2021年5月号は「研究者情報基盤とその利活用」と題してお届けします。
研究者情報基盤の重要な要素として研究者識別子があります。2009年3月にサイエンス誌は“Are You Ready to Become a Number?”という記事を公開しました1)。ここでいう“a Number”は各研究者に付与される識別子のことを指します。同記事は,全研究者が識別子を持てば文献データベースにおける著者名名寄せの手間が大幅に削減される等,様々なメリットがあると述べました。一方で同記事は,「Thomson Reuters社(現Clarivate社)が提供するResearcherIDをはじめ,研究者識別子に関するイニシアチブが複数存在するが,これらを統一すべきか,するとしたら誰がすべきか」という課題があることも指摘しました。
2010年,この課題を解決する中立的なサービスの提供を目指して,ORCID, Inc.が発足しました。それから10年が経った2021年,研究者がORCIDで識別子(ORCID iD)を取得し,論文投稿時にORCID iDを入力することは当たり前のこととなりました。ORCIDは職歴や研究業績を登録・公開するサービスを提供すると同時に研究者情報基盤として,researchmap等の研究者総覧データベースや,各研究機関の学術情報システムと連携しています。
各研究機関の学術情報システムは研究者の氏名等の基本情報や職歴,研究業績はもとより,産業財産権や競争的資金獲得実績等,様々な情報を必要とします。蓄積する情報の一部は,各機関の研究者総覧として公開され,外部から研究者を探す際に使用されます。また研究者情報は部局別業績分析等の内部分析や,外部向け報告書作成の際にも参照されます。
さて,各研究者は各サービスや所属機関システム上の職歴や研究業績情報を最新の状態に保つ必要があります。ORCIDやresearchmapに入力する項目と所属機関システムに入力する項目は,重複するものも多くあります。研究者の研究時間割合が年々減少傾向にあることが報告される昨今2),所属機関としては研究者から重複登録の労力を省くためにも,研究者情報基盤と自機関システムとの連携は欠かせません。
本特集では,この研究者情報基盤とその利活用について,様々な立場からご執筆頂きました。
田辺浩介氏,谷藤幹子氏には,物質・材料研究機構のSAMURAIの事例をもとに,研究者プロフィールサービスの方向性やその構築・運用に求められる研究機関の取り組みについてご解説頂きました。さらに研究活動を可視化するためにどのような制度・システム設計をすべきかについてご提言頂きました。
宮入暢子氏,森雅生氏には研究者情報基盤としてのORCIDの特徴とその提供サービスについて,利用者側である機関メンバーや各国コンソーシアムが運営に積極的に関与する実践コミュニティとしての取り組みを,各国事例も含めてご紹介頂きました。粕谷直氏には日本の研究者総覧データベースかつ研究業績管理サービスとして10年以上運用されているresearchmapについて,その概要と沿革,さらには今後の展望についてご詳説頂きました。
古村隆明氏,渥美紀寿氏には京都大学におけるresearchmapとORCID及び学内情報システムとの連携事例についてご解説頂きました。各システムを連携し,研究者の入力負担軽減に最大限配慮されていることがよく分かります。村田龍太郎氏,海老澤直美氏には,日本原子力研究開発機構の研究開発成果・閲覧システムJOPSSにおける情報管理・発信について,周辺システムとの連携事例のご紹介に加え,典拠コントロールのワークフローについてもご説明頂きました。
国,研究機関,機関内部局の各レベルでの業績管理・分析,研究内容発信に加えて,研究者レベルでの研究活動把握の重要性は今後ますます高まることが予想されます。一方で研究活動の種類も,原著論文や書籍,学会発表に加えて,プレプリントや研究データ公開等へ広がりを見せています。多様な研究活動内容を効率よく把握するためにも,研究者情報基盤のより一層の利活用が求められています。本特集が,研究者情報基盤と周辺サービス及びシステムについての理解を深め,今後の更なる利活用検討の際の参考となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:野村紀匡(主査),池田貴義,今満亨崇,炭山宜也,南雲修司,水野澄子)
1) Enserink, M. Are You Ready to Become a Number?. Science. 2009, vol.323, no.5922, p.1662-1664. https://doi.org/10.1126/science.323.5922.1662, (accessed 2021-04-10)
2) 文部科学省.概要「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査」について.2019.https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/06/__icsFiles/afieldfile/2019/06/26/1418365_01_3_1.pdf, (参照2021-04-10)
研究機関によって運営される研究者プロフィールサービスは,オープンサイエンスの進展に代表される研究活動の多様化や,Institutional Researchの取り組みによって,その目的が研究成果の公開から研究活動の分析のための情報基盤へと広がってきている。本稿では,今後の研究者プロフィールサービスの方向性や,その構築・運用に求められる研究機関の取り組みについて論じる。
2012年10月にレジストリサービスの提供を開始したORCID(Open Researcher and Contributor ID)は,世界中で各種の学術情報システムやサービスに広く実装され,総登録者数は2020年末までに1,000万人を超えている。本稿では,運営組織としての非営利団体ORCIDや,研究者情報基盤としてのORCIDの特徴と提供サービスについて概観し,1,000を超える機関メンバーや23のコンソーシアムによって支えられるORCIDコミュニティの現況について解説する。
researchmapは,科学技術振興機構が運営する日本の研究者総覧データベースであり,多くの研究者および研究機関が利用している。国を代表するデータベースとして,また研究業績管理サービスとして10年以上運用しているシステムであるが,特に近年は政策的な背景を受けて,競争的資金の応募・審査時に利用される等,その重要性はますます高まってきている。researchmapの概要と沿革,現在の利用状況,今後の展望について解説し,登録・利用をするメリット,またより負担無く快適に利用できるようなワークフロー等を紹介する。
京都大学では教員の教育・研究活動等の状況を公開するための教育研究活動データベースを運用している。本データベースでは,研究業績の一部をresearchmapと連携し,researchmapに登録された業績を取り込んでいる。また,京都大学での職歴や京都大学が発行した研究成果をORCIDに機関として登録することで,信頼性の高い情報として公開している。本稿ではこれらをどのように学内システムと連携しているかを紹介する。
日本原子力研究開発機構(JAEA)では,JAEAの研究者が成果発表や特許申請の決裁手続きを電子的に行う際に入力した情報をベースとして,研究開発成果情報を管理し,機関リポジトリを通じて発信を行っている。このうち,掲載資料や発表会議,研究者といった情報は名寄せし,典拠コントロールを行うことで,効率的かつ効果的な研究開発成果情報の管理・発信を実現している。本稿では,このうち研究者に関する情報にスポットを当て,その典拠コントロールを中心に紹介する。さらに,researchmapを通じた研究者情報の発信や,今後の課題と展望について述べる。