スポーツ社会学研究
検索
OR
閲覧
検索
17 巻 , 2 号
選択された号の論文の8件中1~8を表示しています
    • |<
    • <
    • 1
    • >
    • >|
特別寄稿
  • 劉 傑
    17 巻 (2009) 2 号 p. 3-14
    公開日: 2016/10/05
    ジャーナル フリー
     2009年8月8日の早朝、北京のオリンピック公園で演出された太極拳大会は、「全民健身日」の開幕を世界に宣言するものであった。このことを報道した一部の中国のメディアは、オリンピック精神が中国人、とりわけ北京人の血液に深く浸透していると強調した。北京オリンピックは中国の大衆スポーツに火を点け、2009年は中国の「国民スポーツ元年」と称されるようになった。
     北京オリンピックの影響はスポーツの分野に止まらず、2008年は中国が市民社会に向けて再出発する象徴的な年にもなった。拡張的な民族主義を煽ぐ『中国不高興』(不機嫌な中国)が売られる一方で、中国の世論形成に重要な影響力を持つ研究者はもちろんのこと、一般読者の間でも、この本の論調に対する批判がインターネットを舞台に繰り広げられた。多くの研究者はこの本に現れた世界認識と極端なナショナリズムの恐ろしさを指摘し、国際社会と協力しながら中国の未来を模索することの重要性を強調した。中国に健全な世論空間が生まれ始めている。
     一応の豊かさを手に入れた人々は、中国社会が直面している格差の拡大、環境破壊、人権侵害などの問題にも関心を示すようになった。数百万個とも言われるNGOが中国社会の構造変動のなかで生まれた。オリンピック前後におけるこれらの組織の活躍は、伝統的な社会主義国家にありがちな「動員型」の愛国主義運動と違い、「自発的」な社会貢献であったため、中国に本格的な「公民社会」が到来したと宣言する研究者も多い。
     北京オリンピックのキャッチフレーズは「同一個世界・同一個夢想One World, One Dream」であるが、このキャッチフレーズの背後で、激しい論争が繰り広げられていた。社会主義の中国が普遍的な価値を求める国際社会と共通の夢を追い求めることができるだろうか。活発な論争は、中国における言論空間の拡大を意味するもので、オリンピックが中国に与えた影響の大きさを象徴的に表している。
    抄録全体を表示
特集のねらい
原著論文
  • 山下 高行
    17 巻 (2009) 2 号 p. 17-31
    公開日: 2016/10/05
    ジャーナル フリー
     90年代以降、日本の代表的な企業スポーツチームの休廃部が増加し、大きな問題になっている。それは日本の企業スポーツが、日本のスポーツ構造の中で重要な役割を果たしてきていたからである。たとえばアテネ・オリンピック大会の代表選手の構成を見てもその過半は企業チームの所属選手である。他方、企業スポーツは、一般の人々のスポーツ機会の提供の場としての機能も持ってきた。
     だが、その衰退という問題は、企業スポーツそれ自体のみの領域でとらえることでは限界があろう。国家、企業、市場、NPOなどの各主体がどのような役割の組み合わせでスポーツ供給を行っているのか、その構造を見なければならない。これらの組み合わせは、当該の時期の社会的諸要因との相互作用によって決められる。ここではそれを見るためにエスピン・アンデルセンの福祉レジーム論を緩用し、日本のスポーツレジームの歴史的変化の中に企業スポーツを位置づけ、その特徴を見ることにしたい。現代の企業スポーツの衰退の問題もこのようなスポーツレジームの変化の中でとらえなければならないであろう。
    抄録全体を表示
  • 井上 雅雄
    17 巻 (2009) 2 号 p. 33-47
    公開日: 2016/10/05
    ジャーナル フリー
     1990年代以降とくに顕著となった企業スポーツの危機は、従業員の一体感や凝集性を高めるための福利厚生施策の一環として誕生したという成立の経緯そのものにあり、その後企業の広告・宣伝の役割も付加されたり、あるいはCSR(企業の社会的責任)の観点から位置づけ直されたりするようになったとはいえ、それ自体、費用対効果の点から企業業績に左右される不安定性を内包するものであった。この企業スポーツの衰退は、それを有力な人的供給源とするプロスポーツの弱体化を招き、地域社会の疲弊を加速しかねない重大な問題である。それゆえに企業スポーツを個別の経営から自立させるために、地域を主体としたクラブチームへの移行やプロリーグへの発展が追求されてきたのであり、サッカーのJリーグと野球の独立リーグの誕生はその成果であった。しかし、それらがビジネスモデルとするべき日本のプロ野球は、最近一部に変化の動きはあるものの、長期にわたって「戦力の均衡」に基づく試合のダイナミズムを創出できなかったばかりか、企業経営としての自立性の欠如や権威主義的労使関係など多くの問題をかかえたままであった。
     しかもわが国にあってプロスポーツ選手の法的地位は、他の先進諸国に比べ不安定であり、それが選手たちの職業としての安定性に深い影を落としている。むろんプロ野球選手の一部に特徴的な高額な年俸は、その高い身体能力とスキルに対する報酬ではあるが、その現役期間の短さを考慮すれば彼らにあっても選手生活の後の社会生活が問題であり、当然にもセカンドキャリアが重要となる。とりわけプロスポーツ選手に固有の専門スキルは、所属球団やクラブに限定されないいわば職業特殊的なものであり、一般企業に適用可能なスキルではないゆえにその緊要性は一層高い。この意味においてJリーグが先鞭をつけた選手に対するセカンドキャリア支援の試みは、注目に値する。 その上で看過してはならないことは、瞬時の決断力や高度な集中力あるいは克己心や耐久力、旺盛な行動力など、厳しい戦いの世界で培われたスポーツ選手のいわば人間力は、第二の職業世界においても確かな優位性をもつということである。今日、プロスポーツは、市場経済システムの猛威の果てに疲弊の度が一層深まっている地域社会の、コミュニティとしての再生を担う役割を期待されている。
    抄録全体を表示
  • 水上 博司
    17 巻 (2009) 2 号 p. 49-64
    公開日: 2016/10/05
    ジャーナル フリー
     本稿では、1964年東京オリンピックに出場した日本鋼管(NKK)バレーボール部の出町豊のライフヒストリーを記述する方法をもちいて、どのような競技生活のなかで、どのような就労体験をしてきたのかを明らかにする。その上で、企業スポーツの将来像を論じていくためのライフヒストリー研究の意義と一流アスリートを有用な人材資源として正規雇用していくための労務環境や雇用モデルを論じる。
     一流アスリートたちは、終身雇用制や年功的な賃金体系を確立させた労務管理体制を受け入れ、特別視されることを避けて正社員間の関係を安定化させる役割を果たしていた。また、職能獲得期である若年世代において、就労と競技の両立を成し得たポジティブな自己像の延長上に、地位移動によって自らを職場へ献身させていくポジティブな自己像が連続的に築き上げられていた。
     企業アスリートを正規雇用するための労務環境や雇用モデルの検討においては、企業だけではなく複数の主体がかかわることが必要である。こうした文脈で取り上げられる主体には、今日盛んに議論されている地域スポーツクラブがあげられる。地域スポーツクラブに所属するアスリートが、企業の正社員として就労しながら競技力向上を目指すことの社会的諸価値を見定めていくことである。
     わが国のスポーツ界は、競技のための支援策ばかりではなく、就労のための支援策を検討し、労務に関わる法律や制度、賃金や税制などの改善を求めることによって、アスリートにインセンティブを与える仕組みを構築することである。それ故に、わが国のアスリートたちは、経済低迷下における企業と地域社会の社会的諸価値を支える人材資源として、その労務環境や雇用モデルのあるべき方向性が「スポーツ労働研究」の一領域として検討されなければならない。
    抄録全体を表示
  • 森山 達矢
    17 巻 (2009) 2 号 p. 65-75
    公開日: 2016/10/05
    ジャーナル フリー
     本稿は、身体の感性的次元の分析という論点に関わるものである。近年身体研究のなかで、パフォーマンスに着目する研究がなされている。本稿ではそのなかでも特に、研究者が研究対象としているパフォーマンスを実際に習得しながら研究をおこなっているものに注目する。本稿では、そうした研究を「実践的パフォーマンス研究」と呼び、その研究の意義を検討する。こうした研究は、パフォーマンスが遂行されるときの身体感覚やその感覚がどのように獲得されるのかということを問題にしている。本稿で取り上げる論者は、ボクシングを研究したL.D.ヴァカン、カポエラを研究したG.ダウニー、空手を研究したE.バー- オン=コーエンである。本稿では、この3人の研究に表れている身体に関する議論をブルデューの議論と比較しながら、身体の感性的次元に着目する身体論の可能性を検討している。本稿ではブルデューのハビトゥス概念と象徴権力概念を中心として、検討をおこなう。ダウニーとバー- オン=コーエンは、ハビトゥス概念が説明していない実践が生み出される過程を現象学的に記述し、ヴァカンは、象徴権力が身体の感性的次元でいかに作用しているのかということを内在的に記述している。
     実践的パフォーマンス研究の意義は、以下の3点にまとめられる。すなわち、この研究の意義とは、感性そのものに着目することで、①ブルデュー理論の死角となっている論点を補完している、②感性による現実の構築を記述している、③パフォーマンスに対する新たな認識のありかたや方法論を提供している、ということである。
    抄録全体を表示
  • 高井 昌吏
    17 巻 (2009) 2 号 p. 77-88
    公開日: 2016/10/05
    ジャーナル フリー
     ここ数十年間、競技スポーツにおいてドーピングは大きな問題とされている。多くの論者は倫理学的な視点から議論を重ねてきた。だが、本論考ではドーピングの是非を論じるのではなく、近代社会において、ドーピングという問題がスポーツの社会的機能にどのような影響をもたらしうるのかを考察している。大村[2004]が大衆スポーツに関して指摘するように、スポーツは本来人々を「煽る」文化、激しく競争させる文化であるとともに、他方で人々に「分」をわきまえさせ、「鎮める」機能を果たしてきた。だがトップアスリートに限定すれば、スポーツは「鎮め」の機能は低いが、逆に当事者のポジションを明確にランク付けする「ランキング機能」が非常に高い。
     自身の競技結果に「責任」をとるようなアスリートの主体は、「自然と人工」の二元論、および「身体の自己所有」という素朴な前提に支えられている。しかしながら、もし仮にドーピングの使用が認められれば、スポーツ選手の「責任」は外在的な「原因」へと変化し、「ランキング機能」は極めて生じにくくなるのだ。
     一方で、ドーピング問題の現状を考えるならば、近年の遺伝子ドーピングは「自然な身体」という概念を揺るがし、競技団体に対する個人の力を強めている。その反面、ドーピング規制の強化、競技団体の力の増大がパラレルに進行し、アスリートの「責任」はその行き場を失っている。
     以上の結果、競技スポーツにおいてアスリートの力と競技団体の力の関係は、「均衡状態」ではなく、引き裂かれるような状況にある。それによって、スポーツの「ランキング機能」が危機にさらされているのである。
    抄録全体を表示
  • 松島 剛史
    17 巻 (2009) 2 号 p. 89-100
    公開日: 2016/10/05
    ジャーナル フリー
     1970年代までにラグビーユニオンフットボールは世界各地に広がり、幾つか国際的なラグビー統括機構が設立された。こうした状況下にあって国際ラグビー連盟は、この頃から急速に「オープン化」やラグビー機構の統一へ向かって躍進する。本研究の対象とするラグビーワールドカップは、こうした変動期に現れ、1987年から4年おきに開催されている国際的なラグビー競技会である。
     本研究は、主に国際ラグビー連盟の議事録を用い、世界規模のラグビー機構の再編成という観点からワールドカップの役割について論じた。
     結果として、以下の事柄が明らかになった。まず、ラグビーの商業化が進む1970年代から、国際ラグビー連盟はラグビーの世界的発展や促進に関する施策を展開し、国際アマチュアラグビーフェデレーションとのグローバルな統括権の獲得を巡る緊張関係を生んだ。次いで、ワールドカップは、IRBが〈非ラグビー〉要素の排除の圧力を強めながら、IRBに属していなかったユニオンの包摂を図る装置となった。そして、このW杯の展開は、ラグビーに関する「グローバルな」意思決定機関や企業構造の形成を伴うものであり、新制国際ラグビー連盟がラグビーの世界的な発展と促進及び商業化過程において、世界規模でラグビーコードを統制し始める動向であった。
    抄録全体を表示
    • |<
    • <
    • 1
    • >
    • >|
feedback
Top