻 (2004) p. 15-24,104
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本研究では、主として市川浩を基礎とする現象学的身体論や湯浅泰雄の人体科学論等に準拠し、スポーツにおける身体の問題を分析するためのひとつの枠組みを提示し、先行するいくつかの研究成果を加えながら「スポーツ身体論序説」として若干の考察を行った。
    枠組みには、市川の「図と地」「錯綜体」「同調」、ギブソンの「アフォーダンス」、湯浅の「3つの回路」、および、滝澤の「身体の論理」などの概念を用いた。さらに、この枠組みに沿って、亀山、日下、西村、野崎らのスポーツする身体に関する議論を位置づけ、若干の考察を加え、今後の研究に資した。
    遊びやスポーツやダンスなど、人間の身体活動 (運動) に関する身体論的考察は、本研究でとりあげたものの他にも、多数、散在している。この分野は、近代批判をひとつの使命とするスポーツ社会学の重要な領域のはずである。
    また、本研究で構築した枠組みのほかにも、熟慮されたさまざまなパースペクティブからの考察も可能であろうし、かつ必要であろう。
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  • マンツェンライター W., 杉本 厚夫
    12 巻 (2004) p. 25-35,105
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    20世紀後半の日本サッカーの隆盛は、社会的・文化的な変化のより広い文脈に言及しないで十分に把握することができない。そこで本論文では、サッカーを参加している観衆による一時的な集団のために特定の条件下で作り出されるイベントとして捉える。そして、人類学の見地から、サポーターと観客がスポーツイベントの「演技」における中心的な役割を占めていることについて論じる。また、社会学的な見地から、その特定の構造と中身 (スポーツ) のために、イベントが後期近代の住民の社会的ニーズを満たすために適切であることを開示する。その結果、イベントの中心的な意味がその特別な経験を強調し続ける一方で、一般的なイベントの意味が特別なことから普通のことに変化したのにつれて、サッカーが日本社会のイベント化の中で典型的な役割を演ずるようになったことを論じる。
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  • 岡田 桂
    12 巻 (2004) p. 37-48,106
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    英国や欧州におけるサッカー・リーグの試合では、時おり、男性選手同士がキスし合うパフォーマンスが見受けられる。こうした行為は、ゴールを決めた際の感激の表現として理解され、受け入れられてはいるが、通常想定される「男らしさ」の価値観からは逸脱している。近代スポーツは、その制度を整えてゆく過程で、男らしさという徳目に重点を置いた人格陶冶のための教育手段として用いられてきた経緯があり、サッカーを含めたフットボールはその中心的な位置を占めていた。それではなぜ、男らしさの価値観を生みだしてゆくはずのサッカー競技の中で、「男らしくない」と見なされるような行為が行われるのだろうか。この疑問を解く鍵は、近代スポーツという制度に内在するホモソーシャリティにある。男らしさの価値観を担保するホモソーシャリティは、異性愛男性同士の排他的な権利関係であり、女性嫌悪と同性愛嫌悪を内包する。サッカーをはじめとするスポーツ競技は、ジェンダー別の組織編成によって制度上の完全な女性排除を達成しており、もう一方の脅威である同性愛者排除のために、ホモフォビアもより先鋭化された形で実践されている。こうして恣意的に高められたホモソーシャルな絆によって、スポーツ界は通常の男らしさ規範に縛られない自由な表現が許される場となり、キスのような、通常であればホモソーシャリティの脅威となり得るホモセクシュアリティを仄めかすようなパフォーマンスも可能となるのである。つまり、こうした行為は「自分たちは同性愛者ではない」という確固とした前提に基づいた、逆説的な「男らしさ」の表出であるといえる。また、男性同士のキスという全く同一の行為が、プロ・サッカーという特定の文脈では「男らしさ」を表出し、他の文脈では正反対の意味を構成するという事実は、ジェンダーというものが行為によってパフォーマティヴに構築されるものであり、ジェンダーのパフォーマンスとそれが構築する主体 (不動な実体) との間の関係が恣意的なものであること、即ち、行為の実践によってそれが構築する主体をパフォーマティヴに組み替えてゆくことができる可能性を表しているといえる。
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  • 石岡 丈昇
    12 巻 (2004) p. 49-60,107
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    第三世界とスポーツをめぐっては、1980年代後半以降飛躍的に研究が蓄積されてきた。グローバリゼーションの進展という現実が、スポーツ社会学者を第三世界へと向かわせたのである。第三世界という未知のフィールドを前にスポーツ社会学者たちは、文化帝国主義論や文化ヘゲモニー論といった政治経済的視点に基づく一般性の高い枠組みを当てはめることで、分析をおこなってきた。
    ところが、こうしたマクロな政治経済に基点を置いた考察に対し、ミクロなフィールドの状況から論理を組み上げる必要性が唱えられた。抽象度の高い枠組みを措定するのではなく、それぞれの研究者が個別の現場と向かい合うなかから論理化作業を企てることが主張されたのである。
    本稿は第三世界の個別の現場に出向く上で、方法論的認識論的に、スポーツ社会学者に何が要求されるのかを検討するものである。そのために、第三世界を対象とした既存の研究を辿るなかから、これまでの研究が何を見てこなかったのか論議する。
    個別性に拘ったフィールドワークの成果として、マンデル夫妻やヴァカンの研究を敷衍しつつ、スポーツを介して形成される空間の構成原理を担い手の次元にまで降り立って議論する必要性を主張する。さらにそのことが、第三世界のミクロなフィールドに出向いた研究者が直面する、当事者性の問題であると指摘する。
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  • 海老島 均
    12 巻 (2004) p. 61-70,108
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本論文では、アイルランドの独立運動において重要な役割を果たしたGAA (Gaelic Athletic Association) が様々な揺らぎを経験しつつも、最終的にナショナリズムの波に合流していく過程を、グラスルーツ・レベルのメンバーのメンタリティに焦点を当てて検証した。
    GAAの各クラブは、アイルランドの近代史を語る上で重要なカトリシズム、さらにそのパリッシュ (小教区) をベースに設立された。また、土地解放運動を展開したINL (Irish National League) もGAAクラブ設立で重要な役割を演じた。カトリシズムと土地解放を中心とした自治権獲得運動、この二つのイデオロギーがGAA設立の大きなバックグラウンドであったといえる。
    交通網及びマスメディアが未発達の当時は、聖職者を中心とするパリッシュが人々の生存の基盤であり、また支配者階級のイギリス人地主に対抗するためパリッシュ内の凝集性は極めて高いものとなっていった。「我がパリッシュ」という「われわれ」アイデンティティとパリッシュ住民の自己アイデンティティはほぼ同一であり、いわば極めて単層化に近い構成のメンタリティがそこには存在した。このメンタリティが、さまざまな外界との接点を通して「われわれ=われバランス」に変化を来した。GAA等の活動を通したパリッシュ間、カウンティ間の交流、さらにパリッシュあるいはカウンティを横断したナショナリスト団体との繋がりによって、彼らのメンタリティの中に存在していたナショナリストとしての「層」が強固なものとなった。特にGAAの理念の中心となっていったBan (外国ゲーム禁止令等の制限ルール) により、イギリスの文化的侵略に対する認識が高まった。このことで「われわれ=Irishness」のアイデンティティが先鋭化し、占領者、占領文化に対する強固な抵抗へと具現化していった。
    分析の資料としてはGAAクラブ史に焦点を当て、今まであまり分析対象とされなかったグラスルーツ・レベルでの変化を検証し、独立運動へと向かった伝統スポーツの継承者たちの社会心理を浮き彫りにした。
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  • 坂井 康広
    12 巻 (2004) p. 71-80,109
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本稿の目的は、電鉄会社あるいは電鉄会社の関連企業が設置経営した野球場が戦前期におけるわが国の野球界に占めた重要性を考察することである。
    電鉄会社が旅客誘致や住宅地開発の一環として沿線に野球場を設置したことは全国的にみられる傾向であった。公営の野球場がまだほとんど存在しなかった戦前において、中等学校優勝野球大会の地方大会の多くが学校のグラウンドを使用しているのに対して、スタンド設備も整った電鉄会社系野球場は野球界に先駆的存在であったといえよう。また、中等学校野球や少年野球などの野球大会は、電鉄会社にとって旅客収入を上げる優秀なアイテムであった。
    電鉄会社が野球場を所有していたということはプロ野球の誕生にも大きく貢献した。プロ野球結成当時、東京にはまだプロ野球が利用できる野球場がなかったのに対し、関西と名古屋に電鉄会社系野球場が存在していたことは特筆すべきことである。戦前期のプロ野球では公式戦の半数以上が電鉄会社系野球場で開催されたこともまたその重要性が伺える。
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  • 中川 敏子
    12 巻 (2004) p. 81-89,110
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    これまでの日本におけるスポーツとジェンダーに関する研究の多くは、ステレオタイプに基づいた女性選手像とそれを報道するマスメディア批判に終始している。女性たちは、歴史的にスポーツの発展に貢献していることが明らかにもかかわらず、表象においては、保守的な男女の性役割に基づいた言説におしとどめられてきた。フィギュアスケートは、かつて男性のスポーツとされていたが、女子選手が進出し、今日では女性のためのスポーツとさえ言われている。こうしたなかで、女子選手がどのように表象されてきたのかを分析することは重要と思われる。
    本論文では、1920年代から1930年代に活躍し「銀盤の女王」と呼ばれたソニヤ・ヘニーを取り上げる。彼女の氷上での功績および映画での役柄、実人生を見ながら、女子フィギュアスケーターがどのように表象され、どのように位置づけられてきたのかを歴史的コンテクストに着目して考察する。まず、1900年以降においては、フィギュアスケートの発展に貢献した4人の女性たちに着目し、彼女たちの功績があってヘニーの活躍が可能になったことに言及する。つぎに、1930年代にヘニーが出演した映画作品6本からヒロインの表象のされ方を明らかにする。それによって、「銀盤の女王」のステレオタイプがどのように形成されたのかを分析する。そして、どのように新しい理想の女性像が出現し、その一つであったはずの「銀盤の女王」が保守的で伝統的な男性中心の思想により歪曲されてしまったのかを論じる。
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