今日,私たちの生活や仕事などのあらゆる場面においてインターネットは必要不可欠な存在となっています。インターネットは匿名性の高さが特徴の一つですが,コンテンツやサービスの利用時には氏名,住所,メールアドレスなどの個人情報が求められ,他方で通信履歴,行動履歴,位置情報なども事業者に取得・蓄積されており,これらの情報が何らかの理由で紐付づいてしまうと容易に個人が特定される恐れがあります。
個人情報に関する問題として,企業や組織による情報漏洩事件が大きく話題になりますが,私たちの身近でも起こりうる可能性があります。例えばブログやSNSへの何気ない投稿から個人が特定され,誹謗中傷やプライバシー侵害につながる事例も増えつつあり,近年は社会問題となっています。
一度公開された情報は複製が容易なことから急速に拡散し,そして半永久的に残り続けるため後から消すことが極めて困難です。そこで本特集では,インターネット上に不本意な形で個人情報が公開されている場合,その情報は消すことができるのかという切り口から,個人情報について考えてみたいと思います。
まず,石井夏生利氏(中央大学)には,検索結果の削除を巡る諸問題について,国内外の「忘れられる権利」の動向を踏まえながら概説いただきました。次に,石原友信氏(違法・有害情報相談センター)と吉武希氏(株式会社メディア開発綜研)には,総務省支援事業である違法・有害情報相談センターの相談事例から,削除依頼を自ら行う必要のある相談者への支援体制,削除依頼先ごとの特徴や問合せ方法を紹介いただきました。続いて,数藤雅彦氏(五常総合法律事務所)には,インターネット上の肖像権侵害という観点からプロバイダに裁判手続を通じて行う発信者情報開示請求事件について分析を行い,裁判所の判断傾向を解説いただきました。
次に少し視点を変えて,湯淺墾道氏(明治大学)には,個人情報保護法の保護対象から外れる故人のデジタルデータについて,様々な捉え方をしている海外の法制度を概観のうえ,日本の現状を分析し,今後の法整備で必要となる要点を整理していただきました。最後に,玉田和恵氏(江戸川大学)には,生徒や学生への情報モラル問題解決力の育成という教育的側面から,あらゆる世代にも通じる知識や考え方について解説いただきました。
情報通信技術の急速な発達とその普及で様々な利便性が向上し,誰もが容易に情報を発信できる時代にあるなか,本特集が,より身近な問題として個人情報を考えるための契機となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:池田貴儀(主査),青野正太,中川紗央里,野村紀匡)
本稿は,インターネット上の個人情報,プライバシー侵害情報等の削除に関する国内外の議論動向を概観し,今後の検討課題を示すことを目的とする。個人の権利利益を侵害する情報を削除するための法的手段について,国内外の動向を整理した上で,「忘れられる権利」を巡るEU(European Union)の議論動向として,欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union)の諸判決及び一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)の規定を取り上げ,「忘れられる権利」を巡る国内の議論動向として,検索結果削除に関する裁判例及び個人情報の保護に関する法律の改正に触れた上で,解釈上及び制度上の課題を述べる。
インターネット利用の増加とともに,名誉毀損や,プライバシー侵害,誹謗中傷などに関する違法・有害情報相談センターへの相談件数は年々増加している。当センターはSNS等でこれらの被害を受けたとする相談者に対し,削除依頼などをアドバイスしている。これらは「被害者救済」と発信者の「表現の自由」のバランスに配慮した関連法令やガイドライン沿った対応となる。権利侵害の申立者が,SNS等の削除要件を理解することが難しい事等,複雑化する環境において,日々利用者をサポートする当センターに求められる役割はますます重要性を増している。
インターネット上で匿名の第三者に自分の肖像をアップロードされ,肖像権を侵害された場合に,加害者である第三者の氏名や住所等の情報を得るために,プロバイダを被告とする発信者情報開示請求訴訟を提起することが考えられる。この訴訟における肖像権侵害の判断には,関連する法律の規定や事案の特質等をふまえ,通常の損害賠償請求事件とは異なる特徴も見られる。本稿では,裁判例の分析をふまえ,発信者情報開示請求事件における肖像権侵害の判断の特徴を明らかにする。
SNSのユーザーの増加,個人が利用するインターネットサービスの増加と多様化,クラウドサービスの普及などによって,最近,故人のデジタルデータの扱いが注目されるようになった。故人のデジタルデータに関しては,日本では統一した法制度は存在しない。またEUのGDPRや日本の個人情報保護法は,保護の対象を原則として生存者に限定している。これに対してアメリカでは,多くの州が死者のパブリシティの権利を認めている。本稿では,故人のデジタルデータに関する取り扱いについての各国の法制度を比較し,ユーザーがどのように対処すべきかを検討する。
Society5.0の実現に向け,自分が問題に直面した際に,高度情報技術を活用して目的や解決策を適切に発想し,情報モラルを活用して問題解決できる人材の育成が求められている。本特集でテーマとなっている「インターネット上に発信された情報を消すことが困難である」という課題は,情報モラルの重要な課題である。本稿では,情報モラル問題解決力を育成するための「3種の知識による情報モラル指導法」を解説し,消えない問題をどう自分事として考えさせるかという工夫について述べる。