Wildlife Health Surveillance Victoriaとは,メルボルン大学獣医学部を拠点とする,一般的な受動型監視サーベイランスプログラムである。本サーベイランスでは,調査対象となる野生動物(オーストラリア固有の哺乳類,鳥類,は虫類,両生類)における死亡事故および疾病発生について,一般市民,州の環境部および第一次産業部,州立公園管理局(Parks Victoria)の協力のもと,下位上達型(ボトムアップ式)の情報管理体制をとっている。発見された野生動物の死因および病因の診断は,メルボルン大学獣医学部に所属する病理学者,微生物学者,寄生虫学者,ウイルス学者のほか,外部機関の協力者らによって行われる。これらの情報は,Wildlife Health Australia(野生動物の疾病情報を管理しているNPO組織)によってデータベース化され,オーストラリア政府農林水産省へと報告される。本稿では,ビクトリア州における野生動物疾病サーベイランスの基本的な仕組みを紹介し,本サーベイランスを普及・発展へと導いた要因について考察する。
本稿では,主に,日本での野生動物衛生問題の背景,全国レベルの野鳥における高病原性鳥インフルエンザのサーベイランスおよび現在行われている関連活動について紹介する。社会学的および生物学的背景から,今までは,日本で野生動物衛生サーベイランスシステムを構築するきっかけや状況が弱かった。しかし,近年のHPAIの発生や新興・再興感染症を引き起こすと考えられる様々な要因を考慮すると,日本においてサーベイランスシステムを構築することは重要である。日本では,2004,2007,2008年にそれぞれHPAIVが野鳥から検出された。これらの背景から,環境省は2008年に野鳥におけるHPAIVサーベイランスのマニュアルを整備し,地方自治体,大学,研究機関,他省庁等と連携し,全国レベルでのサーベイランスを開始した。このサーベイランスはHPAIVを検出するためだけのシステムであるが,このシステムを利用して,野鳥の大量死情報が入手できるため, 2012年5月に国立環境研究所が調査研究の目的で野鳥大量死の受動サーベイランスを開始した。地方自治体が本システムで検出される大量死事例について,鳥インフルエンザ以外の死因調査を希望する場合,国立環境研究所に検体を送付し調査を依頼することができる。国立環境研究所は死因調査を行い,結果を依頼した自治体に報告する仕組みとなっている。野生動物衛生サーベイランスシステムを構築するためには,まず最初に,データベースとネットワークの構築が不可欠である。この活動はシステム構築の第一歩となるだろう。
アジア野生動物医学会は2006年に公式に設立された。本学会はアジア獣医科大学協議会の認定を受けている。年次大会は毎年実施されている。これまで20か国から参加者があり,600題について発表が行われた。また,動物園獣医師のネットワーク化についても議論が行われている。次の段階としてアジア地域における保全医学と動物園動物医学のネットワーク化を推進するため,アジア野生動物医学会運営委員会はディプロマの認定を開始した。認定を開始するにあたりAsian College of Conservation Medicineが学会内に組織された。さらに本学会が主体となりWildlife Disease Associationのアジアセクションを設立する準備を開始する予定である。このような活動実績から,アジア野生動物医学会は東アジアおよびオセアニア地域において,野生動物感染症サーベーランスネットワークの中心的な組織に成り得ると考えられる。