スポーツ社会学研究
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選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
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  • 伊藤 公雄, 山下 高行, 菊 幸一, 吉見 俊哉
    5 巻 (1997) p. 1-42
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
  • 蘆 元鎮, 森川 貞夫, 陸 小聰
    5 巻 (1997) p. 43-50
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    中国における体育・スポーツ社会学的研究が改革・開放の時代に始まったが, 本報告は, その発展の背景と足跡を顧みながら, 今日の中国における体育・スポーツ社会学研究の基本的特徴を明らかにするとともにそれぞれの時期の理論的研究・社会調査などの代表的な成果を紹介しながら若干の総括を行うものである。
    なお, その上に新しい中国の歴史的発展段階における体育・スポーツの役割の転換, 体育・スポーツ界改革に果たすべき社会学的研究の基盤, 経済発展と体育・スポーツの関係等についてふれながら社会科学としての体育・スポーツ社会学研究が果たすべき歴史的使命について論じる。
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  • マンデル J.D., マンデル J.R., 松村 和則
    5 巻 (1997) p. 51-58
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    In this paper we provide a critique of the work of Left intellectuals who have seen in sport a location where efforts to overcome capitalism might successfully be mounted. As an alternative to this perspective, we examine the content of sport, exploring the reasons for its influence and attractiveness. We conclude that sport is an activity which is important and positive in its own right. In particular sport, we believe, dramatizes aspects of human existence, referred to by the philosopher David Best, as “life issues.” Two of the most important themes which emerge in sport concern the nature of justice and the necessity for human cooperation. Because sport participants must rely exclusively on their own and their teammates' skill, motivation, and intelligence, competitive outcomes are determined exclusively on a meritocratic basis.
    Sport, we think, therefore represents an oasis of justice in society. Sport also dramatizes the fact that cooperation is the basis of human endeavor. It demonstrates how conflict can be handled without destroying social interaction, and how individuals can master skills cooperatively. Sport, in short, is neither an opiate nor an activity in which an explicit contestation for political power occurs. Rather, it is a location where important issues of justice, interdependence, cooperation, conflict and accomplishment are articulated.
    In this connection, we note that the incentives present in professional sport's compensation systems encourage individual and not collective achievement. Because that is so, we voice our concern that those systems may put at risk precisely the qualities which make sport attractive.
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  • 浅川 重俊
    5 巻 (1997) p. 59-70
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本研究は, これまでの相撲研究において扱われることのなかった「タニマチ」をネットワークをもとに分析することによって, 相撲社会が現実的な社会全体においてどのように位置付き, どのような役割を果たしているのかを明らかにすることを目的としている。
    具体的な分析対象である「タニマチ」は, 相撲社会とそれを取り巻く外部の社会との間で様々な形の相互関係を媒介する存在である。そこで, 一般的な構造を持つ組織としては捉えきれないインフォーマルな集団を理解していく有効な手段であるネットワーク分析は, 相撲社会の内外で強い影響力を行使しているにもかかわらず, その位置付けが曖昧な「タニマチ」という個人を体系的に把握することを可能にしてくれる。
    こうして分析した「タニマチ」のネットワークの特質から, 相撲社会は「タニマチ」を介して外部社会からの政治的, 経済的な援助を受けると同時に, 外部社会の恣意的な政治的, 経済的なネットワークを隠蔽するという役割を果たしているということと, そうした役割を持つ社会的な装置として全体社会の一部を構成していることが明らかになった。
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  • 橋本 政晴
    5 巻 (1997) p. 71-84
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本稿は, スポーツ番組の制作現場のメカニズムや, そこに生きる制作者たちの姿を描き出すことを通して, テレビ・スポーツを捉え直そうとする試みである。
    先行するテレビ・スポーツに関する研究蓄積では, 社会におけるその効果や機能, 文化的・社会的な意味解釈に視角が向けられ, 制作者たちからの一方的な視聴者たちへの伝達としてテレビ・スポーツが位置づけられていた。そこで, スポーツの中継番組とニュース番組を事例として, テレビ・スポーツを相互的な関係, ここでは擬似的なせめぎ合いのもとに位置づけるための糸口を求めた。
    その結果として次の3点を指摘した。第一に, 映像の選択に関する暗黙の技法マニュアルや取材技法の存在が確認され, メディア・テクノロジーによる強い支配のもとにテレビ・スポーツは作り出されていた。第二に, スポーツのさまざまな場面に対応した制作の手法やニュース・ネットワーク, 記者配置の空間的な組織化が第一点目と相まって, 番組に共通した特定のパターンを生み出していた。第三に, こうした制作現場に潜むメカニズムは, 制作者たちが直接は対面できない視聴者たちの「ウケ」をイメージしていることから生成されたものであった。
    以上のことから, 制作者たちと視聴者たちの擬似的なせめぎ合いの関係のもとに, テレビ・スポーツを位置づけ, 捉え直しの方向性を提示した。
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  • 増井 悟
    5 巻 (1997) p. 85-91
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    今日のスポーツ界は商業主義に大きく影響され, 競技スポーツは観客を楽しませる機能を持ち合わせていることが必要とされる。こうした現象はマス・メディアやスポンサー企業とスポーツとの在り方に起因すると考えられる。本研究では商業主義化がトライアスロンのレース形式, とりわけ競技ルールに与えた影響について明らかにする。
    トライアスロンは一般的に「過酷な耐久スポーツ」として知られていたが, 近年になって世界的主要レースのエリート部門ではバイク競技においてドラフティング・ルールが解禁され,「見るスポーツ」の要素を持つようになった。本来トライアスロンは, 他の選手の力を借りずに個人の力でスイム, バイク, ランを遂行するスポーツであったが, 同ルールの解禁はトライアスロンの本質を変える可能性がある。以上の変容はトライアスロンがオリンピック正式種目として採用されたことに大きく関係している。即ち, 商業主義化が浸透したオリンピック・スポーツは利潤追求を目的とした広告・宣伝の競争手段として扱われ, 特に「見るスポーツ」としての機能性が求められている。トライアスロンも例外ではなく, ルールの変更はこの商業主義化の煽りを受けた結果と考えられる。
    スポーツ界における商業主義化の浸透は社会における近代化と産業化の理論を反映している。資本主義社会のもとでは市場価値が重要な要素である。市場においては人々の相対的評価によってモノの社会的価値が評価されている。トライアスロンはドラフティング・ルールの解禁を中心としたレース形式の変化によって「見るスポーツ」に適合し, 市場価値の高揚につながった。スポーツ界の商業主義化はマス・メディアやスポンサー企業による競技内容の支配を生み出した。競技内容を決定する因子として「競技時間」,「競技空間」,「競技ルール」が考えられる。
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  • 金 恵子, 田中 励子, 江刺 正吾
    5 巻 (1997) p. 92-101
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は, 韓国におけるスポーツ参与者の増大に影響を及ぼしたスポーツ施設, スポーツ関係の法律, スポーツ組織そしてスポーツ指導者などのスポーツ環境の変化を明らかにすることである。研究の方法は, 1980年代から最近までの韓国におけるスポーツ環境に関する諸資料及び文献を総合的に検討する。スポーツ活動という社会的行為が存続し発展していくためには, パーソンズの社会理論を援用するならば, スポーツ行為が自然的・社会的環境に適応し, 目標を立ててその達成に努力し, 人々の連帯性を高めて価値を維持しなければならない。
    本研究では, これまでの先行研究から, スポーツ環境を構成する下位体系としてスポーツ施設, スポーツ関係の法律, スポーツ組織そしてスポーツ指導者の4つの要件を取りあげた。
    主な結果は以下のとおりである。
    1) スポーツ施設はスポーツ参与に必要な物理的な環境を提供する。韓国におけるスポーツ施設は, 1984年から最近まで大きく変化した。とくに公共施設の充実に力をいれているが, その数は1984年451ヵ所, 1988年689ヵ所, 1994年2,621ヵ所そして1996年3,307ヵ所と大幅に増えた。
    2) スポーツ参与の目標を策定し, その目標の達成に向かって, 諸資源を動員する機能としてスポーツ関係の法律がある。韓国のスポーツ活動を法的に支えたのは, 1962年に施行された「国民体育振興法」と1989年に施行された「体育施設の設置・利用に関する法」である。その結果, スポーツ施設とスポーツ予算の確保, スポーツ指導者の養成などに大きな目標を与えた。
    3) スポーツ組織は, スポーツに関連する集団やスポーツ参与者を統合する機能を果たす。韓国におけるスポーツ関係の政府組織として,「体育省」が1982年に創設されて, スポーツ振興に強力な支えとなった。また, スポーツの民間組織としてYMCAと社会体育センターもそれぞれ人々のスポーツ参与に貢献した。
    4) スポーツ指導者は, スポーツ文化を維持し, 発展させる機能を担っている。韓国における「生活体育指導者」は, 1986年177名, 1989年2,629名, 1992年2,951名そして1994年1,595名が養成され, 国民のスポーツ参与に貢献した。
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