スポーツ社会学研究
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4 巻
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  • 山下 高行, 菊 幸一
    4 巻 (1996) p. 1-12
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
  • 影山 健, 潘 志〓, 王 凱珍, 〓 紹曽
    4 巻 (1996) p. 13-22
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
  • 黄 順姫
    4 巻 (1996) p. 23-33
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本稿は相撲の場合競技者の身体がおのおのの民族の有する身体文化と深く関わりながら, 特定の競技の固有性の中で創出された文化の規律化されたものであることを分析してきた。具体的には力士の身体を「受容としての身体」「表出としての身体」「メタファーとしての身体」という枠組みをもうけ考察を行った。その結果次のことが明らかになった。すなわち, 「受容としての身体」について, 第一に, 日本の力士は阿うんの呼吸を特徴とする日本の相撲競技の立ち合の仕方を規範として受容している。第二に, 力士は土俵を通じて自己完成を行う相撲道を身体化する。第三に, 力士の身体への裸身信仰は日本の民族の身体文化と深く関係づけられている。
    また,「文化の表出としての身体」について, 第一に力士の身体は彼が行った稽古の質, 量及び稽古への態度を表出する。第二に, 力士の身体における感情表出の仕方は相撲社会のなかで形成された相撲の文化を内面化していることを表す。第三に, 力士の身体の得意技, 型は彼の身体の特徴を反映し, 相撲に対する内面のあり方を表出する。
    さらに,「メタファーとしての身体」について, 第一に力士の身体は「個人の身体」と「社会的身体」との「交差点」に成立する日本文化の遊びのフォルムである。第二に, 力士の身体は「政治的身体」として国際間の象徴的地位をめぐる象徴的権力闘争の桔抗の構図を表象している。第三に力士の身体についてアメリカでは「脂肉」「巨大性」「パワー」「破壊力」の規範化されたイメージが創出, 消費されている。以上「メタファーとしての身体」から次の結論をみちびきだすことができる。すなわち, メタファーとしての力士の身体は相撲の特性に由来し, 相撲世界の固有の論理を越え, 国際政治・経済の関連のなかで象徴的権力の維持, 再生産のからくり人形として操作されているのである。
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  • 山口 泰雄, 土肥 隆, 高見 彰
    4 巻 (1996) p. 34-50
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は、生活の満足度とスポーツ・余暇行動との関係を分析した“Brown & Frankel のモデル”を追試し, わが国における独自の規定要因を加えた修正モデルを検証することにある。加古川市に在住する458名の中年者と212名の高齢者に対して, 質問紙調査を実施し世代間の差異を検討した。パス解析によるデータ分析の結果, Brown & Frankel モデルはわが国でも妥当であり, 適用可能であることが示された。修正モデルの分析により, 世代差と性差が明らかになった。中年女性と高齢男性において, スポーツ実施と生活の満足度との強い関係が示された。また, 生活満足に対して, デモグラフィック要因や経済的指標よりも, 余暇の満足度が最も強い影響力をもっていた。将来的に, アクティブな生活スタイルはクオリティ・オブ・ライフの重要な要因になるかも知れないことが指摘された。また, スポーツ実施と生活満足における性差の理解に関する縦断的研究が求められる。
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  • 柏原 全孝
    4 巻 (1996) p. 51-62
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    プロレスはなぜスポーツではないのか。現実にプロレスはスポーツとしての扱いをされることはほとんどない。外見上はいかにもスポーツであり,「プロスポーツ」上として認知されるのにふさわしい人気規模をもっているにもかかわらず, プロレスはスポーツではない。この問題に, プロレスの内的特性から引き出された解答を与えることは簡単ではある。「プロレスは八百長だ」と言い切ってしまえばスポーツとして扱われない解答を得られたかのように錯覚できるからである。しかし, それではプロレスを真に論じたことにはならない。プロレスを「演技」という側面で捉えたところで, 現実にはプロレスが「芸能」として扱われたりしないからだ。すなわち, プロレスがスポーツでも芸能でもない根拠を見いだせない限り, プロレスを論じたことにはならない。
    そこで, プロレスを外的に, すなわちスポーツの側から位置づける論理を検討する。近代スポーツ成立のメルクマールをルールの明文化という点において捉えることで, 我々は近代スポーツの特有の困難を発見する。それは, 客観的でなければならないはずのルールが, その正反対の性格, 恣意性と偶然性を生まれながらもっていることである。この外傷的要素を抑圧することでルールは権威とともに現れることができる。ところが, 抑圧された恣意性と偶然性はルールを適用する場面において, レフリーの判断, 振る舞いを通じて再び現れる。
    プロレスにおいても, レフリーの判断, 振る舞いを通じて恣意性と偶然性が現れる。その意味でプロレスは完全にスポーツと同一である。しかし, プロレスはレフリーが過剰に恣意的に振る舞うことで, スポーツにおいて嫌悪される恣意性と偶然性の出現を露骨に暴露する。つまり, プロレスはスポーツに特有の汚点を公然と見せつけるがゆえにスポーツから排除されるのである。そして, プロレスはこの過剰なまでのスポーツ的性格ゆえに, 芸能とも見なされないのである。
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  • 安 昌圭, 藤原 健固
    4 巻 (1996) p. 63-78
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    今日, スポーツ産業の発展に伴い, スポーツは生活領域の一文化として位置づけられている。特に, スポーツはその特徴から選択財としての要素が強くなり, スポーツ参与は様々な場面で多様に展開されている。更に, このような現象は消費者行動の新しい変化となって現れているが, スポーツ消費者行動の本質的問題に関する解明はあまりなされていない。
    本研究では, 消費者行動は様々な生活場面で多様に展開されているという点に着目し, スポーツへの参与の側面において, 生活行動における財の使用行動としてスポーツ消費者行動を特徴づけ, 複雑な様相を示しているスポーツ消費者の社会化過程に対する基本構造を明らかにすることを目的としている。特に, 第3次生活空間で行われる余暇行動としての「スポーツへの参与」を「消費者行動」と捉え, 財を媒介とする社会行動として「生活行動」に注目することによって,「スポーツへの社会化」に対する視座を想定することの有効性について論じ, その際, 主要な論点は次のとおりである。
    1) 従来の伝統的な機能主義的観点から消費者行動を捉えることの困難さは, 生活領域の全体的視点からスポーツ消費者行動研究に着目しなければならないという新たな発展方向を提示している。
    2) 行動場面を離れては考えられないスポーツ参与行動は, 具象的なシンボルとして財の選択的要素が強い。
    3) スポーツ消費者行動における社会体系論の採用は, 1つの学際的研究として消費者の社会化過程の解明にその意義がある。
    4) 行動様式・生活様式に対する注目は, スポーツ的社会化研究に関する様々な概念, 分析方法, 変数要因を包括的なモデルの構成に必要な新たな理論的根拠を提供するものと見ることができる。
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  • 深澤 宏
    4 巻 (1996) p. 79-92
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    1994年の厚生省の報告によれば, 日本人の平均寿命は男性, 76.25歳, 女性82.51歳と世界一となっている。しかし, このような高齢者の平均寿命の増加に伴い, 寝たきり, 痴呆症, 自殺などの増加が高齢社会に多くの社会的問題を引き起こしている。
    この研究は高齢者の余暇活動参与を規定する要因を明らかにすることである。
    秋田, 山梨, 高知県の60歳以上1170名に対する調査を実施し, 林の数量化II類により, 余暇活動の参与程度を従属変数とし, それに影響を与えていると考えられる11変数を独立変数として分析した。
    その結果, 高齢者の余暇に影響を与えていると考えられる次の7つの要因が, 判別的中率64.9%, 相関比0.337で明らかとなった。
    (1) 生活満足度 (カテゴリ・スコアー・レンジ=0.64)
    (2) 学歴 (レンジ=0.42)
    (3) 性別 (レンジ=0.24)
    (4) 体力 (レンジ=0.22)
    (5) スポーツ実施 (レンジ=0.22)
    (6) 余暇是認尺度 (レンジ=0.21)
    (7) 健康状態 (レンジ=0.21)
    従来言われていた,「金」「暇」は, 高齢者の余暇参与には若い人達ほど強い要因にはなっていないことが明らかとなった。今後, 高齢者の余暇活動を豊かにするためには, 余暇を行うのに十分な生活全般の内面的な満足や体力, 健康度や余暇に対する是認的態度, 幼少期からの多様な余暇活動が必要であることを示唆している。
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  • 川西 正志, 北村 尚浩, 冨山 浩三
    4 巻 (1996) p. 93-105
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は, スポーツ大会における中高年参加者の生活満足度を規定する社会学的要因を解明することである。本研究の調査は, 1994年11月に福岡県北九州市で開催された第7回全国スポーツ・レクリーション祭における4種目の種目別競技会に参加した合計1529名に対して実施された。質問紙は, トレーニングされた調査員により, 11月13日と14日の2日間チームメンバーに配布され, 試合終了後本人から回収された。
    有効回収率は, 50.9%で, さらにその779サンプルから林の数量化分析に対して有効な欠損値のないサンプル455名を分析対象とした。Neugarten, Havighurst, Tobin 等 (1961) によって開発された生活満足度指標 (LSI-A) が本研究で用いられた。LSI全体の平均値は9.77で妥当性検定結果のCronbach α 係数は0.82と高い値を示した。
    林の数量化理論I類による判別重回帰分析が生活満足度を規定する社会学的要因の分析に用いられた。主な研究結果は次のようである。
    1. 生活満足度全体及びLSI5要因ごとの平均得点は, 男性よりも女性の方が高い値であった。
    2. 生活満足度全体の得点は, スポーツの実施要因よりも人口統計・社会経済学的要因, 健康体力評価に関する身体地位要因によって強く規定された。
    3. 生活満足の規定要因は, 運動・スポーツに関した量的変数よりも, 質的変数に多くみられた。
    4. 規定要因の多くは, 男女間で差異がみられ, 特に, 健康体力評価や運動・スポーツへの目的志向による差異がみられた。
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  • 木佐 貫久代, 江刺 正吾
    4 巻 (1996) p. 106-114
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本研究は, 性差という視点から, サッカー観戦の動機を明らかにすることを目的とする。この目的を達成するにあたって, 競技場に訪れたサッカー観戦者351人を対象に, 質問紙による調査を行った。調査内容は, 先行研究をふまえ, 観戦動機を「鑑賞の動機, 応援の動機, 学習の動機, 賭けの動機, 流行追随の動機, 変化への動機, 同調性の動機, 独自性の動機」の8つに分類した。
    その結果, 男性には「応援の動機及び (高度な) 学習の動機」が女性より有意に強くみられ, 女性には「鑑賞の動機及び (初歩的な) 学習の動機」が男性より有意に強くみられた。つまり, 男性は地域に執着する気持ちを強く持って地元や郷里のチームを応援し, サッカーをみて, 自らのサッカーのプレイに役立てようとしている。一方女性は, かっこいい選手を鑑賞し, これからサッカーを学ぼうとしている。この女性の態度には, 女性の知識欲向上が伺えた。
    また, 全体的には, サッカーの観戦動機から, 現代社会における性差の縮小傾向がみられ, さらに, サッカー観戦を流行としてとらえている観戦者は少なくなっている。
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