今月号は,「起業支援における情報提供」と題してお届けします。
起業の促進は雇用創出や地域経済活性化という点で効果があるとされ,重要であると考えられています。しかし,世界各国の起業活動を比較したGlobal Entrepreneurship Monitor(GEM)調査によれば,日本の起業活動は先進国の中でも低水準であると言われています1)。そうした状況を改善すべく,国・自治体や商工会議所といった様々な団体により,起業の支援が行われています。特に,近年の起業支援の特徴は情報提供をはじめとするソフト支援にあると言われています2)。
そこで本特集では,起業支援における情報提供をテーマとして扱うことにしました。起業支援の現状や,起業希望者が求めている支援を明らかにした上で,起業支援において情報提供を担っている機関が,各々の強みを生かしてどのような支援を行っているかをお伝えします。
まず,総論として,東洋大学経済学部の安田武彦様には,日本における起業支援策の展開と今後の動向についてご解説いただきました。現代に至るまで日本はどのように起業支援策を展開してきたかを時系列で,生じた課題等を踏まえながら述べていただいています。
次に,神戸大学大学院経営学研究科の内田浩史様,帝塚山大学経済経営学部の郭チャリ様には,起業者を対象とするアンケート調査から得られた5つの起業者のサンプルを比較分析し得られた起業者の属性や傾向について,ご解説いただきました。特に,起業において大きな課題となりうる資金調達について,述べていただいています。
さらに,起業支援において情報提供を担っている機関として,図書館,大学,金融機関の3機関に事例をご解説いただいています。安城市アンフォーレ課の市川祐子様には,公共図書館における起業支援の事例として,安城市図書情報館におけるビジネス支援サービスについてご紹介いただきました。記事中では,館内に併設されている産業支援センターである「ABC(安城ビジネスコンシェルジュ)」との連携についてもご解説いただいています。
京都大学産官学連携本部の室田浩司様には,大学における起業支援の事例として,文部科学省と主要国立4大学による「官民イノベーションプログラム」についてご紹介いただきました。特に,基礎研究を事業化するための資金助成制度である「POCファンド事業」と,大学発ベンチャーに対して株式投資を行う「国立4大学ベンチャー投資事業」の取組を中心にご解説いただいています。
多摩大学経営情報学部の長島剛様には,地域金融機関における起業支援の事例として,多摩信用金庫における起業支援をご紹介いただきました。当該金融機関の所在する多摩地域や,地域金融機関を取り巻く状況を踏まえ,取組内容を詳しくご解説いただいています。
読者の皆様におかれましては,起業支援における現状,課題を把握していただくとともに,自らの組織の強みをいかして支援を行っている事例を学んでいただければと思います。本特集記事を通して,ご所属の組織においてどのように起業支援に係る情報提供を行うのか,考えるきっかけとしていただければ幸いです。
(会誌編集担当委員:青野正太(主査),海老澤直美,炭山宜也,水野澄子)
1) 岡田悟.我が国における起業活動の現状と政策対応.レファレンス.2013,no.744,p.29-51.
2) 金恵成.日本の起業の特性と支援課題.大阪観光大学紀要.2013,no.13,p.37-44.
既に存在する企業の抱える問題を解決するこれまでの中小企業政策は,1990年代,製造業の開廃業率の逆転が観察される中,起業支援を視野に含めるようになった。起業支援の対象は当初,ベンチャービジネスであったが,1999年の中小企業基本法改正を機に「まちの起業家」へと拡大した。創業融資を中心に幅広い政策が展開されたが,起業希望者の減少により開業率上昇には至らなかった。現在では無関心者の起業への関心換起のための政策が採用されているが,他方,副業起業等,従来に比べ広い範囲の起業に政策の射程は広がりつつある。副業起業等は,イノベーションをもたらすものとは言い難いが,働き方を選ぶ社会を形成する一助となることが期待される。
本稿の目的は,日本における創業と創業金融の実態を明らかにすることである。4つの異なるアンケート調査から得られた5つの創業企業サンプルを用いて比較分析を行った結果,創業企業には様々なタイプが存在すること,タイプによって創業金融の実態も異なることが明らかになった。特に,創業企業の多くは創業資金を経営者の自己資金に依存しているが,その程度はサンプルにより異なり,他の資金調達手段の利用にも違いが見られること,資金制約に直面している企業は少数派であるものの,サンプルによりその程度に差があることが示された。本稿ではこうした結果を詳述し,日本における創業の課題に対処するための政策的含意を導く。
日本の公立図書館におけるビジネス支援サービスは,導入から約20年が経過し,公立図書館の約35%が取り組む一般的なサービスとなった。本稿では,市立図書館におけるビジネス支援サービスの一例として,安城市図書情報館の取り組みを紹介する。安城市図書情報館は,図書館資料および「場」の提供と,館内に開設されたビジネス支援機関「ABC(安城ビジネスコンシェルジュ)」との連携で,ビジネス支援サービスを行っている。専門機関である「ABC」と,豊富な情報を備え誰でも自由に利用できる図書情報館との連携は,相乗効果を生んでいる。専門機関への案内を含めた適切な情報提供が,公立図書館におけるビジネス支援サービスの在り方だと考える。
日本の大学による起業支援制度は,近年急速に整備されている。中でも,文部科学省と主要国立4大学による「官民イノベーションプログラム」は,大学における起業支援の中核事業へと成長し,特に,「POCファンド事業」と「大学ベンチャー投資事業」の果たす役割は大きい。一方,運営組織のデザインやガバナンス手法が,これら2つの事業の成否に大きな影響を及ぼす。また,POCを的確にデザインできる人材がこれらの事業に参画することが望まれる。さらに,良質な大学発ベンチャーを連続的に創出する環境を発展させ,日本の産業力向上に貢献していくには,事業開発経験を有する博士号取得者の活躍が極めて重要である。
ベッドタウンを取り巻く状況および地域金融機関の現状を踏まえた上で,地域金融機関の創業支援の責任者だった筆者が,20年間の歩みを紐解きながら,地域金融機関の創業支援について論じる。政府系金融機関や自治体との連携によるエコシステムをつくり,志のある市民を創業の中間支援機関として応援していく。そして,自治体の広域連携を促していく。都心へのアクセスの良さもあり,地方とは一線を画すような生きがいと豊かさを提供する創業が増える。これらの流れをしっかりと捉えて支援のネットワークを維持していくことが,ベッドタウンの創業支援として重要である。