スポーツ社会学研究
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20 巻 , 1 号
選択された号の論文の6件中1~6を表示しています
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特集のねらい
原著論文
  • 吉田 毅
    20 巻 (2012) 1 号 p. 5-19
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     東日本大震災はスポーツ界にも少なからず被害を及ぼした。本稿は、甚大な被害を受けたスポーツ集団の復興をおし進める主な力について解明することを目的とした。津波の被害を受けた某高校野球部と、地震の被害を受けた地域スポーツクラブとして、身体障害者を対象とする某車椅子バスケットボールクラブを事例に、各集団のスタッフやメンバーへの聞き取りを基に検討した。
     いずれの集団においても、人命に関わる被害はなかったものの、津波や地震でかけがえのない活動拠点が大きな被害を受け、監督あるいはメンバーの自宅が津波で全壊した。各集団の被災後の歩みには、言わば自力と他力とがかみ合って復興をおし進める様子が看取された。練習場所の確保および練習再開をめぐっては、主力メンバーや監督を担い手とする〈内発力〉と言うべき自力が発揮された。ただし、練習場所の確保の面では内発力に応えてくれる他力としての〈支援力〉が必要であった。また、各集団が練習を再開する前から注がれた、上記とは別種の〈支援力〉も貴重であった。 支援物資や義援金を届けてくれる他者や応援してくれる他者の力である。そうした支援力が内発力とともに集団の復興へ向けた力を強化したとみられる。更に、この種の支援力は、自宅をなくした監督やメンバーの〈再起力〉と言うべき自力を後押しした。特に支援力については、いずれの種も主に各界におけるつながり、換言すれば具象的な縁が貴重な源泉となったが、支援物資や義援金の面ではそれを超越して注がれた力も重要であった。
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  • 間野 義之
    20 巻 (2012) 1 号 p. 21-36
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     わが国において1990年代からトップ・アスリートは、社会貢献活動のための非営利組織を設立している。東日本大震災を契機に、6人のアスリートが設立発起人となり、被災地の総合型地域スポーツクラブの復興を目的のひとつに「日本アスリート会議」が設立された。同会議は、まず最初に被災地の総合型地域スポーツクラブの現状を調査するとともに、トップ・アスリートたちの被災地支援の意向調査を行った。その結果、44.3%のクラブはアスリートイベントを開催できる状況にないことがわかり、その一方で82.9%のアスリートはスポーツ教室に参加したいと回答した。この結果を受けて、同会議は現地での実行委員会を設置し、総合型クラブの支援を行うこととした。同会議は「ウォームアップ・ジャパン」と名付けたプログラムを被災3県で提供し、2011年8月~2012年1月までに延2,500人を超える少年少女らが参加した。30人以上のアスリートも参画し、少年少女を勇気づけた。岩手県での中学生参加者(n=126)への調査によると、プログラム参加前後で、身体運動に対する態度が有意に改善された。しかし、ウォームアップ・ジャパンの継続に向けては、まだ多くの課題がある。
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  • 森田 浩之
    20 巻 (2012) 1 号 p. 37-48
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     本稿は、東日本大震災後にメディアに表れたスポーツにからむ「物語(ナラティブ)」を検証し、その功罪を検討する。
     「未曾有の国難」に沈む日本と被災地を、スポーツとトップアスリートが元気づける──そうした動きと思想は、まずヨーロッパでプレイするサッカー選手3人が出演するACジャパンの公共CMにみられた。「日本の強さは団結力です」「日本がひとつのチームなんです」という選手たちのせりふは何げないものに聞こえるが、そこには日本のメディアスポーツが語りつづけてきた物語が詰まっていた。
     メディアが大震災と最も強く結びつけた大ニュースが、「なでしこジャパン」の愛称で知られるサッカー日本女子代表のワールドカップ優勝だった。ひとつは国家的悲劇であり、もうひとつは国民的慶事と、対照的にみえるふたつの出来事が、メディアによって強く接合された。なでしこジャパンは被災地から「元気」をもらったとされ、なでしこが世界一になったことで被災地も「元気」をもらったとされた。それらの物語はどのメディアをとっても均質的、類型的であり、東北出身の選手や東京電力に勤務したことのある選手には特別な役回りを担わせていた。しかもメディアが意図したかどうかにかかわらず、「あきらめない心」や「粘り強さ」といったなでしこジャパンの特徴とされるものは、3.11後の「日本人」に求められる心性と重なっていた。
     このような均一化された物語の過剰は、「絆」ということばが3.11後のキーワードになることに加担した。被災地との「絆」がつねにあるかのように語られることで、現実には存在する非・被災地との分断が覆い隠されるおそれもある。
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  • 小林 勉
    20 巻 (2012) 1 号 p. 49-61
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     政策レベルでの総合型地域スポーツクラブに対する積極的な育成事業と肯定的な評価は、近年における地域のスポーツ振興において大きな機軸をなしてきた。そこでは、身近な地域にスポーツ環境を整備すれば、スポーツ実施率が上昇するだろうとの発想がひとつの前提となり、その目標を効率的に達成するための具体的施策展開として総合型クラブの育成が位置づけられた。総合型クラブをめぐり、会員や指導者、財源の確保、会員の世代の拡大などが指摘され、「問題」として設定されるが、それらは当事者たちにとって本当に緊要な問題となっているのか。政策を推し進める自治体担当者側の建前と本音、政策の影響を具体的に被ることになる地域レベルでの人々の実情を踏まえた議論が相対的に乏しい中、本稿では、東京都八王子市を事例に地方自治体が総合型クラブ育成へと傾いていくまでの政策決定レベルでの議論を跡付けながら、それぞれの立場から総合型クラブ育成の問題をどのように設定しているのかについて検討した。事例から浮かび上がったことは、住民の主体性涵養、自助努力といった総合型クラブの考え方を操作的に行政の負担軽減策として利用し、スポーツ振興のコストを地域・住民がみずから引き受けるように仕向けることを狙ったところに、クラブ育成へと傾く推進力があったということである。そして、現在の自治体が抱える問題構造全体のなかに、総合型クラブの占める位置を具体的に把握し、スポーツにおける地域固有の文脈の中でクラブ育成を取り巻く利害関係者たちが、各々の立場から総合型クラブに、どのような問題設定を行っているのかを捉えることが、今後のスポーツ政策を空転させないひとつの大きな手掛かりとなることを明らかにした。
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  • 金子 史弥
    20 巻 (2012) 1 号 p. 63-75
    公開日: 2016/09/06
    ジャーナル フリー
     本稿の目的は、イギリスのニューレイバー政権の下で展開された地域スポーツ政策を批判的に読み解くことで、昨今のイギリスにおける国家政策としての地域スポーツ振興の背後に存在する政治的思想、すなわち「統治性」を理論的に明らかにすることである。
     本稿は、ニューレイバー政権の地域スポーツ政策には「地域のクラブ、コミュニティやボランタリー組織を含めた『諸アクターとの協働』によるスポーツ振興」と「地域社会の再生やコミュニティの形成をはじめとした多様な役割を期待されてのスポーツ振興」という2つの特徴が見られることを、関連する政策文書の分析を通じて指摘した。その上で、ニューレイバー政権による地域スポーツ振興の背後にはミッチェル・ディーンやニコラス・ローズらが「アドヴァンスト・リベラリズム」と名付けた統治性が存在していたことを明らかにした。すなわち、ニューレイバー政権の下で、政府とスポーツイングランドは自らが直接地域スポーツを振興するのではなく、一方ではスポーツ競技団体や地方自治体などの「パートナー」に権限を与えながら、他方では政策目標の設定、助成金の分配、政策評価などの様々な「統治のテクノロジー」を駆使することによって各パートナーを「遠隔統治」することを目指していた。加えて、地域スポーツを含めた社会全体のアドヴァンスト・リベラルな統治を支える「個人」と「コミュニティ」を地域スポーツの振興を通じて構築しようとしていた。
     以上のような作業を通じて本稿は、ニューレイバー政権の下での地域スポーツの統治と前保守党政権の統治との間に存在する差異と連続性を理論的に説明した。さらに、ニューレイバー政権の地域スポーツ政策の主眼はもはや「スポーツ・フォー・オール」にはなく、アドヴァンスト・リベラルな統治を支える「個人」と「コミュニティ」を構築する「統治のテクノロジー」としての地域スポーツ振興にあると指摘した。
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