2019年10月号の特集は「世界の産業財産権のいま」です。
産業財産権には特許権,実用新案権,意匠権及び商標権があります。以前は「工業所有権」とも呼ばれていましたが,2002年に策定された知的財産戦略大綱にて「産業財産権」に用語が統一されました。似たような言葉で「知的財産権」というものがありますが,産業財産権に馴染みのない方にとって,これらの言葉の関係は結構あいまいなものではないでしょうか。またサーチャーにとっては,調査対象として馴染みはあるものの,その歴史や制度に関してはそれほど詳しくないという方もいるのではないでしょうか。
本特集では産業財産権の概要を理解する入門編的位置づけとして,その歴史や制度,最近のトピックスについて5人の方々から解説をいただきました。
総論では株式会社ワイゼルの青山高美氏に特許の事例や知的財産権と産業財産権の関係を含め,広く知的財産制度について概説していただきました。
山口和弘氏には,産業財産権と関わりの深い国際条約について,知的財産に関する条約の多くを管理する世界知的所有権機関(WIPO)を中心に解説をいただきました。特許庁の野仲松男氏には,世界の特許制度の動き,主要特許庁や国際出願による出願動向を中心に解説をいただきました。オンダ国際特許事務所の山崎理恵氏,森有希氏には,日中欧米の意匠制度の比較を中心に,日本の意匠法改正のポイントも含めて解説をいただきました。ユアサハラ法律特許事務所の青木博通氏には,世界の商標制度の基本構造や欧中米の比較,国際登録制度,及び各国の制度の特異性について解説をいただきました。
いずれの方々からも分かりやすく解説をいただき,本特集記事を通読することで,産業財産権制度に馴染みのない方々にとって,広く知識を得ることができるものと考えています。また本特集が,産業財産権制度により深く興味を持つためのきっかけとなれば幸いです。
(会誌編集担当委員:炭山宜也(主査),渋谷亮介,寺島久美子,南山泰之,野村紀匡)
今では居ながらにして世界中の人と動画を見ながら話ができる。この豊かな生活を可能にしたのは,他ならぬ人の知恵や工夫など人の知的創作物のお蔭である。こうした人の知的創作物を総称して知的財産と呼ぶ。企業はその存続とさらなる発展のためにより優れた商品・サービスの開発にしのぎを削っており,その源泉である知的財産は企業の重要な財産であると同時に,知的財産権は競争の武器でもある。従って,画期的な知的財産の創出と有効な保護,効果的活用は企業の重要な戦略でもある。企業の盛衰は,国家の経済にとっても重要な要素であるので,近年,知的財産が国家戦略としても話題になることが多い。
国際的なビジネスの展開には,日本だけでなく外国においても特許権,実用新案権,意匠権及び商標権からなる産業財産権を取得することが重要となる。しかしながら,産業財産権の分野において「国際特許」や「世界特許」と呼べる形で国際的に単一の権利が付与されて活用できる制度は存在せず,日本で出願し取得した権利は日本でのみ効力を有するものとなっている。そのため,産業財産権が必要な国々で別々に出願することで権利を取得し,活用することが原則となっているが,その過程で生じる負担や諸問題を緩和するために様々な国際条約が締結されている。そこで,本稿では,初学者が知っておきたい条約を中心に概要を紹介する。
本稿では,世界の特許制度の動きについて概観したのち,主要特許庁の出願動向や国際協力について解説し,実用新案制度についても簡単に触れる。各国・各地域の特許制度は独立であるが,制度調和の取組が続けられており,特許制度の基本的枠組みは共通化されている。特許協力条約(PCT: Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願の利用は年々伸びており,欧州では,Brexitによる先行きの不透明さはあるものの,統一特許制度の実現が目前に迫っている。特許出願動向では中国の台頭が著しく,国際協力の中心は日米欧の三極特許庁から日米欧中韓の五大特許庁に移り,様々な協力プロジェクトが積極的に推進されている。
世界的にデザインへの注目が高まる中,2015年以降,米国や日本,ロシアが次々に意匠の国際登録出願制度(ハーグ協定のジュネーブ改正協定)に加盟し,また我が国では,100年に一度といわれる意匠法の大改正が行われ(2020年施行予定),意匠制度の活用方法を見直す好機を迎えている。本稿では,日本を中心に,中国,欧州共同体(EU),米国の意匠制度について紹介するとともに,画像,空間,部品の分野別の登録例を紹介する。また,日本の意匠法改正のポイントについても言及する。