スポーツ社会学研究
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8 巻
選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
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  • 平野 秀秋
    8 巻 (2000) p. 1-12,124
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    20世紀は, 他の何にもまして三つの異様な構成要素によって作られた。a) 肥大の一歩をたどる政治的怪物「国民国家」, b) とうてい自由という形容詞が相応しくない市場経済と巨大企業との結合合体, c) 科学と若干の応用である「技術」ではなく, マーケッタブルな R & D テクノロジーとそれによって消費者のニーズなるものを操作する,「科学」の奇形児である「科学技術」。
    1990年代初頭に, ホッブスボームは国民国家内部に拡大しつつある「公的世界」と「私的世界」との橋渡しのひとつとして, マス・スポーツ・スペクタクルに注目した。ちょうど約100年前, ヴェブレンは今世紀に対する一連の鋭い診断を下した。今世紀は人間生活を歪曲する「巨大企業」の出現した時代であり,この組織は法的・名目的には不在所有制によって,しかし実体においては「有閑階級」にアイデンティティの根拠を求めざるをえない大規模なホワイトカラー層によって運営されること, である。さらに, 最近社会学者スチュウアート・ユーエンはこの予言がヴェブレンの想像した以上に現実となっていることを明確にした。
    本論文は, これらの今世紀に関する先行研究を吟味しつつ, スポーツ社会学者, いやいかなる分野の研究に従事する社会学者といえども, 上記の三つの構成要素を無視すべきでないことを論じる。20世紀が終わろうとする今日, 今世紀は一見さまざまな形態のスポーツおよび関連活動が盛行したかに見受けられるが, はたしてそれは現実であったと断言しうるか, という疑問を提起しようとするものである。
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  • 平井 肇
    8 巻 (2000) p. 13-23,125
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    ラグビー・リーグは, 19世紀末期に英国で誕生した。このスポーツは, ラグビーという近代スポーツに対する階級間の考え方の違いや, このスポーツを楽しむ人々を取り巻く環境の違いから, アマチュアイズムを基本理念とするエリート階級のラグビー・ユニオンから分離したものであった。
    20世紀初頭にオーストラリアに伝えられてこのスポーツは, 労働者の大衆文化として発展を遂げる。しかし, 支持者の労働者階級の変化やオーストラリア社会全体の変化とともに, 特に第二次世界大戦後は, 国民的・国際的スポーツへと次第にその姿を変えて行く。さらにマスメディアとの関係強化などにより, スペクタル化が促進される。80年代から90年代にかけては, この傾向に一層の拍車がかかった。
    20世紀オーストラリアのラグビー・リーグの歴史は, 労働者の大衆文化からマスメディアによる総合娯楽産業への変遷の軌跡でもある。と同時に, スポーツをコントロールしてきた英国的なエートスが, アメリカ的なものへと変化して行く過程であった。この傾向は, ここに見られるケースに限らず, 程度の差はあるにせよ, 20世紀のスポーツ・シーンで共通に見られる現象であると言えるのではないだろうか。
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  • 森川 貞夫
    8 巻 (2000) p. 24-49,126
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    東京高等師範学校-東京文理科大学-東京教育大学につながる同窓組織「茗渓会」は, 戦前戦後を通じて日本の教育界に有数の人材を輩出したばかりでなく, 日本のスポーツの普及・発展にも大きな役割を果たした。しかしそれは同時に天皇制ファシズムの下では国家的イデオロギーと結びついたスポーツ政策と一体のものであった。しかも東京高師設立の目的が師範学校校長および教員を養成することであったこと, また実際に卒業生の大半が戦前においては全国の中等学校・師範学校および教育行政の中枢にあったためにかれらは, その国家的イデオロギーを率先実行する「下士官」の役割をになわざるを得なかった。
    したがってスポーツに限ってみても日本のスポーツの普及・発展に貢献すると共に戦前のスポーツによる国威発揚・体力向上・思想善導政策に積極的に加担していくという東京高師出身者の歴史的・社会的役割は避けがたいものであった。しかしその体質は戦後のスポーツの民主化の際に「戦争責任」や「戦争反省」を深く問うこともなく, 無批判に体制に順応し自らが積極的に従属していくというものであり, 今なおその体質が問われるところである。このような体質はスポーツ界にあっては支配的ではあるが, すべての者がそのような立場に立つというわけではない。それを分けるのは東京高師出身者の社会的階層が丸山真男のいうところの中間層の, 主として「第一類型」に属しているところから来るものであり, 国民大衆の側につくのか, 支配的権力の側につくのかの「動揺」はたえずつきまとうものであり, その選択は個人の主体形成に関係する。しかもそれはまた内部での「凌ぎ合い」に加えて, 外部での茗渓外出身者との「覇権争い」もあり, たえず自己矛盾に苛まれざるを得ないものである。
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  • 村田 雅之
    8 巻 (2000) p. 50-59,127
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    「楽しめ」や「楽しみたい」などの「楽しみ」に関する言葉が, オリンピックなどのスポーツ報道に見出されるが, この言葉は違和感をおぼえさせる。しかし,「楽しみ」に関する言葉の流通と, それに伴う違和感については, 研究が蓄積されていない。この違和感を説明することは, 言葉の無自覚な使用を回避させるという点で意義がある (I章)。
    そこでまず,「楽しめ」と「楽しみたい」の意味の類型化をおこない,「加熱」「沈静」「代替」「冷却」の4パタンを提示し, 以後の議論の基礎とした (II章) 。そのうえで, メッセージの二重性を想定することで, 競技者と周囲が共同で関係を維持する過程を考察した (III章)。続けて,「楽しみ」に関する発言をした競技者に対する批判について, 周囲の結果に対する評価と敗因の解釈を通して考察した (IV章)。さらに,「楽しめ」や「楽しみたい」という言葉の語感が, 言葉自体に内在する逆説的な構造に起因することを論じた (V章)。
    研究の蓄積がなされない一方で,「楽しみ」に関する発言はしばしば繰り返されている。スポーツに関する発言のなかの「言葉」を視点とする研究は, 今後も継続されなければならない (VI章)。
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  • 高橋 豪仁
    8 巻 (2000) p. 60-72,128
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    1998年7月4日に実施したオリックス・ブルーウェーブのホームゲーム観戦者を対象としたアンケート調査によると, 被害を受けた人の9割以上が1995年の震災の年に, オリックスの優勝によって勇気づけられたと回答した。この集合的記憶の形成には, メディアの果たす役割が大きいのではないかという問題意識の下に, 1995年と1996年の神戸新聞において, オリックスの躍進・優勝と震災に関して, どのような「物語」がどのような形態で掲載されているかを, メディア・テキストが受け手によって積極的に読解されるという見方に基づいて検討した。そして, この物語が被災経験を有するひとりのオリックスファン (Kさん) の個人的経験の中でどのように受けとめられているかを明らかにした。
    主要な結果は以下の通りである。
    (1) 社説などにおいて,「被災地の試練」→「オリックスの躍進と被災地復興との重なり」→「優勝による被災地への勇気・元気」→「ありがとう」→「復興への希望」というモチーフが見出された。
    (2) 優勝を伝える記事において, ファンや著名人のコメントを載せる記事の構成が見られ, このことによって, 読者がオリックスの優勝に対してどのように反応すればよいかを読者に例示し, 優勝の意味づけの同意を構築することに役立つテキスト構成になっていることが推察された。
    (3) しかしながら, 面接調査によって, 被災経験をもつ献身的なオリックス・ファンであるKさんは, その物語と実際の生活との間にズレを感じていることが分かった。
    (4) メディア・テキストの受け手の側には, 自らの生活の延長線上において, テキストが積極的に読解され, 受け手の側で意味が補完・再構成される以上の能動性, すなわち, このメッセージを拒み, 跳ね返す程の能動性があることが推察された。
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  • 角田 聡美
    8 巻 (2000) p. 73-85,129
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    女子体育史研究では, 体育が女性を解放したという視点からの研究が多い。ところが, 現在の体育における男女別習が男女の身体差を前提にしているという事実は, 身体という視点からみた場合, 体育が男女の性差を肯定してきた側面を示唆する。しかし, 女子体育史研究の中で女性の身体を視野に入れた先行研究はあまりに少ない。そこで, 本研究は, 明治期における女子体育の展開について, 身体をめぐる政治という観点から歴史社会学的に分析し, 女子体育研究の再検討をする。
    体育に直接関わる資料からは, 女性の身体への政治に関する知見があまり得られないため, 衛生観念が女性に性別役割を固定化し, 女性の身体を男性から差異化して性的な意味を付与したという先行研究をてがかりに, 女性が中心となって発刊した, 女性のための衛生知識啓蒙雑誌である『婦人衛生会雑誌』を資料として用いた。
    その結果, 衛生知識の普及に伴って, 女性の身体は健康な子どもを産むための健康な母体とされた。こうした強健な女性の身体は旧来の美人像と対立していたのだが, 富国強兵政策の下, 日本人種の改良が強調されたこともあり, 体育によって女性の身体を健康にする方向へと進んだ。その過程では, 運動に適さない女性の服装, 月経, 運動する女性を揶揄する御転婆などいくつかの阻害要因が存在したが, 健康な母体を作るための女子体育は, 国家がかりで強力に押し進められた。つまり, 国家政策として女性の身体は, 衛生知識を基に体育という方法を通して, 健康な母体であることを運命づけられたのである。
    以上のことから, 女子体育は女性の身体に性別役割を刻印したという新たな視角を提示できたものと思われる。また, こうした女性の身体観と体育の役割を女性たち自身も支持していたことが明らかになった。
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  • 赤堀 方哉, 山口 泰雄
    8 巻 (2000) p. 86-97,130
    公開日: 2011/05/30
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は, 地域における子どもスポーツ活動へのコミットメントと居住歴が, コミュニティ・モラールに及ぼす影響を比較し検証することにある。明石市の子ども会のソフトボール, バレーボールチームと関わりのある成人男女 (保護者と指導者) 237名に対して, 質問紙調査を実施し性別による差異を検討した。
    パス解析によるデータ分析の結果, 次のようなことが明らかになった。
    1) コミュニティ・モラールに最も強い影響を与えているのは, 地域活動参与であり, 次いで地域内交流であった。
    2) 地域における子どもスポーツへのコミットメントの影響力は確認できたものの, コミュニティ・モラールに対しての直接的な影響力はほとんどなく, 地域活動参与と地域内交流を通しての間接的な影響が主であった。
    3) 居住歴は直接的にも間接的にも影響は確認できなかった。
    4) 地域における子どもスポーツへのコミットメントの影響力は, 男性において顕著であった。
    今後, コミュニティ・モラールの上昇と個人の生活の質の関わりを視野に入れた研究が求められている。
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