11月号の特集は「日本の電子ジャーナル出版」です。
今や電子ジャーナルは,研究成果の公表・流通手段として欠かせない存在となりました。誌面と同じイメージの単なるPDFファイルから,HTML形式での公開が進み,現在ではXML形式による機械可読なデータが提供されることも増えています。また,論文本体だけでなく,その根拠となった研究データの公開・共有も進められています。一方で国内においては,電子ジャーナル出版への意識はありつつも,様々な理由により困難さを抱えているジャーナル出版者(大学や研究機関,学協会等)も多いように思われます。研究成果を発信するための手段である電子ジャーナル出版を進めるうえで,今どのような対応が求められており,何ができるかを考える契機としたく,この特集を企画しました。
はじめに,文部科学省 科学技術・学術政策研究所の林和弘氏に,日本の電子ジャーナル出版にまつわる現状を総括していただきました。宮川謹至氏をはじめとする科学技術振興機構(JST)情報基盤事業部の方々には,JSTが運用する電子ジャーナルプラットフォーム「J-STAGE」について,サービスの解説とともに,今後の取り組みについてご執筆いただきました。日本貿易振興機構アジア経済研究所の岸真由美氏には,ジャーナルの方針や目的に応じて,出版方法をどのように検討し,選定したのか,その経緯をご執筆いただきました。京都大学の設樂成実氏,天野絵里子氏,神谷俊郎氏には,紀要編集者にとって必要な支援や連携とは何か,「紀要編集者ネットワーク」の活動を通じて得られた知見をご執筆いただきました。国立情報学研究所の上村順一氏には,長らく国内ジャーナルの電子公開を支えてきた同研究所の電子図書館事業が,どのように始まり,どのような展開を経て終了に至ったのかをご執筆いただきました。
電子ジャーナル出版に携わる方々にとって,この特集が新たな手がかりを得る機会となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:光森奈美子(主査),稲垣理美,今満亨崇,大橋拓真,南山泰之)
研究者の成果公開メディアとして数百年にわたって重要な役割を果たしてきた学術ジャーナルは,電子化,オープンアクセス化を経て,本格的にデジタルトランスフォーメーションする時代に突入した。過渡期にある現在において,日本の各学会と学術ジャーナルは,プレプリントサーバー,オープンアクセスとそれに伴う著作権やライセンスの対応,およびデータポリシーの制定を早急に行う必要がある。また,はじめに学術ジャーナルや査読の枠組み自体が変容することを前提とした長期的展望を踏まえた準備が必要であり,学会・出版機能のデジタルトランスフォーメーションに主体的に取り組むことになる。
科学技術振興機構が運営する電子ジャーナルプラットフォーム「J-STAGE」は,1999年10月に運用を開始し,2019年10月に20周年を迎える。運用開始当時の登載誌はわずか3誌のみであったが,現在,登載数は2,900を超えている。わが国の約半数の学協会が利用する電子ジャーナルプラットフォームへと成長したJ-STAGEだが,近年の学術コミュニケーションや研究フローの変化に伴い,新たな課題が浮き彫りとなってきている。本記事では,J-STAGEの最新の公開状況やサービス内容を解説するとともに,新たな課題,特に,オープンアクセス推進に向けた取り組みなどを紹介する。
アジア経済研究所は2016年度に研究成果発信の新たな方針を策定し,外部出版社を通じた出版以外の研究成果については有料出版物を廃止し,原則オープンアクセスで社会に提供することとした。この方針にもとづき,2018年度からは和文の定期刊行物5誌をJ-STAGEで電子出版している。本稿では,アジア経済研究所がJ-STAGEを採用した経緯を報告するとともに,J-STAGEの利点について確認したい。方針策定以前にすでに海外商業出版社との提携を開始した英文ジャーナルについては,当時検討したポイントを紹介する。さらに,研究成果の発信媒体として,冊子体を廃止し電子出版のみとする場合の課題についても触れたい。
紀要編集者ネットワークは,紀要の編集関係者や,公開や流通を支える図書館関係者,印刷関係者等をつなぎ,意見や情報を交換できる場を提供し,紀要の発展に向けた支援につなげることを目指す活動である。本稿では,筆者の紀要編集者としての実務経験および本ネットワークを通し得た紀要編集者らの声をもとに,紀要が電子ジャーナル出版を進めてゆく上で,個別の編集委員会では対応が難しく関係部署や図書館等との連携が望まれる事項について検討した。その結果,法律知識を必要とする業務のサポート,編集や運営のノウハウの継承のための情報共有,最新の学術情報流通技術への対応のための情報共有,出版プラットフォームとしての機関リポジトリとの協働を提案する。
国立情報学研究所は,前身である学術情報センター時代から電子図書館事業を行ってきた。冊子体の学術雑誌/研究紀要を裁断し,スキャナで電子化したのち,メタデータを付与して検索に供するものであった。運用当初は電子図書館サービス「NACSIS-ELS」として独立したサービスであったが,後年,検索を受け持つフロントエンドとして,学術コンテンツ・ポータル「GeNii(ジーニイ)」の一つの機能であるCiNii(サイニィ)と,コンテンツを保管しておくバックエンドとに分離する改変を行った。その後,文部科学省の施策として,バックエンド部分をJ-STAGEに移管し,CiNiiはCiNii Articlesに移行して,学術論文を検索するサービスに特化した。
学術情報の電子化と標準化が進む一方,その流通量の増加とコンテンツの多様化は,データの構造化と横断的な分析をますます困難なものにしている。近年,自然言語処理や機械学習アルゴリズムの実装や,メタデータ取得の自動化によってこれらの課題を克服しようとする学術データベースが相次いでリリースされている。本稿ではそうした新世代のデータベースのいくつかを概観し,それらが成立した背景要因として,機械可読識別子の普及やオープンなコンテンツの拡大,人工知能の学術情報サービスへの応用などについて検討するとともに,それらが今後の学術情報流通に与える影響について展望する。
日本の学協会ジャーナル出版について,現状分析を行った結果を紹介する。ジャーナルインパクトファクターを取得している日本のジャーナル数は,中国・韓国より多い。トップジャーナルに限ると中国がより多く,また韓国も近年存在感を増している。日本のトップジャーナル出版では比較的小規模の学協会が健闘している。またそのトップジャーナルの大半を,大手出版社が出版している。日本のジャーナルの課題は世界に向けての発信力であり,編集面・技術面で改善が必要なジャーナルもある。学協会の会員数減少,商業誌との競争等厳しい環境において注目度を上げているジャーナルも存在し,その国際的なプレゼンス向上への取組は参考になる。