スポーツ社会学研究
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19 巻 , 2 号
選択された号の論文の6件中1~6を表示しています
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特集のねらい
原著論文
  • 松田 恵示
    19 巻 (2011) 2 号 p. 5-18
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     本稿の目的は、「公共」概念を若干の視点から整理することを通して、「新しい公共」という言葉が、子どものスポーツの現場をより豊かなものにする道具となる条件を探ることにある。
     「公共」概念の主要な諸性格は、「公的」「共通性」「公開性」の3つの側面を持つ。司法や国家に関係し、権利として制度的保障を受けるもの=公的、特定の人ではなくすべての人に共通なもの=共通性、誰でも等しく接近することができるもの=公開性、の3つである。このことからすると、結局のところ、スポーツに関する「公共」という概念は、とりわけ「公的」なものの主体性をめぐる議論に傾斜しがちなのではないかと思われる。
     そこで、本稿では、ハーバーマスを下敷きにして放送の公共性について検討する水島の議論に示唆を得ながら、「子どものスポーツ」という制度が「公共性」に支えられて成立することではなく、「子どものスポーツ」によって「公共性」をいかに実現させるのかという、手段としての適合性を問うことが、求められる課題解決の糸口となることについて論じている。
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  • 森川 貞夫
    19 巻 (2011) 2 号 p. 19-32
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     以前から「新しい公共」論が説かれてきたが、スポーツにおいて『新しい公共』論が登場したのは、民主党政権の「スポーツ立国戦略論」に基づく平成23年度予算(案)からである。そこでは「自立的な拠点クラブを中核とする新たなスポーツコミュニティの形成」が掲げられ、「従前の教育委員会中心のスポーツ振興を越えた『新しい公共』の形成」を目指して、「スポーツコミュニティの形成促進」事業として提示された。
     しかしながら、そこでは「スポーツを通じた地域課題(子育てなど)の解決」が「期待される効果」の一つとして示されたものの、果たしてどのような地域スポーツ政策が今後具体的に展開されていくのか、とりわけ「古い公共」として否定された「従前の教育委員会中心のスポーツ振興」とどのように区別されるのかは不明である。
     本論では、シンポジウムのテーマである「子どものスポーツを支えるのは誰か」を中心に「新しい公共」論を批判的にとらえ、かつその問題点を克服していくために、地域における「非営利・協同」組織の可能性と期待について論じる。
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  • 高橋 豪仁
    19 巻 (2011) 2 号 p. 33-48
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     内閣府の「『新しい公共』宣言」によると、「新しい公共」とは、支え合いと活気のある社会をつくるための当事者たちの協働の場であり、「国民、市民団体や地域組織」、「企業やその他の事業体」、「政府」などが一定のルールとそれぞれの役割をもって当事者として参加し、協働するのである。「新しい公共」はコミュニティ・セクター、公的セクター、私的セクターの連携によって成り立つ。文部科学省で策定された「スポーツ立国戦略」において、戦略の1つに「社会全体でスポーツを支える基盤の整備」があげられており、地域スポーツクラブが「新しい公共」を担うコミュニティの拠点として発展していくことが期待されているとある。本稿では、スポーツの公共的セクターは、何を根拠にして他のセクターからの支援やパートナーシップ構築の同意を得るのかを、「スケボー・コート設置を求める会」の事例を通して検討する。10代の少年たちのスポーツ享受スタイルと、彼らがスケートボード・コートの設置を求めて千人以上の署名を集めて県と町に提出し、町と交渉した様子を記述した。そして、加藤の公共性の論理とその理論から菊が演繹したスポーツの公共性についての考えを参考にして考察を加えた。
     結果的には、少年たちが集団をアソシエーションとして組織化することを嫌がったこともあり町との交渉は頓挫したのであるが、ここで注目すべきは、彼らをスケートボード・コートの設置運動へと突き動かしたものは、スケボーをしたいというスポーツ欲求であったということである。これまで地域スポーツの振興は、スポーツ活動が公共の福祉に寄与するということで正当化された。しかしながら、この事例においては、加藤が言うところの私利私欲に相当するスポーツ欲求によってスポーツの公共性が構築されようとしたのである。スポーツ欲求が無条件に承認されることが、スポーツの公共性を構築する基となるのであろう。
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  • 深田 忠徳
    19 巻 (2011) 2 号 p. 49-60
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     本研究は、スタジアムにおけるサポーターの観戦享受に焦点を当てる。各クラブや各地域によって、サポーターの観戦享受の仕方は多様である。とりわけ、サポーターグループに所属するメンバーは、スタジアムにおいて他者との相互作用を通してサッカーを観戦している。本研究の目的は、そうしたサポーターが互いに構築する関係性に関する「相互作用」の特質性を明らかにすることである。
     調査対象は、アビスパ福岡のサポーターグループにおいて最も熱狂的とされる「ウルトラ・オブリ」とする。本研究では、2005~2009シーズンに開催された「アビスパ福岡」ホームゲームを対象としたフィールドワーク、「ウルトラ・オブリ」の創設者であるグループリーダーへのインタビュー調査、グループメンバーへの質問紙調査を実施した。それらの結果を踏まえ、グループの組織体制及び集団特性を抽出して、スタジアムにおけるメンバー間の相互的関係性を考察した。
     「ウルトラ・オブリ」の活動をより具体的に描写するために「組織を形成する基本特性」と「応援パフォーマンス」の二側面から考察した。本研究では、サポーターの応援活動に関する分析を通して、彼らが構築する「連なり」の関係性について明らかにした。それは、他者との不即不離を特徴とした相互作用の形態である。サポーターは、そうした特質的な相互作用を介した関係性を構築してサッカーを観戦している。
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  • 山崎 貴史
    19 巻 (2011) 2 号 p. 61-72
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     スポーツ社会学において、「スポーツと障害者福祉」は、これまで二つの立場から論じられてきた。第一は、スポーツがノーマライゼーションの達成や社会参加に貢献することを前提にして、障害者のスポーツ参与の現状と課題を示し、障害者スポーツの改善点を提示するもの。第二は、スポーツ界におけるノーマライゼーションなどの進展を評価しつつ、障害を有していても参加可能なスポーツのあり方を論じる立場である。この二つの立場は、「ノーマライゼーション」や「社会参加」など理念的な福祉のあり方を前提としており、また福祉的課題を障害者のスポーツ参与の問題に限定している。
     しかしながら、障害者福祉におけるスポーツの可能性や問題点は、障害者が生活する状況における具体的な課題や生活のありようと関わって考察されなければならない。本稿は、こうした問題関心のもとで、名古屋シティハンディマラソンを事例とした。その特徴は、
    (1)重度障害者の自立生活支援を行う障害者運動団体である「愛知県重度障害者の生活をよくする会(よくする会)」が開催・運営を行っていること。
    (2)「よくする会」のメンバーが“都心を走ること”をマラソンの目的としていることである。
     本稿では、この二つの視点から、ハンディマラソンが、重度障害者が生活する際に問題となっている施設に関する課題に関連した場になっていること、そしてこのことが障害者福祉の支援とは異なる回路で、施設に関する問題を解消する可能性を有していることを示した。
     最後に、スポーツと障害者福祉の関連を論じていくうえで、障害者のスポーツ実践を彼らが生活していく際の具体的課題のなかに位置づけ、スポーツがその問題解決に寄与する可能性を検証しながら、障害者スポーツのあり方を模索していく必要性を指摘した。
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